第二十話 ロベルトマスター!ルームファイターズ!

「市来さん、僕も格闘ゲームは二年くらいやっていたので対戦することになったらよろしくお願いします」


 市来の苛立ちは一瞬で治ったようだ。ゲーマーには運営の悪口だとか賞金の話よりも先にライバル意識を見せた方が友好的な態度としてみられることが多い。市来の姿はいろいろなことを諦めて仕事を選んだ戦友に見えたからコミュニケーションをすることで俺自身も怯えや恐怖が薄らいでいくのがわかった。落ち着きを取り戻したのは市来も同じだった。


「ぼんだっけ。キラキラネームだよな。お前は運が良さそうだからなあ。どうせ脱出枠に当選して家に帰るんだろ?」


 確かに脱出できるならそうしたいところだな。でもそうは言えない。そしてしっかりと加えて永遠にキラキラネームの話は素通りさせてもらう。


「どうですかね。俺は五億円が欲しいので脱出なんてしたくないですよ」


 市来はメガネをかけ直して頷いた。ゲームセンターを彷彿とさせる照明と床に反射した紫の光に照らされた汗ばむ顔。まだスマホがなかった高校時代を思い出す。コインなのかメダルなのかわからないゲームをやりながらファンタを飲んでいたあいつは元気にしているだろうか。彼女のいないグループも地獄だったけど命懸けのゲームは地獄を通り越して宇宙だな。死ぬなよ市来。


「へえ。まあね五億円はでかいよな。俺の人生における無限黒歴史もニートだった時間も全てひっくり返せるからな!上等だぜ」


 無限黒歴史か。独特の造語だけど悪くないな。この男はランドリタワーを勝ち抜くことに対する意欲が強い。何も失うものがないこと以上に刺激のない日々から突然迷い込んだ異世界に意気揚々としているようにも見える。死線をくぐり抜けてきたやつの顔つきは違うな。


「とりあえずピエロのアナウンスを聞きましょう市来さん。シオリさんとルキナさんはゲームは好きですか?」

「うーんルキナは結構ゲームセンターで長く遊ぶ方だよね。私は一度もやったことがないってくらいのレベル。ウーノとかはやったことあるしババ抜きは大丈夫かな。さっきのゲームってさあポーカーじゃなくてババ抜きだったよね?」


 俺は何故か返事をせずに数回頷いてしまった。これから死ぬかもしれないから女性と話す機会は貴重なのに適当にやり過ごしてしまった。


「まあね、なんでもいいけどさ。私はゲームセンターでは遊ぶけどガチの対戦ゲームとかは全くしてないしスマホのアプリゲームもやらないかな」

「オッケーです」


 駄目だ会話が終了してしまった。悲しき俺の人生。


 野球ゲームでは特別ルールに挑戦した月明ウルフが負けてロベルトに銃殺された。インスタントポーカーでは銀田がゲーム用の備品であるカードを破壊してしまったために強制的にゲームが終了した。このことからランドリタワーの支配者であるピエロは素人がルールを覚えるまでにあたふたしてしまうような見栄えのしない中弛みしたゲーム展開を嫌うということが推測できる。ということはルーレットでプレイヤーの代表を一人選んでプレイする可能性が高い。他のプレイヤーが応援に回るなどといった中途半端なことをピエロが許すとも思えないのだが。


 俺と和白は一番すみから順番にスマホスタンドにスマホをセットした。シオリとルキナは顔を見合わせて何度か無言の相槌を交わした後にスマホをスタンドに収めた。


 ピエロはどのスマホスタンドを選んでも良いといっていたが結局洗濯機の並ぶ席の番号通りにそれぞれのスマホが接続された。五台のテーブルは誰が準備したのだろうか、やや乱雑に並んでいる気がする。


 スマホスタンドの枠が埋まると同時に二台のゲームテーブルにある大画面が点灯した。ブラウン管を思わせる画面には意外にも近年世界でプロツアーなどをしている格闘ゲームに見られるデザインのタイトルが表示されている。


 ハイビジョンの液晶ではないが筆を走らせたような文字とカラフルな朝方の中華街の美麗なグラフィックが映し出されている。背景の映像はアングルを何度も変えて立体的なカメラワークが展開している。そのゲーム空間を猫が通ったり出前のバイクに乗った男が通り過ぎているのが見えた。これは背景としてループする映像なのだろう。そして店のシャッターを開けるおばさんやタバコを吸うホームレスが路上に座り込んでいる。結構かっこいいな。


「RobertoMaster!RoomFighters!!」


俺は画面の真ん中にあるタイトルの英字を小声で読んだ。


「ロベルトマスター、ルームファイターズ」


 ロベルトを極めろ!部屋のファイター達!といったところだろうか。テンションが下がってきた。でも本物の殺人ロボットを動かして格闘ゲームできるのか。世界初のテストプレイヤーじゃん。どうなんだろうか、なんか複雑な気分だ。まだゲームが始まってもいないに襲ってくるこの感覚は初めて友達と対戦ゲームをして負けた時の胸の奥がザワザワとする気分に似ていた。


 ゲームテーブル奥でステージ用の照明が点灯して床から天井にかけてライトが放たれた。どうやらゲームの幕が上がるようだ。そしてゲームテーブルの後ろにある曇りガラスの濁りが一瞬にして取り払われると二体あるロベルトの姿がはっきりと見えた。


 シオリとルキナが気持ち悪さを堪えるしゃっくりをした。先ほどのインスタントポーカーと違って声を出してはいけないというルールがはないから気遣いする必要がないせいかルキナは「キモッ」と小声でつぶやいた。


 ファイティングポーズをとった上下にヌルヌルと揺れ動くロベルトは席が空いたゲームテーブルの画面に映った宣伝ムービーのように腕と足を軽やかに揺らしてたまにジャブを打っている。


 これはすごく良くできている。でも二体のロベルトが立っている場所の背景はグリーンバックだからゲーム画面で中華街の路地を合成するのかな?ロボットコンテストなのか平面のゲームなのか区別ができないぞ。本当に現実のロボットを操作する意味があるのか?普通のアーケードゲームをすればいいはずなのに何か理由があるのだろうか。


 向き合う二体のロベルトは俺たちプレイヤーから見ると2Dの格闘ゲームで見るアングルになっている。そしてゲーム画面にはプレイキャラクター選択画面が表示された。


市来が吃り気味の声で言い放った。


「ロベルトが二体だけ?こんなのどっちでもいいんだけど。キャラクター選択する必要ないじゃん」


市来の語る愚痴の後半は聞き取ることができなかった。


 赤のロベルトと青のロベルト。ゲームテーブルの奥のロベルトはどちらも黒色か。二つのゲーム画面は真ん中が分割されて二体のロベルトを選べるようになっているようだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る