第三話 和白のりお

「ちょっと待っててくれよお兄さん。お前も洗濯無料勢せんたくむりょうぜい?」


 ガテン系の男は上半身裸のままで都内のどこかから六本木のある港区に歩いてきたのだろうか。見たところ大金持ちには見えない。そんなことはどうでも良いか。無料で使う人々を指す〜勢という言葉を使えるあたりはアラサーの世代だろうな。もしかすると同じくらいの年齢かもしれない。


「ああ、はい。あなたは何でこのお店を紹介されたのですか?」


 ついにこの話を誰かに切り出すことができた。コインランドリーの情報は噂程度のものでも良い。


「あ・な・た!ハハハ。ネットの広告アンケートみたいだな。俺は和白のりお三十五歳。別にのりおとかでいいよ!」

「のりお…和風な名前っすね。のりおパイセンって呼びます。俺は斉藤ぼんです二十九歳です」

「おお、年下でよかった。お前も変な名前だな。ぼん!」


 変ではなく和風と言ったのだけど心の内が伝わってしまったようだ。思わず苦笑いをして誤魔化したが悪い空気にならずにすんでいるようだ。陽気なやつは苦手だがこの場所の運営に関する情報のためには少し仲良くする必要がある。金髪で尖った髪型で刈り上げ部分も金色の体育会系の男は俺よりも身長が二十センチくらい高い。


 表情は明るくて心が歪んでいる様子ではないので金を巻き上げられる心配もなさそうだ。


「なんかさあ、俺の友達が死んだんだよね」


 唐突に何を言い出すんだコイツ。


「死んだ?」

「それでちょっとショックでさあ。自殺サイトとかを見ようと思ったんだけど」


 心が荒んでいるかどうかは外見からは伝わってこなかった。何やら不穏な気配だ。反社会的なコンテンツを取り扱うホームページにもこのコインランドリーの広告が貼り付けられていたのだろうか。


「のりおパイセンはその自殺サイトで無料のバーコードをもらったんですか?」

「いや?全然。なんだよ!怖いことを言うなよ!まあビジネスホテルに泊まってゆっくりして忘れようと思ってさ。だいぶ休めたかな」


「今ホテルに連泊して三日目なんだけど晩飯を食べた後にホテルに戻った時さロビーでクジ引きができるって言われたわけよ。一週間も泊まる予定だったから…そういうこともあるんだなって」


 普段着が現場用の作業着なのかコイツは。


「なるほど大当たりを引けたわけってことっすね。ホテルのくじ引きか…流石にタブレット端末とかでやるやつですよね。まさかコロコロ回すやつですか?」

「懐かしいなあの角張ったくじ引き。最近は全く見てないな。そうそうタブレットだよ。ルーレットのやつ。まあ一年分は当たらなかったけどな。お前もレジ通せよ、隣の席にしてくれよ。誰かとしゃべって暇を潰したいからさ」

「オッケーです」


 これは面倒だ。ただ今は深夜一時だから外出をした時に稼ぐためにプレイしているカードゲームの画面を見ているよりかはいいかもしれない。深夜にスマホの画面を見ないという誓いを守ったことなどないがちょうど良い。ホテルのくじ引きでネカフェに近い形態の別店のサービス無料券がもらえるのも何か不思議な感じがするな。


 和白のりおからはもう少し話を聞く必要がある。ネットで調べてもこのコインランドリーの運営会社などの詳細がわからなかったからまずホテルの名前を聞く必要があるからだ。もしかすると和白が泊まっているホテルはこのコインランドリーと同じ系列の会社かもしれない。少し頑張るとするか。和白が楽しげな様子で独り言を言っている。


「おお、ポテチとジュースもらえた。自販機に画面がついているだけだよなコレ。綺麗な店じゃん。え、女の子もいる。洗濯機の前でネカフェにあるタイプの椅子に座るんだ。壁はないけどハハハ、面白いな」


 和白のりおが店の中に入った。続いて入口の自動ドアを抜けて機械の前に来ると空気清浄機とアロマのミストが混ざった冷房の風が全身を包んだ。この店は都会のオアシスという表現がぴったりだ。


 なんて言うとでも思ったのか。十回通った後にレビューなんかしないからな。無茶なミッションをよこしやがって。地方のゲーマーがこのサービス無料の権利を得てもすぐに権利ごと売りに出すからレビューなんかには期待なんかしていないだろう?運営さん。


