第五話 入場のアナウンス
和白と俺はスマホの画面を見て呆然とした。この日本でシャッターを閉めただけで通信が途切れることなど起きるはずがない。だが電話のアプリをタップしても何も反応がない。それは和白も同じのようだ。
スマホの画面にノイズが走った後に画面にはパチスロ実況動画やテレビ番組でたまに見かけるピエロの画像が表示された。黒の背景は照明が暗いゲームセンターをイメージさせる。
「何だよコレ。サングラスをつけただけのジャグラーじゃん」
画面に顔を近付けてみるとビンゴ!の文字がサングラスのふちに小さく描かれている。どうやらシオリやルキナ、ウルフと銀田も同じ画面を見ているようだ。
「何よ!これ!シオリさあ、このお店に来た理由ってこれ?」
「違うよ!この前ソフトバンクのキャリア会社からきたメールでクーポンが来てたからここにしただけだよ。ねえウルフ…だっけ。ホストが消えたって話は本当なの?何の嫌がらせ?」
「俺はこのコインランドリーが嫌いなんだよ!関係ないね。詳しいことはわからない。でも消えた連中は遊びに来た女から教えてもらったと言ったいたからな…クソが」
「ありゃ、録画ができなくなっちゃった。映像をテレビ局に売ろうと思ったのにな。低所得者がやるパチンコのキャラだなこれ。画面乗っ取りかあ。殺されるのか?」
このオジサンは低所得者じゃないのにテレビ局に映像を売るのか。言っている事がよくわからないな。
この状況がホラーゲームをプレイしている際に画面の向こう側で起きている事ならワクワクするかもしれない。だが疲れている時にこのシーンに現実で遭遇すると気分は最悪だ。この先ホラーゲームは二度とやらないかもしれない。
動画配信中にホラーゲームをプレイして怖がっているブイチューバーを見ている時とは全く違う初めての体験。0.04HBコインの代償を何かで払うのだろうか。これは一体何なんだ。
「何だようるさいから音楽をかけたのに!誰だ!こんなイタズラしているのは!」
サラリーマンの男が駅のホームにいる迷惑な客を彷彿とさせる雄叫びを上げた。ヘッドホンを床に投げて振り返った男は閉じたシャッターを見た後に真っ赤になった鼻に引っかかったメガネの位置を整えた。そして店内を見回し他の客もスマホの画面を見て唖然としている様子を見て何かを察したようだ。ネクタイを緩めたあとに小さい声で「あっスイマセン」と呟いた。
うるさくて悪かったな。でも気持ちはわかるぜ。俺も休憩で利用する個室周りの環境が悪いのは許せない。もっともここは洗濯機の方向を向いたリクライニングチェアが並んだカウンター席のようになっているのだが。
画面の中で動く頭だけのピエロは青の帽子に紫色のボーダーで色を変えただけのコピーされたキャラのように見えた。こういった悪趣味で尚且つ違法なデザインで人を嘲笑う人間がわざわざコインランドリーを運営した上で人を集めて脅かしていると思うとゾッとする。
ここまで手がこんでいるとこのコインランドリーは脱出ゲームのために作られたのかと思うほどだ。この客の中に人狼でもいるのだろうか。このサラリーマンの男は運営陣の一人だったりするのかもな。
とにかく通報することを諦めてはいけない気がする。前もって説明をしているわけでもないのにこんな下品なイタズラをする企業とは関わってはいけない。仮想通貨はネットで稼ぐものだ。嫌な予感の通りよくないものに手を出してしまったわけだ。最悪だ。
そう思った矢先だった和白が店の表のガラスを蹴り飛ばした。詰まったような鈍い音が響いた時にシオリとルキナが蚊の鳴くような悲鳴をあげた。どうやら店と外を隔てる壁は相当頑丈なようだ。水族館で餌を必死で追いかける海の生き物とそれを眺める気楽な客のために存在する強化ガラスが使われていると見た。
そして通報ができない理由はこのマンションの中にいるやつがスマホ自体の制御を支配しているからだ。マジでゲームのシナリオみたいだな。
「だめだ!このガラス硬い!何だこのピエロ!誰か!おい、ぼん!お前ネットで稼いでいると言っていたな。なんかホテルのくじ引きことも聞いてきたし。おまえもしかしてサクラってやつか?何だよ!いいやつだなと思ってたのに」
「すいません。ストレスで死にたくなってきました。正直引きこもってお金を稼いでいる身分なのでこう言うのはマジで嫌いです。俺は十回サービスを利用するとお金がもらえるって聞いて。騙されたんですよ」
「のりおパイセン。多分このスマホから誰かが語りかけてくると思います。何かのドッキリのはずです。俺はこの店のことが怪しいと思っていたからホテルのことを聞いただけですよ」
「確かに、同じ場所にいなくても監視カメラとかで眺めればいいからな。ここにいる必要はない。悪かったよ」
和白は黙ってガラスに両手をついて俯いた後にため息をついた。現場に紛れ込んで苦しむ人間を観察するサイコパスも中に入ると思うのだが素直なやつで助かった。ドラマや映画では密室で殺し合いが起きることもあり得るからな。かなり嫌な気配がする。
