第十七話 第二ゲーム決着

 そして次のターンが訪れる。俺のスリーカードをキープするプレイは運命の一手と呼ぶには程遠い堅実なものだったがこのゲーム自体が最初から逆転という要素を取り入れていないことはよくわかっていたから罪悪感はない。


 このゲームはババ抜きとポーカーを掛け合わせているオリジナルゲームに見せかけたクソみたいなロシアンルーレットだ。

 

十ターン目

 俺のハンドは(❤︎❤︎❤︎♢♤) ロベルトのハンドは(♦︎♦︎♦︎♤♧)


 俺はスマホスタンドの方に振り返り深呼吸をした。なぜかピエロの声は音質の悪い拡声器のエフェクトがかかっている。ロベルトのハンドは役の強さでは中間のスリーカードだからルーレットの結果が赤でも青でも誰かが死ぬ可能性がある。全員の中でスリーカードが一番強ければ(あるいは弱ければ)俺を含めた数人が爆風に巻き込まれる一人を選ぶルーレットの対象者になる。


「おおっと!みなさんベストを尽くしましたねえ!いいじゃないですか。ほほう意外と根性があるんだなあお前ら。ではルーレットスタート!」


 俺のいる二番席のレーンの照明が落ちてスマホスタンドのルーレットが回り始めた。この光彩はルーレットというよりは赤に青色が混ざったアメリカのパトカーのサイレンのように見える。日本のパトカーのランプが懐かしいな。マジでこのマンションのことを通報したい。俺は髪をかきあげておでこを出し片足に重心をかけて二番席の壁に寄りかかった。


 ルーレットは赤、青、赤、青、赤、赤、赤、赤。前言撤回だよやっぱりこの赤の点滅はなんか不安な気持ちになる。赤が決まってから余計に長く演出カットインを挟んでいるのだろうか、それとも負ける人間を運営が選ぶことができる出来レースなのか。押し寄せてくる不安でスマホスタンドを破壊する衝動に襲われた俺はすぐに床に座り込んだ。見上げた先で光るライトの色は青だった。


 スマホの画面が限界をこえるレベルの光を放って真っ青になっている。そのスマホは高かったから壊さないでくれ。かなりしんどいな。


「青だ!青だね!じゃあ最強のハンドを持ったプレイヤーが爆風を受けるぞ。だーれだ!」


 俺は立ち上がって窓の奥にいる銀田と市来のいる列を覗き見た。びっしょりと汗をかいた市来は顔をゴシゴシと上着で磨いた後にそれを脱いでくるくると回し始めた。海岸沿いのフェスではしゃいでるような姿を見たところあのオッサンは最弱のハンドだったようだ。


 銀田をみると姿が見えない。ドラム型洗濯機の中に逃げることができれば爆風を避けられるのかもしれない。だがすぐに俺の視界に入ってきた銀田がスマホスタンドを手に掴んで窓に叩きつけた。日本産の青いスマホから基盤と半導体がはみ出して窓の外に消えた。小さなテーブルにコードが引っ掛かったスマホスタンドは怒りに身を任せている銀田をあざ笑うかのように点滅している。


 さらに汗まみれで顔を鬼のように赤くした初老の男は力を振り絞って自分のカードを一枚ずつ手に取って四方八方に投げては壁を殴りテーブルに腕を振り落としてから口を大きく開けて天を仰いでいる。


 俺には叫び声も聞こえない上にカードの絵柄は真っ黒なぼかしが入れてあるにも関わらず気分が悪くなってきた。俺は二ターン目に時計回しにジョーカーを流したがそれ以降は流れてこなかった。そしてロベルトのハンドにもジョーカーが加わることはなかったということはきっと銀田のおじさんはジョーカーを三枚キープしてルーレット赤に命を賭けたのだろう。


 電光掲示板が激しい点滅を始めた。見ていたら視力が悪くなるどころか脳細胞が死滅してしまいそうな虹色の光と花火のグラフィックが画面を埋め尽くしていく。背筋を伸ばすロベルトの黒い外装が光に当たっているのがすごく間抜けに見えた。これは子供の時に見たウィンドウズのスクリーンセイバー(待機画面)を彷彿とさせるノスタルジックな演出だ。


