第八話 充電バッテリー
俺のスマホスタンドが点滅している。ゆっくりとしたスピードで赤から青、緑、黄、に変化して赤に戻るを繰り返している。オーガニック専門店に展示されているランプのような穏やかな光なのにどこかスロットが確変に入った状態を彷彿とさせる。ピエロが画面一杯にズームされている。これは動画投稿サイトの画質の悪いズームで笑いを誘う表現に似ている。
「おっと皆様。非常に心苦しいのですが。先ほどのくじ引きで次の階へのシード権を得たサイトウボン様にランドリタワー特製、ライズザドラム!に必要な充電用バッテリーを贈呈させていただきます!ああ皆様が乗ってきた洗濯機のことを言っているのですよ!わかりますよね。かっこいいだろ」
ライズザドラム…すごくダサい名前だ。直訳するとドラム型洗濯機が聳え立つってことになる。聳え立っているのはランドリータワーじゃないか。このゲームマスターは金で知性は買えなかったのだろうか。
バッターボックスの和白が振り返ってこちらを見た。嫉妬に狂った表情ではないがどこか寂しげで眉間に皺が寄っている。フェンス越しに見える三番席から四番席、五番席から七番席からも冷たい視線を感じた。ゲームの敗者が死ぬとは限らない。だからみんなそんな目で俺を見ないでくれ。
どこからそのバッテリーがやってくるのだろうか。銀田が受け取ることになっているボールはまだ落ちてきていないようだ。俺は少し肩を狭めてバッテリーを受け取る心構えをした。自分のスマホに映るピエロは顔ではなくカートゥーンの手に変化していた。指が刺しているのは下だ。
足元はグレーのコンクリートになっているが直径が五十センチほどの正方形の銅板パネルがあった。十円玉と同じ色なのがなんか嫌な雰囲気だ。
ゲーム会場に気を取られて足元が見えていなかった。フェンスの向こう側のプレイヤーたちも床にある銅板を見ている。ウルフとサラリーマンの男は何回か引っ掻いたり足で蹴り付けてみたりしている。
銅板がスライドして開くと俺はしゃがんで中の空間を見た。スマホを一回り大きくした白いプラスチックの塊がそこにあった。
「その充電器は今すぐに使って上の階に行くこともできますよ。どうですかサイトウボン様。ゲームを観覧しますか?」
「はい」か「いいえ」で答えろと言っているのか。もちろん答えは「はい」だ。このゲームの敗者がどうなるのかは絶対に確認しなきゃならない。命がかかっているなら敗者には何かしらのペナルティがあるからそれを見届けなきゃならない。
そろそろ気持ちを切り替えないとな。勝負事においては「勝ち」には絶対に拘らないといけない。ゲームではベストを尽くすクセがないと金にならないからだ。五億円がもらえるならそれなりに考えないとダメだ。
「もちろん。ゲームを観覧するよ。あのさピエロ?でいいのかなあなたの名前はなんて言うんだよ。ジャグラーじゃないんだろ?」
フェンスの向こう側の視線の圧力が減った。ここにいる誰もが闘争心を持っていないことは空気でわかる。俺のように意欲を示す人間は邪悪に映るかもしれないけどそんなことは関係ない。
これほど理不尽な状況でピエロの言うことを聞いているだけではいつの間にか負けている場合がある。ランドリタワーのゲームマスターから情報を引き出すのは大事だ。皆、ただ遊んでいるだけじゃダメなんだぜ。
ピエロが黙り込んだ。先ほどこのゲームマスターはウルフとのやり取りでマニュアルという言葉を使っていた。まさか人口AIなのではないだろうな。それにしては流暢な会話ができるように思える。もちろん悪い意味で。
奥にいるキャッチャーのロボットから激しいノイズ音が漏れている。今にも火花が散ってショートしそうだ。痙攣したロボット「ロベルト」は関節を揺らしながら俺のいる二番席のレーンを振り返った。一度右手の拳を左手のグローブに突っ込んで音を立てた後に腕を引き抜くと同時にグローブを外した。