スマホの画面を見ていた銀田が叫んだ。
「おい!なんかこの腹たつ顔したピエロが動いているぞ」
スマホの中のピエロのサングラスの淵がピカピカと点滅している。ペカった…。確かこのスロットではビンゴのチャンスがくることをペカると表現するのだったな。
全員のスマホのスピーカーの音量が最大になり割れた音でピエロが語り始めた。ピエロのアニメモーションは妙に滑らかで人気のある有名な映画監督が十代に振る舞う夏休みのアニメ映画くらい描写が細かい。口や鼻と顎周りが波を打っている。
「こんばんわ!勝者の洗濯 ウィナーズチョイスをご利用いただきありがとうございます。皆様。当選おめでとうございます!あなた方七人は第三回ランドリータワーへの参加が認められました!さあ拍手!おめでとう!」
静まり返る店内で黙り込む俺と他の連中は顔にスマホの画面を近づけた。ランドリータワー?塔なのか。でもどうやって上の階に上がるんだ?この店にはエレベーターはないし裏口に続く扉も見当たらない。ピエロは拍手が起きないことが不満なようで涙の雫が右目に浮かんでいる。怖くてとても「ぴえん」だとか言ってられないぞ俺たちは舐められているな。
「なんとこのゲームを勝ち抜いて塔の最上階に辿り着いた勝者には最高金額五億円の賞金が与えられます!では洗濯機が停止致します。ご注意ください」
五億円か。最高金額というキーワードが気になるな最上階に辿り着いても賞金の額は上下するということなのだろうか。
要するに今からこのマンションの最上階に辿り着くために幾つかのゲームをするということになる。だがこのコインランドリーを利用した何人かが行方不明になっている、ということは人生逆転漫画の映画版のような命の保証がないタイプのゲームをするのだろうか。
負けたら多額の借金を背負うのかもしれない。今頃数人のホストたちは地下で危険なトンネル工事をしているに違いない。俺みたいな引きこもりは地下王国で生きていけないぞ。
ゲーミングスマホの画面に映るピエロは顔からはみ出した口角の先をプルプルと震わせた。
「まずコインランドリーの洗濯槽を拡張致します。洗濯物を取り出してゲームの準備を始めてください」
俺も含めてここにいる客がそんな悪ふざけに同調するわけがないだろう。和白はスマホの画面ではなく天井から店の隅テーブルの下を見回している。ウルフも同じように店の中央に設置された広場にあるカーペットをめくり確認作業を始めた。
「おっと。皆様。このゲームの開始時間が近づいております。しっかりと洗濯物を出していただかないと上の階には上がれませんよ。後十五秒しか待てないよ。さっさと洗濯物を出せよお前ら」
画面の中のピエロは目を尖らせてムカついているを表現するマークを頭の周りに表示し始めた。どうやらこの画面のピエロは人が動かしているようだ。リアルタイムで誰かがこの場所を見ている。
考えることは皆同じのようだ。それぞれ周囲のものを見て回っている。物陰に監視カメラがあったとしてもこの店から出られる可能性が低い。だけどそうせずにはいられない。
シオリとルキナは洗濯機の周りのボタンや洗濯槽の中を覗いている。
洗濯機は動きを止めてゴリゴリとした工事現場のような音を立て始めた。誰がこんなゲームに快く参加してくれるというのだろう。どうやら洗濯機の様子がおかしいから離れたほうが良さそうだ。
「オイ。十五秒たったぞ。わかったよ。しょうがないな。では皆様方洗濯機の前から距離をとって安全を確保してください。怪我をしても自己責任でお願いいたしますよ。マジで死ぬぞお前ら」
ウルフがシオリとルキナのいる三番と四番の洗濯機まで走って二人の手を引き広場に誘導した。一番の和白と六番席の銀田は後退りして洗濯機を睨んだ。七番席のサラリーマンは焦っているのか荷物をテーブルから落とした後にリクライニングチェアを回転させて広場に出た。焦って動揺する男に引っかかったリュックがテーブルと椅子の間にずり落ちた。
まさか洗濯機が爆発するとでもいうのだろうか。だがそれではゲームは終了で話にならない。
轟音を立てた洗濯機が超速で回転し始めている。俺は一番席の前を通って店の広場に避難した。
開閉ボタンや洗濯開始ボタンが一番から七番までそれぞれで点滅している。ライトの色は七つのバリエーションがあるようだ。洗濯機がペカっている。嫌な感じだ。
悲鳴をあげるシオリとルキナの手を引いたウルフが広場まで下がった瞬間だった。
洗濯機の扉が破裂するように開くと同時に一番から七番のリクライニングチェアの座席に洗濯物が放出された。水の滴る洗濯物が砲弾のように投げ飛ばされて事故を起こした車のように衝撃を受けて背もたれが後ろに倒れた。
いくつかの椅子は回転して店内の中心を向いている。このピエロの言うことは聞いたほうがいいかもしれない。俺は座席横のトートバッグを手に取って肩掛けを握りしめた。
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