 そして右と左の隅から尖った吹き出しに囲まれている「BINGO!!」の文字が浮かび上がった。画面上部からはジョーカーの絵柄パネルが三枚ゆっくりと落ちてきた。そしてピンク色の文字に白い縁取りがされた「銀田静雄!!!three Pierrot!!」の文字が降りてきた。画面の中に桜が舞い踊り始めたところで俺は窓(スタンドプレイウィンドウ)から距離を取った。後退りして床に目を落として腕で顔を覆った。


「どうする?こんなのやってられないぞ」


 こんな単純なゲームで人が死ぬなんて最悪だ。このゲームに勝ったとしても元の生活には戻れない気がする。喉の渇きや発汗が徐々に精神を萎ませているのがわかる。


 うっすらと窓の方を見ると。雷鳴が響いた後に強烈な閃光が俺の立つレーンを照らした。わずかに横揺れした二番席の床にうずくまった俺は手のひらを握ったり開いたりを繰り返して目を瞑った。


「後五ターンもこのゲームをするのは嫌だ。つまらない」


 スマホの画面から声がする。そしてランドリタワーのドラム型洗濯機「ライズザドラム」のドアの鍵が開く音がした。俺は精神にフィルターを張るようなイメージをして頭を抱えて先ほどのトラウマを忘れようとしていた。


 ゲームで負けた人間が悔しがる姿には慣れていたつもりだが命が掛かっているだけでこんなに荒んだ気持ちになるとは思いもしなかった。


「おい」


「おーい」


「ぼんクーン!」


「うるさい!黙れ」


「なんだとオタクが口答えをするんじゃねえよ。銀田のおじさんがインスタントポーカーのクリスタルカードを壊しちゃったからさあ。銀田以外のプレイヤーは全員勝ちだからさ。早くスマホをとって洗濯機の中に入ってよ。君の堅実なプレイは悪くなかったぜ!次のゲームが待っているぞ」


「この野郎。ゲームで命を賭けるのがこんなにつまらないとは思わなかったぞ!酷いことしやがって!お前パチスロとかカジノを冒涜したな!それ以外のゲームも全部馬鹿にしているだろ!なあ」


 ピエロは小刻みに喉の奥を鳴らして笑っている。


「ゲームに感情は不要なんだろ?それがぼんくんのポリシーじゃないか。さっさと洗濯機に乗れ。五億円は命より重いんだよ。わかるよな?」


 沸騰しかけた俺の頭は冷却されて急速に思考が回転し始めた。ゲームに感情は不要。俺はこの言葉をネットやSNSで呟いたことがあるかどうかを思い出していた。どこでこの言葉を書き込んだ?頭の中では考えたことはある。それは間違いない。独り言でぼそりと呟いた記憶はない。俺は黙って立ち上がりスマホをスタンドから外した後に荷物のトートバッグを肩にかけた。


 最後に出場したeスポーツの大会。小さなビルの一角で行われたその大会はどちらかというとネットで知り合った仲間たちと語り合うのが目的のカジュアルなものだった。というのも俺が力を入れていたのはチームで競うゲームモードではなくソロと呼ばれる一人で参加するモードだったからだ。当時俺がプレイしていたゲームのソロモードは世界中のプレイヤーがオンラインで百人が参加するゲームなのに九十人でゲームが強制スタートすることもあるくらいマイナーな遊び方だった。


 俺は最初からゲームのプロになることは諦めていた。だからこのゲームを遊んでいた時期は別のやり方を探しながらゲームで繋がった人から情報を得ようと東京中のゲーミングカフェなどに通っていた。確かここのカフェの店員に仮想通貨で稼ぐ方法があると聞いたことをきっかけに競技性のあるゲームから身を引いたのだった。


 その店員の顔はおろか姿さえ思い出せなかった。記憶の中の俺はレンタルしたゲーミングPCの画面を見ながらジュースカップを手に持っている。肩に手をかけられた。どこか親しげなのに覚えが曖昧な、友人のようでそうではない誰かが俺に語りかける。


「ゲームに感情は不要だからね。ぼんくんはつまらないゲームでも常にべストを尽くすよね。きっとこちらの方なら稼げると思うよ」


 そのゲームカフェは確か閉店していたはずだ。俺は思い出せない記憶の断片を少しずつ集める思考プランを脳内で立ち上げた。これからはピエロの話す一語一句を聞き逃すわけにはいかない。


 ピエロの素性を知ったところで何の解決にもならないかも知れないけどゲームを続行してもう少しこいつを喋らせる必要がありそうだ。







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