STAGE:1 


 数分が過ぎた。洗濯機型のエレベーターの揺れが止まったがなかなか扉が開かない。スマホを見るとピエロの顔周りにはZマークが散らばって揺れている。寝てるんじゃねえよ頼むからさっさとゲームを始めてくれ。


 俺は洗濯槽の中で体育座りをして目を瞑った。その時だった。


 ガチッという何かのロックが外れた後に洗濯機の前の壁が上昇していくことがわかった。外から漏れてくる明るい光が洗濯槽の中を照らし始めた。


 洗濯機の扉が自動で開くと黒のフェンスに囲まれた通路が見えた。先の方はフェンス状の扉があってよく見えない。眩しくて目の奥が痛くなるのを堪えた俺は荷物を持って外に出た。他の客も外に出たようだ。フェンス越しではあるが見通しは良い。洗濯機の位置は変わらないがそれぞれの出口から縦に二メートル横は洗濯機の幅にそってフェンスが設置されている。


 前方のフェンスで作られた取手のついた扉の前には英字のスナック菓子が詰め込まれたカゴと椅子。立ち飲み屋で見かける小さな丸テーブルの上にはスマホの充電スタンドが用意されている。現状サービスがいいゲームセンターやアミューズメント施設のように見えるからこれから命懸けのゲームが始まるとは到底思えない。


 全員のスマホから楽隊のファンファーレが鳴り響いた後にピエロが語りかけた。それぞれの持つスマホから出るピエロの声は若干の遅延があった。


「皆様。お怪我はないでしょうか。では前に進んでいただいてスマホスタンドにスマホを置いて充電してください。スマホの電源が切れたプレイヤーはゲームに参加する権利を剥奪し続行不可とし脱落とみなします」


 七人の客は何も語ることなくフェンスの扉まで近づいた。なるほどリアル野球盤か…フェンスの先はワンルームの部屋くらいの広さがある。


 一階の店の雑誌が置いてあった方角にはネットが貼られている。そして床には野球場のマウンドとバッターボックスを模した茶色のオブジェが配置してある。


 俺のいる二番席の前にはキャッチャーの姿をしたマネキンのようなものが鎮座している。そのキャッチャーのフォームでしゃがんでいるマネキンは真っ黒でユニフォームなどは着けていない。後ろ姿で確認できる膝関節がフィギュアのようにパーツで繋がれているようで白の線が入っている。まさかロボットなのか?


 背中を向けているヘルメットをしていないキャッチャー型のロボットが人間が投げたボールを確実に掴むことができるのであれば相当先進的な技術だ。でもピッチャーとバッターの距離が近くないか?


「皆様、見ればわかると思いますがこれからあなた方がプレイするゲームは野球です!ルールの前にルーレットでペアを決めます。人数が合わないので七人の参加者のうち一人は特別に次の階にいく権利を得るができます。六人は三チームに分かれてトーナメントで争ってもらいます!」


 一人は何もしなくても次の階に進めるわけだ。この抽選には絶対に当選したいな。画面の中でピエロが口を大きく開いた。


「キャッチャーロボットのロベルト君!動いてよ!きゃーかっこいいオオタニサン!」


 まじかよ。あのマネキンはやっぱりロボットなんだ。大谷○平は何も関係ないだろ。失礼だぞ。


 キャッチャー型のロボットはしゃがんだ状態のガニ股になった足を左右に動かして水平に屈伸した。上下にもヌルヌルと動いているが上半身はブレていない。そして最初の位置にフォームを戻してから右手グローブの中に左の拳をバシンと突っ込んだ。


 隣の三番席と四番席のシオリとルキナはフェンスから下がり「気持ち悪い」という言葉を同時に発した。


 ケーブルも繋がれていないのにあんな動きができるなんて。凄すぎる。なんだよランドリータワーとやらは楽しいゲームで遊ばせてくれるのか?


