第十一話 市来こうき

 落ち着け、マイネームイズサイトウ!アイムボン!思考を止めずにいよう。なぜ俺がランドリタワーの参加者の中に人狼がいるのかを疑うのか。脳内で詳しくどうぞ。


 このゲームで勝つことができれば最高五億円の賞金が手に入る。そしてゲームの都合上最上階に近づくにつれてゲームに参加しているプレイヤーの人数は減り続ける。ただそれだけでこのピエロの向こう側にいるゲームマスターが満足するだろうか?


 このメンバーの中に人狼が紛れ込んでいると仮定する。その場合人狼プレイヤーが生き残ればゲームマスターは誰にも賞金を与える必要がない。すべてのゲームを進行させるついでにもう一つのゲームを進行させることができれば高級マンションを悪趣味なアミューズメントパークに改築した支配人も満足度が高いじゃないか。


 監視カメラ越しに見ている愚人達が命懸けのゲームをしているだろう?そしてその中に運営側の回し者がいれば遥かに監視が楽しくなるのではないだろうか。


 ピエロが参加者に知らせた現在地はマンション四階。外から見たこのマンションの階層は十近くあったはずだ。加えて残りの参加者は六人。野球ゲームでリタイアする予定だった人数が二人。これでは階層と人数の割合が合わない。ピエロは最上階があると言っていた気がする。


 人狼以外の参加者が全員死んでゲームが早く終わってもランドリータワーの支配人が満足できるゲーム展開が用意されているのかもしれないな。マジで人が死んだぞ。あれ何かの演出じゃないよな。


 硝煙がゆらめく銃を下に向けたまま動きを止めたロベルトの下には潰れたトマトのような頭になった月明ウルフが倒れている。いやリアルすぎる、頭蓋骨の内側が見えているわ。きついな。


 ルキナちゃんは大丈夫だろうか。俺がフェンス越しに周りのプレイヤー達を伺う前にピエロからのお知らせが入った。スマホの画面を見る。


「はい!皆様お疲れ様です。ランドリタワーの第一ゲームが終了いたしました。では私が話している途中ではありますがスタンドからスマホを外していただけますでしょうか。こちらのスマホスタンドは急速充電仕様なので余程の低性能でなければ満タンになっていると思います!」


 俺が充電スタンドからスマホを取り外した瞬間に一番席から六番席の待合席にある床にある銅板の蓋が開く音がした。俺は充電器を取る前に隣の三番席レーンに戻るシオリの胸をチラリと見た。おおTシャツが弾んでいる。シオリは無表情だが奥にいるルキナは泣きべそをかきながら肩を震わせて唇を噛んでいる。


 これは推測だ、というよりは今思いついたのだが。ランドリタワーのゲームマスターが人狼プレイヤーを必要とする理由がもう一つあるのかもしれない。


 それは一般参加した村人プレイヤーが死ぬまでゲームを継続してもらうためのペースメーカーとしての役割だ。大学生の女の子や臆病な若者がゲームに巻き込まれた場合、次のゲームが行われる上階に行くために必要な洗濯機型のエレベーターに乗ることを拒む可能性がある。目の前で人が死ぬ光景を見たら誰だって気力を失う。そう言った人間を奮い立たせる人間が怪しいのかもしれない。


 もしかするとコインランドリーにルキナを誘ったシオリは人狼なのかもしれない。あるいはまだ名前を明かしていないサラリーマンの男か真面目にバットを振っていた和白なのか。銀田がウルフに「諦めるな」と声をかけていたからあいつかもしれない。片手でマッシュヘアをゴシゴシとかいた俺は充電器の左側面にあるボタンを見つけて押した。真っ白な充電器のプラスチック全体が緑色に光った。


 銀田とサラリーマンは取り出した充電器の裏や側面をくるくると回して眺めている。そうだ少しみんなに語りかけてみよう。これから先もペアでチームを組むゲームがあるかもしれないし不戦勝確定だった俺の印象は悪いからそれを解消したいという気持ちもある。


「あ。みなさん僕は斉藤ぼんです。ここにボタンがあります!」

「お、本当だ。オッケーありがとうな、ぼん」


 まず背後から和白の声がした。陽気な声で返事をしやがった。まだ半裸のアニキは正気を保っているようだ。チラリと俺を見たシオリも胸の前にある充電器をオン状態にした。


「ねえルキナ。ここであの気持ちの悪いロボットといるのも嫌でしょ。一旦エレベーターに乗ろうよ」


四番席の奥角にある五番席から銀田の声がした。


「あのさ。私は老眼だから何が何だかわからないんだけど」


 隣の六番席サラリーマンがフェンスをコンコンと叩いた。周囲に聞こえるように大きな声で話し始めた。


「銀田さんでしたよね。この辺ですよ。あの皆さん。俺は市来こうきって言います。こういうデスゲームってやつを漫画とか映画で見たことがあるんですが。もしかすると安全にリタイアができるチャンスがあるかもしれないです。ルキナって呼ばれていたあなたも早くエレベータに乗りましょう。まだ諦めてはいけません」


 安全にリタイアするチャンス?俺もゲームもやるし漫画も読むけどそんなシーンはあまり見たことがないな。市来こうきか…でもウルフが死んだ時と和白がロベルトに腹を殴られた時の驚いた顔は本物だった。これから仲間になるかもしれないから過剰に不信感を持たないようにしておこう。




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