これで一つ情報を得ることができた。このロボットは俺たちをいつでも殺すことができる。敗者は死ぬ可能性が高い。
グローブの下にあるロベルトの左手は拳銃が取り付けられていた。手の指ではなくワイヤーと基板を利用してトリガーを弾けるようなっている。それを俺に向けたあと天井に方向を変えて発砲した。
乾いた銃声がゲーム会場に響いた。シオリとルキナは驚いて床に尻餅をついてしまった。
六番席と七番席のサラリーマンとウルフは好奇心を持ったのだろうか映画の中でしか見ることができないであろうその姿。腕を突き上げるポーズをとったロボットをじっくりと眺めている。
目の前のロボットの開発費は何十億とかかるはずだ。こんなものを所持している人間がこのゲームを主催しているのだからこのゲームに勝てば五億円近くの金がもらえる可能性は高い。ゲームに勝ちさえすればの話だが。あの二人は興味を抱いたに違いない。
「はあ?」
口をポカンと開けた和白はバットを落としそうになりながらよろめいた。一番近くで銃声を聞いた和白は戦意を失うかもしれない。俺は和白の足元を見て叫んだ。
「和白パイセン!バッターボックスの外に出るな!銀田さんも動かないで」
金属の音が響いてバットが床に転がった。和白の足はバッターボックスから一歩はみ出している。
ロベルトは体を和白に向けた。先ほどとうって変わって滑らかな動きで天使のように右手を伸ばして和白に近づいていく。
「ちょっと!待ってくれ」
ゆらゆらと揺れるその姿はテレビで見るペアの社交ダンスで相手の手を取る動きに似ていた。差し出しているのは銃が取り付けられている左腕だ。
和白はゆっくりとバッターボックスの中に足を戻したが遅かった。
次の瞬間に和白の腹部にロベルトの右腕のパンチがヒットしていた。まるでモーションが見えない。和白はもう一度バッターボックスから出てしまわないように床に膝をついて衝撃を下に流したようだが咳を何度かしていた後に胃液を床に吐いた。銀田の顔は青ざめて息を荒げている。
沈黙していたスマホの中のピエロが語り始めた。
「とりあえず黙ってゲームをやろうぜ。君たちにはそれ以外の選択肢はないんだよ。なあ考えてみろよ五億円っていうのは大金だよ。ゲームに参加する権利ですら価値が高いんだ。無料でチャンスをもらっただけでも感謝するんだよ。カンシャダヨ!全力を尽くしてくれるとありがたいな。サイトウ。金輪際余計な質問を俺にするなよ。わかったか」
勝手にゲームに巻き込んだやつが何を言っているんだ?このピエロは自分のことを俺と言った。
俺は試しに頷いてみた。声を出さずに反応を見るべきだ。監視カメラは確実にあるが確認するチャンスだ。このマンションを出る方法はないとは思うのだが常に相手の様子を伺う必要がある。ピエロは舌打ちをした。どうやらこちらの姿は見えているようだ。
「ボンくんさあ」
「まあいいや。君らの命を握っているロベルトには三百六十度見渡せるカメラが搭載されている。先にいっておくけどロベルトは全てのフロアにいるんだぜ仲良くしような。だから返事は頷くだけでも良い。ボンくんが話を理解してくれたならそれでいいさ」
貴重な情報をどうも。
ロベルトを壊すことはできるのだろうか。どんなに先進的な技術があったとしても外装がマーベルヒーローのアイアンマンのように固いはずがない。超合金だったとしても人の体と同じ体積では耐久性が低いことだってあり得る。
和白の持っているバットで殴ればそれなりに戦えるのではないだろうか。今はその時ではないけどこれから先はとにかく思考を止めたらだめだ。
「では皆様方。お待ちかねのランドリタワー第一フロアのゲームを開始いたします」
「プレイボール!」
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