「さあ!抽選の時間です。みなさんスマホを充電器にセットしてください!」


 俺は充電器にスマホを刺した。充電スタンドのプラスチックの台座が赤く光った。赤色か。この充電スタンドはライトがつくのか。ぼんやりとしていて温かみがあるのにあまりいい感じがしないな。


 右にいる一番席の和白のスタンドは青色だ。俺は他の客をフェンス越しに見回した。シオリは青。ルキナは緑。銀田は黄色。サラリーマンは緑。ウルフ、いやヨシアキは黄色。あれ?赤色は俺一人だな。スマホスタンドからピエロが俺に罵声を浴びせてきた。


「はあい。サイトウ!お前は第一ゲームクリアだよ!ゲームしか取り柄がないのに残念だったな!カス!オタク!」


 カスって言うなよ。ゲーマーの人間に言葉を合わせてるのはわかるけど。悪口の低度が悪いぞ。


 フェンス越しに右の和白と左の方にいる五人のジトッとした視線を感じた瞬間に俺の喉からグゥという音がなってしまった。大丈夫だってこの感じはラウンドワンみたいに遊ばせてくれるってことさ。一応顔を下に向けておこう。ごめん、俺当選しちゃった。一抜けた。


「早速ですが。青チームとぉ黄色チームのぉ二人の試合を始めます!」

 

 あまりうまくはないが声色はウグイス嬢に寄せているようだ。低い声がなんか不快だな。


「青チームぅバッター、ガテン系の和白のりお。黄チームピッチャー銀田のジイサン」


 一番席の和白の前にあるフェンスの鍵が開く音がした。そしてすぐ後に左の方の五番席の位置にいる銀田のフェンスから音がした。見た印象では天井まで伸びたフェンスがある以上誰かにプレイを代理で任せることはできないだろう。


「これからお客様方にはペアでバッターとピッチャーを分けて交代で三回イニングの野球をプレイしていただきます。ですが一塁から三塁のベースはないので走者はいない状態でゲームを進めます。バッターが弾いた打球が正面のネットに当たった強さで点数が決まります」


「バッターが点数を取るチャンスは二回。本来の野球では三回のアウトでイニングが切り替わりますがアウトが二つになり次第回を進める形になります。要するに和白のりおが打ち終わったらシオリがピッチャー。銀田が投げ終わったら。ウルフが打席に立つってことね。お前らは野球のルールを知っているよね?」


「まあいいや。ストライクは三つでワンアウト。ボールは四つでフォアボール。ちなみにフォアボールはピッチャー側のチームの失点二点とし。バッター側はワンアウトとします。デッドボールに関しては…」


「デッドボールを犯したピッチャーのチームは強制で敗北となります。三チームで最も成績の悪いチームの二人が敗退となります」


 デッドボールを犯した?この不気味な表現の事は一旦忘れておこう。


 かなりシンプルなルールだ。バッターとピッチャーの距離が近いから無難にストライクゾーンに球を投げたほうが良さそうだ。とはいえ俺は参加しないのだけど。敗退したチームの二人はこのマンション、いやランドリータワーの外に出してもらえるのだろうか?


 要するに黄色チームの銀田がストライクゾーンにボールを入れることができずフォアボールだった場合青色チームに二点が加算される。次の打順にきりかわり同じ和白がバッターを継続してもう一度点数を取るチャンスを得るわけだ。


「では和白のりおはキャッチャーロボのロベルト君の前にあるホームベースの上にあるバットを拾ってください。銀田はマウンドに移動してください。天井からボールが落ちてくるのでしっかりとキャッチしてください」


 和白と銀田が真ん中の部屋に入った。俺の位置からはバットを持った和白がみえて奥では銀田が天井を見ながらビクビクとしている。天井には黒い穴が空いているようだ。それを見た銀田はマウンドの中心で天井を見つめた。


 キャッチャーロボからブチブチとした謎のノイズが漏れ始めた。三番と四番席のフェンスに挟まれた通路にいるシオリとルキナは後退りしている。サラリーマンの男はフェンスに手をかけて目を見開いた。


 七番席のウルフは腕を組んで銀田を睨んでいる。銀田は高齢だからフォアボールを二回繰り返して相手に四点を与えてしまう可能性も大いにあり得る。チームプレイとはいえ。ペアを組んだ相手次第では不利になる。


「オッサン!ウエストポーチを外してくれ。無難に真ん中に投げてくれればいい。おいピエロ。下から投げてもいいんだよな!」


「投げ方は自由となっております。ですがピッチャーマウンドの円からは出ないようにお気をつけください。和白のりおもバッターボックスからは出ないようにお願いいたします」





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