VS録画ゲーム 真相4

「ほんまKAINAがクズなのは分かってたけど、これは可哀そう。でも、待って、あの人もしかして」


 サードは両手で目を覆う。ブルーライトを遮断すると、蹲る男子学生の顔が見える気がした。


 サードは蹲っている人を撮影したことがあると確信する。自分は関りがないとどこかで思っていたかった。でも、関係している。そんな馬鹿なことがあるかと思った。あれはたまたまバズっていた動画を調べただけ。


 サードは目元を拭って両手から顔を出す。


「大丈夫? 顔色が悪いよ」


 サードは首を振り、次の動画をクリックする。撮影者はタイタンフレッド。タイタンフレッドちゃんねる。そのまんまだ。


 『道端の下痢男』九分十秒。二万回再生。


 何これ。ほんまKAINAのパクりじゃん――。サードは驚愕した。前半のかつ丼のくだりは全てカットしているくせに、桜並木の歩道で蹲って苦しんでいる姿に面白おかしく屁の効果音をつけているのだ。それだけでなく、ほんまKAINAの動画では確認できなかったが、ズボンの染みまでしっかり拡大して丸印をつける徹底した解説ぶり。男子学生が腹を壊した原因はほんまKAINAのせいなのに、そのことがきれいさっぱり抜け落ちているため、男子学生一人が道端で下痢をしているという映像になっている。それに、またいいねを押す人も結構いる。ここのコメント欄にはキリンAがいた。


『下品すぎて草』


 人間、他人の不幸が好きなのは分かるけれど、ここまでとは。だが、サードはこっちの動画の方が馴染みがある。これだと思った。このバズっていた動画を見た。これを加工した。そして、得意の住所特定をしてしまった。桜並木があり歩道も整備されている。サードは全国の似たような場所の情報をSNSで求めた。


 第三の動画はパソコン上にない。サードの動画は第三の動画だ。


 全部繋がっている。


 サードは面白おかしくて調べた。そう、だって、こんな屁の音ばかり流れる動画、笑いを堪えられない。だけど、今は笑えない。これは動画のリレーみたいだ。意味が全然違う。最初のほんまKAINAの再生回数が一番多いが、失敗した伝言ゲームみたいになっている。男子学生一人だけが笑い者になっているのだ。


「第四の動画に行くね」


 氷河に確認する。サードの動画はここにない以上観ることはできないのだから確認する必要もないのだが。罪の意識がやんわりと頭にもたげた。


 第四の動画の撮影者は、あさってのピクルス。


『トイレの汚水舐めてみ?』三十万回再生。


「嘘でしょ」


 男子学生はあさってのピクルスと同じ制服を着ている。あの、どんぶりチェーン店から桜並木まで移動して蹲っていた男子学生と同一人物だ。心なしか、トイレも見覚えがある。さっき入ったからよく似ていると思う。この動画は『壁方寺へきほうじ学院がくいん高等こうとう学校がっこう』で撮影されたTをいじめる動画だ。この男子学生がT。見るからに大人しそうな顔で、貧弱。眉毛は垂れている。福耳で一見するよ裕福な家庭に生まれた世間知らずのお坊ちゃんといった相貌なのも、いじめに拍車をかけそうだ。何より閉まりのない口がアホ面に拍車をかけている。鼻が詰まっているとき、仕方なく口で息をするような感じだ。


 普段からいじめられていたのかは、正直分からない。だけど前三つの動画がバズったことによりいじめがエスカレートしたのは容易に察せられる。


 あさってのピクルスはやはり狡猾な女子生徒で、自分の音声を加工して変えている。自分がカメラに映るような真似はしない。投稿者名があさってのピクルスじゃなかったら、誰が撮影したかも分からなかっただろう。


 男子トイレで女子が寄ってたかって、Tに小便器に顔をつけろと強要している。Tが嫌だと首を振ると、あろうことかあさってのピクルスはTのズボンを脱がせはじめた。あさってのピクルスの長髪がカメラに映り込まないよう、撮影者は細心の注意を払って撮影している。


 あさってのピクルスの他に撮影者がいるのか。


「ねぇ、ちゃんと舌出して舐めてよ。できるでしょ? 早くやりなさいよん」


 その答えは、オネエ口調で分かった。みかんのここ♡だ。やっぱり自分達が何をしたのか黙っていたんだ。


 第四の動画では男子学生Tが結局便器を舐めたかどうかは分からないまま終わったものの、三十万回再生を叩き出していた。第五の動画は『今日もトイレにハマる後輩』二十万回再生。こちらは、二人の男子学生の撮影者がお互いを撮り合い、男子トイレでTをいじめている。撮影者はキンキンジャーとホウソーとなっている。二人組ユニットだ。


