第十六話 五ターンから九ターン目

「では皆様ベルトコンベアのカードを入れるスペースを拡張いたします。皆様が次のターンから交換するカードは二枚になります」


 俺は窓の向こう側の六番席レーンにいる市来の様子を確認した。姿が見えない。あのサラリーマンはしゃがみ込んでいるのだろう。ルーレットが青なら市来は五番席で爆風に巻き込まれていた。テーブルの下の爆弾のようなものはプラスチック爆弾ではなく強い衝撃で風を起こすもののようだ。よくはわからないが強い電気ショックのようなものと見て良さそうだ。


 窓(スタンドプレイウィンドウ)の外から見えるロベルトのいる空間をよく見ると静電気の影響なのだろうか天井の壁紙や床のマットレスが散り散りになって逆立っているのがわかる。


 市来さん!なんとか立ち上がってくれ、負けた時もカードを交換しなかった場合のペナルティも全く同じもののはずだ。次に交換するカードは二枚だから同柄のカードを揃える可能性は高くなる。ルーレット次第では強い役が負ける可能性もあるけどロベルトの動き次第では次の五ターン目もロベルトに爆風を浴びせることができるかもしれない。手元の窓が開くと俺のいる二番席のレーンに焦げ臭い匂いが漂った。後ろのスマホからピエロが楽しげな声を俺に投げかけた。


「おお、ぼんくんさあ。今よくない考えが思考によぎったんじゃないかい?まあゲーマーの君にはわかっていると思うし。他のプレイヤーたちにも伝えてあげようじゃないか。窓が開いているから声は出すなよ!」


「ランドリータワーの守護神ロベルトは頑丈で戦闘力が高いが頭はすごく悪いぞ!君たちの動き次第では全員が中間の役スリーカードを揃える可能性がある!頑張って頭を動かしてくれよ。市来のオッサン。お前は三十八歳なんだからさっさと持ち場に戻るんだよ。実家を出て三年のシステムエンジニアに後戻りできる場所なんかないぞ!」


 俺は今住んでいるワンルームには戻りたいのだけど。ここにいる全員が五億円より平穏で少し愚かな生活を送る人生に戻りたいと思っているはずだ。このピエロの言葉はゲームに対するプレイヤーのモチベーションを煽る所作と見て良さそうだ。


六ターン目

 俺は流し目で窓の向こう側にいる市来を見た。それと同時に青のクローバー(♧♧)二つを拡張されたカード入れにはめた。一方の市来は泣きべそをかいた真っ赤な顔で立ち上がった。震える左腕に片手を添えてカードを枠にはめた。よっしゃ市来さん頑張れ。ベストを尽くせば運がついてくるぞ。

(←♧♧)(❤︎❤︎❤︎)


 手元の窓が閉まりベルトコンベアが動いた後にまた窓が開いた。和白から回ってきたのは青と赤のスペード♤♠︎だった。


 残念な話だけど俺の頭の中に映画だとか漫画みたいに全員を救うアイデアは浮かんでないが思考を止めてはいけない、そして持ち時間二十秒の間に赤のハートを三つキープすることは絶対に譲らない。(❤︎❤︎❤︎♤♠︎)


 ロベルトのハンドは赤のクローバー♣︎。赤のダイヤ♦︎。青のハートが二枚♡♡。赤のハート❤︎。(♣︎♦︎♡♡❤︎)青のハートのワンペア。弱い。だが十ターン目のルーレットが青なら強い。


七ターン目

 俺は和白から回ってきた青と赤のスペードをベルトコンベアの枠にはめた。(←♠︎♤)(❤︎❤︎❤︎)


 俺が徹底しているスリーカードのキープはつまらないプレイの姿勢だけどピエロの言う通り全員がスリーカードを揃えればいいのだからみんなが自分のハンドを調整しさえすればもう一度ロベルトに爆風を喰らわせることができる。


 ルーレットが赤の場合。ロベルトのハンドが最弱なら一番強い役を揃えたプレイヤーの負け。


 ルーレットが青の場合。ロベルトのハンドが最弱なら最強の手札を揃えた人間が爆風の餌食になる。


 その場合もし全員が俺の保持しているスリーカードより弱い役なら俺が死ぬ。その可能性は交通事故にあう確率よりも低いはずだ。勝率の高いハンドは絶対にキープするのはどのタイプのカードゲームでも同じだから疑う余地はない。バトルゲームでもポーカーでも麻雀でもそうと決まっている。


 強いカードを捨ててランダムで渡されるカードに運任せで賭けることなどもってのほかだ。


八ターン目。

 次の俺のハンドは(♦︎♧❤︎❤︎❤︎)。迷わずに♦︎と♧を流した。(←♦︎♧)窓の向こう側を見た俺は舌打ちをした。首の後ろを撫でて冷静になろうとしてもジワジワと頭に血が昇っていくのがわかる。


