STAGE:3
今はそれどころじゃないんだ。グロだとかゴアだとかはゲームの中だけでいいんだ。なんで洗濯機が人間粉砕器になっているんだよ。狂ってやがる。
悲鳴なんかあげてもストレス値は低くなったりしない。深呼吸をしろ。幸い洗濯機から血の匂いは漏れていない。もし匂いがゲーム会場に漂っていたらゲロを吐いているかもしれない。
でもどんなに頭を回転させてもゲームで勝ち残る以外に生き残る術が見えてこない。うずくまる俺の頭のフィルターを突き破って和白の声が聞こえてきた。誰かが俺の肩を揺らしている…だから聞こえないはずの声が届くんだ。なんだよほっといてくれないか。
「ぼん!ロベルトがこっちにきそうだ。立ってくれ!ゲームやるしかないぞ。」
「今から俺たちは負けた方が死ぬゲームをするんですよ殺し合いなんかしたくない」
「キモい!あのロボット、こっち見てる」
一瞬情けない自分の姿を見てルキナが「キモい」と言い放ったと勘違いした俺は泣きべそをかいた顔をあげてゲームテーブルの奥にあるガラスの壁を見た。
「どうする?あのガラスの壁って開かないよね?」
俺の座り込んでいる場所から直線上の先で二体のロベルトが両手をガラスに貼り付けて首を揺らしながら動いている。顔に眼球があるわけでもないのに不思議と視線を感じる。しゃがんでパントマイムのようにガラスに手を貼り付けては離してたまに膝をガクガクと揺らす。その度にシオリとルキナが「キモい!」「最悪」と悪態をつくこと十回。そこで俺は立ち上がった。
自分でもなぜ立ち上がったのかがわからなかった。シオリとルキナの容姿がいいから?(特にシオリちゃんは可愛い)和白はいい奴だから?そうではなかった。
俺は一応ゲーマーだからこういう風に低俗な煽り方をされると逆に闘志が湧くことはある。だけどそれとも違う。
ゲームの内容と結果次第ではピエロを負けた気分にさせることができるかもしれない。どんなに運が良くても生き残れる保証はないし残った三人が死んでいく姿を見ることも避けられない。だったらこのスマホの向こう側にいるピエロに負けた感覚を味あわせるのはどうだろうか。
俺はおどけているロベルトに近づくためにゆっくりと歩いた。突然我に帰った俺を見て驚いた顔をした和白の横を通り過ぎてロベルトをじっくりと眺めた。
ランドリタワーのゲームマスターであるピエロにはこだわりがある。それは「苦しむ人間を眺めて悶える」これが一番大事なのだと思う。このゲームで人数を調整しながら人が発狂したり悲しむのを見て越を得ることを重視している。ということはすぐに人数を減らすことはないはずだ。ウルフが得た一人だけが生き残ることができるチャンスも銀田が怒り狂って備品を壊すのもありふれたゲーム展開なのかもしれない。
そして市来に対して脱出する権利を与えると嘘をつくのもピエロから見た「この階のゲームの見どころ」だとしたらどうだろう。
この段階で二人が死んで二人が生き残ると次のフロアのゲームが終わった段階でプレイヤーが一人になる。それで今日のランドリタワーのゲームは終了になる。それほど早く決着がつくだろうか。
そうではないはずだ。一時的な措置とはいえこの格闘ゲームでは誰も死なないのかもしれない。現にたった今一人死んでいるから脱落者の枠はもう埋まっている。俺は動きを止めたロベルトからスマホスタンドの置いてある台を見た。
ロベルトの動きが止まった。ならピエロがプレイヤーにアナウンスをするはずだ。
「そうだよな。どんなに運が良くても、踠き苦しんだとしても脱出ができないのは悲しいよな。ぼんくんさあ。結構勘がいいよね」
このピエロは心が読めるのではなくてロベルトのカメラ越しにみる表情や態度で何かを判断できるようだ。そしてその判断力がもたらすコイツの知性や趣向性が苦しむ人間を見る時に生じる恍惚や優越を生み出している。いわゆる脳汁ってやつだ。大分マニアックなタイプだけど。簡潔に心理を読むとギャンブルや仮想通貨、株を取引する姿を生配信するような破滅する可能性を孕んだ人間を見ることを好むタイプだと言える。
数人を拉致してデスゲームを行う原動力はその歪んだ人間性が原因なのかもしれない。
「そうなんだよね。二チームに分かれてロベルトマスターァ!ルウゥゥームファイターズ!をやってもらうんだけどさ。君たちは勝っても負けてもこのフロアでは死なないんだよね」
なるほどねゲームタイトルはしっかり発音するんだ。某元祖格闘ゲームみたいだったな上手いじゃん。
でも勝ったチームは次のゲームで何かしらのアドバンテージがあるわけだ。俺は涙を拭いてゲームテーブルの前まで歩いた。二体のロベルトがゆらゆらと揺れ動きながら低い姿勢でカニ歩きをしてガラスの向こう側で俺に近づいてくる。ゲームテーブルから少し離れた場所でガニ股姿になったロベルトが二つの黒い顔を傾けて俺に向けた。
これから先は泣き言も恐れのある動揺も見せずにプレイしてやるよ。お前みたいなやつはそういうのが嫌いだろ?負けて死ぬまでポーカフェイスを決め込んでおくから覚悟しておけよ。それで後味を悪くさせてやる。
「じゃあ天井に取り付けられたライトをオンにする。その集中力を高めたポーカーフェイスも悪くないけどな。ぼんとお前ら、後ろを振り返れよ」
流石の観察力だな尊敬に値するよ。本当にこのピエロは心の中が見えているみたいだ。でも絶対に違う。