 正直ドトールコーヒーとかコンビニのイートインでも大差ないな。休憩なんかどこでもできるだろ。二時間で八千円は高すぎる。こんな店は絶対に流行らない。二時間後にはこの店を出て自転車で自宅に戻ることを考えるとやはり練馬区から港区まで深夜に自転車でこのコインランドリーに十回通うのは過酷としか言いようがない。


 情報が揃った段階で普通の運営会社と見て良さそうなら仮想通貨を手に入れた後も継続してここに通うことを考えてもいい。かなり怪しげな情報を認知した段階でミッション達成後の仮想通貨、HB(ハニービット)がもらえない可能性を覚悟しておこうと思っている。詐欺は起こらないタイプのゲームだけど万が一あり得る。


 バーコードを通すと自販機の真ん中にあるディスプレイに「現在五回目の来店!ありがとうございます。サービスで追加のスナックをお一つプレゼント致します!」と表示されていた。初来店ののりおパイセンに気を遣って一つはトートバッグの中に隠しておこう。洗濯のプランは何でも選べるから普通のコースを選ぶ。十キロ以下でよし。


 店舗の表から見た奥の壁に四台ずつ並んでいる洗濯機の前にある座席には誰も座っていない。左の端の席には和白のりおが座っていたので俺は隣の二番のボタンを押した。特等席ではないけど問題はない。よっしゃいくぞ。


 左の側面の一番に和白。二番目に俺。三番目と四番目にシオリとルキナが座ることになるな。和白と話をする約束をしなければ絶対に店舗の表に背を向けた八番席を選んでいただろうな。


 店内の中心は美容院のように小さな広場が設置されていて子供が遊べる空間がある。昼間はこの辺の家族連れのセレブが使うだろうから深夜はより快適ということになる。


 三番席のシオリがコートを脱ぐと彼女は意外にも薄着でSUCK!とデザインされたティーシャツとホットパンツを合わせたセクシーな装いだった。着膨れしていただけでスタイルは良く、胸が大きくてティーシャツのロゴが伸びている。


 今日は運が良い、最高だ。バッグを持ったルキナが洗濯機のドアを開けるとドアの開閉を知らせる緑色のランプがついた。シオリも洗濯機のドアを開けた。二人は同時に赤色の洗濯開始ボタンを押した。


 和白のりおは一番席から洗濯機に向かうシオリの姿を上から下まで眺めているようだ。巨乳は世界を平和にする。わかるぜその気持ち。でもシオリは本物のレズビアンだぜ!のりおパイセン!


「おう、ぼん。まあ座れよ」

「うっす。失礼します」


 のりおパイセンはすでに英語表記の茶色い紙素材の外装のポテトチップスを開けてつまみながら椅子に深く腰を沈めてリラックスしている。少しニンニクの匂いが漂ってきた。


 男ならシオリの姿を横から見ることができれば誰でもいい気分になれるわけだ。もちろん俺も隙を見てチラチラ見るつもりだ。


 シオリが別れ話の後の「ケジメをつける」という言葉が何かが気になるしそのうちのりおパイセンも彼女達が付き合っていたことに気づくだろう。この店は客の話が筒抜け担っているからな。


 和白が浮かれている間にホテルの場所を聞いておく必要がある。


 店の自動ドアが開いてエアコンの空気が外に抜ける音がした。俺が振り返ると和白も同時に入口の方を見た。一人の客はウエストポーチを腰に巻いた初老の男で機械の前にいる。一人はスーツ姿のサラリーマンで入り口でメニューを見ている。これで席は六席埋まることになる。


 初老の男は近所に住んでいる金持ちと見ていいだろうな。眠れないのかな。無料券なしで席に座るには少し高額だと思うからサラリーマン風の男はそのまま別の店を探すかもしれない。


 人それぞれだよな。俺も仮想通貨がもらえないなら絶対にこの店は使わないぜ。さあどうするオジサン。いやジロジロ見るのは良くないな。のりおパイセンに話を振っておこう。


「のりおパイセン。そのくじ引きをしたホテルって名前はなんていうのですか?」

「ああ少し遠くのオーセンティックウッドホテルってところだよ」

「オッケーですちょっと調べますね。俺は一応ネットで稼いでいるのでこのコインランドリーの無料券が無効になったら月に一回はホテルで過ごそうと思っているんですよ」

「へえ、若いのにすごいな。今時な感じだな。俺は土木作業をやっているけどこう見えて設計の方だから負けていないと思うぜ」









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る