第十九話 脱出用ドラム型洗濯機

 ピエロがスマホから低音のきいた声を出した。


「ええー皆様にはコレから赤コーナー陣営と青コーナー陣営に別れて格闘ゲームしていただきます」


 ああこれはリングアナウンサーだな。深夜にテレビをつけるとやっているプロレスでよく見るやつだ。この声当てはピエロの声質に合っているな。


「是非是非、会場にいる皆様方はどんどんコミュニケーションをとっていただいて構いません。さあさスマホスタンドにスマホをセットしてください。どのスマホスタンドをお選びになっても構いませんよ。さあさ」


 ルキナとシオリはスマホを手に持ったまま何かを話している。市来は汗が滲んだスーツを紫のカーペットに投げ捨ててスーツパンツのベルトをかなりキツめに締めた。そしてすぐに左端のテーブルの上にあるスマホスタンドに自分のスマホを置いた。そして髪を捲ってから汗で固めてからオールバックを作った。櫛が合ったらキマる場面だが萎びたリュックを置いてゲームの開始を待つ姿は夕立に打たれた後に大会に参加したゲーマーみたいだ。


「俺さ、格ゲーは結構得意なんだよね!もうこうなったらさ!勝って勝って勝ちまくって俺が五億円を手に入れてやるよ」


 なるほどね。でもこのゲームはルーレットでプレイヤーを選ぶ可能性がある。五人いるから赤チーム陣営と青チーム陣営に分かれて遊ぶのではないだろうか。まさか水分補給担当だとかコインをゲームテーブルに入れる役割を誰かがやるのか?みたところ飲み物や自販機はないが。


「とりあえず、シオリさんとルキナさんもスマホをセットしましょう。和白パイセンはゲームは苦手ですよね。みてください右の壁にも洗濯機が二台あります」


 全員がマンションベランダ側の方向を見た。そこにはそれぞれが赤色と青色のスプレーで塗装されたドラム型洗濯機が置いてあった。


 どちらも洗濯機の上部が天井まで届いている。かすかにシンナーの匂いがするがそれは俺の潜入感によるものかもしれないすぐにエアコンの冷えた空気がその感覚をかき消した。


 シオリが小さい声でつぶやいた。そのつぶやきは言葉の初めから徐々に声が大きくなった。


「もしかして市来さんが言っていた安全にゲームをリタイヤする方法が、いや違うルール?があるの?」


 続いてルキナはなんと俺に向かって声をかけた。ウッス。


「あの斉藤ぼんさん?ですよね、さっきピエロが言っていたスリーカード作戦のおかげでメンタルが折れずに済みました。まあ結局私の手札はフルハウス?だったからヤバかったんですけどね。とにかくぼんさんはゲームが得意なんですよね?」


 マジかよ。俺は今頼りにされているのか。俺は頭の中ではそう考えていたしそのつもりでプレイしていたけど俺のスリーカード作戦はピエロが公開したのであって俺がここにいる参加者に伝えたわけではない。それに結果十ターン目のフルハウスは二番目に死ぬ可能性が高いハンドだ。先ほどのゲームのイライラが頭に蘇ったような感覚を覚えたが俺は薄口なニッコリスマイルでルキナを見た。そして手前にいるシオリのTシャツの胸元にある「suck!」の文字をギリギリ視界に収めた。


「そうですね、得意な方です。あの洗濯機は赤と青があります。ピエロは赤の陣営と青の陣営と言っていました。要するにチームに分かれてどちらかが勝てば少なくとも一人が脱出できる可能性があるということになります。ですがここで不可解な点が見えてきます」


「というと?ああどうもシオリです」


 なんということだろうか、シオリちゃんが俺に話しかけたぞ。ゲーム会場のエアコンから出てくる冷たい風と緊張感が同時に俺の背筋を冷やした。レズビアンだけど目鼻立ちがコンパクトで可愛いな。


「ああどうも。僕はぼんです。どちらかのチームが勝った場合。ランドリータワーから脱出するプレイヤーは一人のはずなので二色の洗濯機は必要がないと思うのです」


 一番奥に市来が指を組んで前に突き出して伸びをした。「うんうん」と呟いて続けて「わかるよ、わかるよ」と話している。三年前まで実家暮らしだったと聞いていたが俺と同じようにプロゲーマーでも目指していたのだろうか。このおじさんの相槌はゲームセンターによくいる人間の雰囲気だ。紫のライトにメガネが反射している様子がまさにそれだ。指をポキっと鳴らした市来は自慢げに語り始めた。


「全員が総当たりトーナメントをするんじゃないかな。そんで一位と二位は脱出できて三位と四位は上の階に進む。五位はペナルティ」


 単純思考だなこいつ。それは青と赤で陣営を分ける必要がないし、あのピエロがゲームで勝った人間を脱出させてくれるはずがない。回答はおそらくこれだ。


「多分なんですけど。最初に脱出する一人を赤と青のルーレットで決めるのではないですか?俺が第一ゲームでシード権を獲得したときのプレイヤーは七人でした。俺をのぞいて六人で野球ゲームをしたじゃないですか。二人一組のチームでゲームをする場合、今現在のプレイヤーは五人。コレでは一人が余る。このゲームを作った人は奇数が嫌いなんだと思います」


 紫色のライトに照らされた顔を黒ずませた市来は眉間に皺を寄せて腕をこわばらせて怒肩になっている。ゲーマーだから理解できるのだがこれは期待値に任せた意見に反論した俺に向けられた苛立ちではなくて運営側に向けられたものだ。


「まーた!また運ゲーですか!嫌だな!死にたい!一位が脱出できないと筋が通らないでしょうが!はあ!」


 まあこの人は二回死にかけたからな。取り乱すのも無理はない。勝った人間は五億円を手にいれるミリオネア最有力候補になるから脱出するプレイヤーの枠には入ってこないと思うぞ市来さん。





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