俺は表情を変えずに背後を見た。残った生存者の三人も洗濯機の方を右に左に見ている。まだどの洗濯機も照らされていない。すると俺が昇ってきた二番席とルキナが出てきた四番席の上にある小さなライトが点灯した。洗濯機は壁と一体になっているから少し離れた場所からライトが二台を照らしている。ライトの色は明るい紫色に見えるがおそらく赤だ。
「はあい勝ったチームは赤のライトが照らす洗濯機に乗り換えとなります」
次に銀田がいた五番席の洗濯機と上階に上がることのできなかったウルフのいた七番席の洗濯機がライトアップされた。紫の中にさす光は水中に刺す光のそば影のような暗い色合いだった。
「青はこちらの洗濯機に乗ることになります」
「まだお前らは死なないからさ。先に情報をくれてやるよ。わかったならさっさとゲームしようぜ」
次のゲーム会場ではスタートする位置が有利になるのだろうかそれとも有利なポジション配置が分けられているのだろうか。俺はゲームテーブルの前にあるレトロな赤い丸椅子に腰掛けた。
「じゃあプレイヤーを決めるためのルーレットは必要ないよな。さっさと始めようぜ」
ロベルトに顔を向けて俺が挑発をすると二体のロベルトは手のひらを上に向けて胸の前で揺らした。「オーノー」といった感じだろうか、いいリアクションじゃん。今からどちらかをボコボコにしてやるからな。
「オッケー。じゃあ2プレイヤーは和白でいいや。お前は左のテーブルで決まりだ。まず赤と青のキャラクターを選んでくれ。ちなみに次に乗る洗濯機の色とは何も関係がないから余計なことを考えるなよ」
和白は両手の平で顔を叩いてから席に座った。シオリとルキナは二台のゲームテーブルから二メートルくらい離れた場所で腕を組んだ。昭和のゲームセンターで決闘するカップルみたいだな。おっとポーカーフェイスを維持しろ。
「不参加の二人はシオリが赤のロベルトチーム。ルキナが青のロベルトチームに決定だ」
俺は昔からあるアーケードコントローラーのレバーをガチャガチャと回した。
画面の中を二つに分けた視覚で囲まれた直立不動のロベルトと背景に流れる筆文字タイトル。俺がコントローラーを触ったことでゲーム機が動き出した。少し変則的でロックなリズムに歪んだギターとファンファーレ。そして汎用性の高い良くあるサンプラーが混ざったBGMが再生された。この絶妙にダサい感じ。再現度が高いなあ。
俺は反射でシオリのいるチームの赤ロベルトにカーソルを合わせて六つあるボタンを適当に何度か押した。低音の効いた中国ドラの「ジャーン」という音がして赤の枠とその中のロベルトが光った。
黒いマネキンのような姿のロベルトは非現実的な高速ジャブを放っている。なんか動きがダサいな。まあいいや次のゲームでシオリちゃんがアドバンテージを獲得できるように頑張るぞ。口は閉じて無表情をキープしないとな。続けて「ジャジャーン」という中国ドラがなった。早い者勝ちだぜ和白パイセン。
「うわキモ。え?なんか自動で青ロベルトになったんだけど。うお。ダサっ」
俺の画面に映っている青のロベルトは両手をあげて握り拳の指を前に出し、片足を上げてゆらゆらと揺れている。そしてタイキックのポーズをとりながらたまに姿勢を直してから上段キックするポーズをとっている。
そして続けてゲーム画面の右隅にひょっこりピエロが現れた。
お前はゲーム画面に出てこなくていい。
画面を妖精のように飛び回るピエロは首から下は全く動かずに揺れている。頭だけで浮遊している設定は必要なのか?そして顔が動いて喋り出した。
「赤はパンチができるロベルト。青はキックができるロベルトだぁ」
要するに赤はキックができなくて青はパンチができないということになる。
「ゲーム開始前に言っておく。ロベルトのヒットポイントは百だ!操作するロベルトの打撃が相手のロベルトにあたれば減っていくぞ!パンチは一発三点。キックは十点だァ!その代わり青のロベルトはキックを打つのに少し時間がかかるぞ。ついでに言うと現実の格闘ゲームのようにキャラクターを壁に追い込んだり投げ技を使ったりすることはできないしガードもできないぞ!戦闘場画面の真ん中に一本の線が引いてある。そこから先へはロベルトは進むことができないから慎重に攻撃した方がいいぞ」
綱引き合戦とフェンシングを合わせた押し相撲みたいな感じか。
「後ろに少しだけ下がるバックステップが上の三つのボタンで三パターン。パンチとキックのフォームが下の三つのボタンで同じく三パターン。ボタンを押さなくても自動でロベルトは前に前にと中心の線に向けて進んでいくから。自分でバックステップ入力をし続けないとボコボコにされるぜ!ラウンドは三分一回きりだ」
定番の必殺技入力とかはやらなくていいんだ。なんかスマホアプリの格闘ゲームみたいだな。シンプルじゃん。多分キックはリーチが長いから俺が操作するロベルトのバックステップは常に二回だな。オッケー。
「引力が強くなるようにロベルトが前に進むスピードは次第に速くなる。規則的な回数のバックステップを入れて決まったタイミングで同じ攻撃をするだけの無難なヒットアンドアウェーはオススメしないぞ!」
「ではロベルトマスタァー!ルウウゥゥムファイターズ!レッツゴー」
後ろにいるシオリとルキナが声を合わせて「レッツゴー。ダッサ!」と呟いた声が聞こえた。
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