「ロベルトの頭が悪くても運は神のみぞ知るってことか」


八ターン目に確認したロベルトのハンドは(♦︎♦︎♦︎♠︎❤︎)だった。

 あのロボット、スリーカードを揃えやがった。市来と銀田の顔を見ると二人とも俺の方を青ざめた顔で見ている。あの様子だと市来と銀田は現状スリーカード以下の役を保持している可能性が高い。スリーカード作戦を考えたのは俺だけど情報を公開したのはピエロだから許して欲しい。そんなに揃わないものなのか?同色同柄のカードは四枚ずつあって。一ターンに二枚ずつ流すのだからかなりの高確率でスリーカードが揃うはずなのだが。


 そして市来はテーブルに拳を激しく叩きつけた。そして窓に寄りかかって頭を擦り付けている。先ほど実質の負けを味わった後に更に不運に見舞われることで湧いてくる動揺と焦りが身体中を震わせている。そして十秒足らずして血の気が引いたようだ眼鏡が鼻から落ちかけている。


 だがロベルトのハンドの内容を楽観視できないのはスリーカードをキープしている俺かもしれない。


 二番席からは様子を伺うことのできない同じ列の一番席から四番席の三人がスリーカードをキープしていた場合。五ターン毎、要するに十ターン目のルーレットが青ならスリーカードを保持しているロベルトを含めたプレイヤー数名が同率で並んでルーレットにかけられた場合爆死する可能性が出てくる。


 こればっかりは運次第だ。それに加えてこのゲームは誰と戦っているのかがわからない。この状況は当の昔に飽きたオンラインゲームで無為にランクポイントを稼いでいる感覚に似ている。喉の渇きと同時に全身から汗が吹き出してきた。水が飲みたい。


 後二ターンか。銀田と市来は俺たちのハンドが見えていないはずだ。だがゲーマーの直感が言っている。和白としおりとルキナはスリーカードを揃えている。


 八ターン目に和白から流れてきたカードは青のダイヤが二枚(♢♢)だった。(♢♢❤︎❤︎❤︎)そしてロベルトは赤のダイヤのスリーカードをキープした。


「おおこの感じは和白パイセンはスリーカードをキープしているな」


 二枚同色同柄のカードを交換に出すと言うことは残りの三枚は同色同柄の可能性が高い。もしルーレットが青で五番席と六番席の銀田と市来が最弱のハンドをキープしているならスリーカードを持ったプレイヤーかそれ以上の強い役を持った人間が爆風を喰らってしまう。もう後戻りはできない。


 市来は神頼みすらも諦めて死刑を待つ死刑囚のように無表情で自分のハンドを眺めている。一方の銀田は頭をかき上げて口を手で覆っている。先ほどまでは勝馬投票券を空高く投げて悲観にくれているような様子だったのに今は落ち着いているようだ。ふむ。


九ターン目


 俺はスリーカードをキープするべく二枚の青のダイヤ(♢♢)を交換に出した。(←♢♢)(❤︎❤︎❤︎)そして流れてきたカードを見た俺は背中の冷や汗が一気に体内から絞り出される感覚に襲われた。引いた二枚のカードは赤のスペード♠︎と赤のハート❤︎だった。(♠︎❤︎❤︎❤︎❤︎)手元の窓が閉まると俺は腕で顔を拭った後に鼻を啜った。



「しまった」


 よく考えてみるとスリーカードをキープしている場合、上位に位置するフルハウスの役は一つの同色同柄のカードを引いただけで揃ってしまう。先ほどのロベルトを巻き込む爆風が俺の頭の中でフラッシュバックした。あの変な光に巻き込まれて死ぬのは体がバラバラになるよりも嫌だ。このターンが最終ターンじゃなくてよかった。


 ロベルトのハンドは(♦︎♦︎♦︎♧♤)になっている。あのNPC(ノンプレイヤーキャラクター)はスリーカードをキープして九ターン目を迎えた。あのロボットは頭が馬鹿でもスリーカードの役は意地でも捨てないようだ。クソが。


 俺は銀田と市来の姿を見た。どちらも黙って窓に両手を添えて寄りかかり歯を食いしばっている。あのシンクロした姿はまるでサウナでどちらが水風呂を限界まで我慢できるかの競争をしているみたいだ。全く笑えない状況なのだけど俺は仮想通貨を取引する前に純粋なバトルをするゲームの大会に出た時の気分を思い出していた。


 もちろんフルハウスを成立させている四枚目のハートは隣に流す。あとは運任せだ。ルーレットが青ならスリーカードを保持している人間は爆風を喰らう可能性が高い。





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