 恐らく、地下駐車場でクマに殺された壁方寺学院高等学校の生徒の動画だ。

Tが個室に籠っっているところを襲撃する形でバケツの水を隣の個室からかけていた。たまらず飛び出てきたTはズボンを降ろしたままだったので、男子学生二人はデッキブラシでその尻をこすりはじめた。


 観ていられない映像ばかりだ。


 ここまで酷いことになっているとはサードは思わなかった。最初の動画から内容がずれてきてはいるものの、面白おかしく伝えたいことは共通している。


 他人の不幸を拡散したい。


 サードは色んな人の個人情報を特定してきた。道端で蹲っている人の動画を観て笑った。その後、桜並木を突き止めた。それだけじゃつまらないので、学校を突き止め、本名も突き止めた。それは応援してくれる人のためであったり、自分が調べることで誰かの役に立ち、褒めてくれたり感謝されるのが嬉しかったから続けていた悪習だ。


 第六の映画。『死期しき折々おりおり』。東京国際映画祭出品作品。


ここまで来たら観るしかないだろう。自主制作映画紹介チャンネル『アババババ』、監督テオナルトテカプリコとなっている。


 テカプリの映画の肝心なところだけ抜き出されていた。ダイジェスト版だ。はっきり言って、CMみたいなものだ。内容は葬儀屋の先生が、心臓に花が咲いてしまう病の男子生徒にじょうろで水をやっている。そこで、少年の過去にフォーカスしていき、くり返されるいじめの場面が映し出される。走馬灯というには長すぎるくらいのいじめの映像だった。その中にあった。第四の動画、『トイレの汚水舐めてみ?』をそのまま使用している。


 テカプリも著作権という言葉を知らないのかもしれない。サードは、この頃には呆れてしまってパソコンのブルーライトを見つめながら涙を浮かべて笑うしかなかった。


 これで動画は終わり? サードは終わったと思う。自分が加工して拡散した動画なんか見たくなかったけれど、今の今まで全く動画に関わっていない人がいる。


 氷河は嘘つきだ。ポルノ動画なんか一度も撮っていない。


 ちょっと待って、氷河ってまさか――。


 氷河くんがハサミで私の首を刺した――。


 痛いとか言葉にならなかった。叫んだけど、声が枯れた。


「大河(たいが)くんのお兄ちゃんなの?」


 『氷河』はハンドルネームでもユーチューバー名でも何でもない。本名なのだ。このゲーム内で本名は禁止というルールのせいでみんなハンドルネームだと思っていた。本名で参加していたのか。すべての動画に共通して登場したTはおそらく大河という名前。住所を特定したときに家族構成を調べた。両親の離婚により母親に育てられ、兄は父親が引き取った。そんなことまで調べてしまったのは、いじめ内容の過激さから。道端で蹲っているのに何らかの病気なんじゃないかというコメントが寄せられていて、ふと気になって調べてみたんだった。


「動画を見せないと気づかないんだよね。みんなそう。でも、何も知らずに死んじゃった人の方が多いかな?」


 氷河はサードの首から引き抜いたハサミをしげしげと眺める。サードは呻いて、パソコンの椅子から崩れ落ちる。それでも、意識だけは保つ。ここで死ぬわけにはいかなかった。何としても、生き残らなければならない。赤ちゃんのためにも。


「名前を特定したのは君だよ? くら大河たいが。いじめられっ子の僕の弟。でも、元からいじめられてたわけじゃないよ。僕の弟はね『潰瘍性かいようせい大腸炎だいちょうえん』を患ってた。トイレに急に行きたくなる病気だ。弟のクラスメイトは理解のある生徒だったんだ。動画で拡散されるまでは」


 氷河の声は氷よりも冷たかった。見上げれば心なしか目元が翳(かげ)って、泣いているようにも見えた。


「ハサミで人を殺すもんじゃないな」


 サードは首を押さえつつ這って移動する。でも、どこへ行けばいいのか。首から勢いよく自分の血が飛び出ていく。氷河が刺したのは頸動脈だ。こんなの数分も持たない――。ここで死にたくない! 赤ちゃんが死んじゃう――!


 サードはお腹を抱えて咽び泣いた。ここで死んだら終わり。ここで死んだら終わり! ここで死んだら終わり! ここで死んだら終わり! 父親のいないこの子を私が一人で育てるの――。


 決意が固まった。


「あなたが最後生き残って何になるの!」


 声を振り絞った。手足が急激に冷たくなる。脈動する血管。自分の鼓動のリズムに従って、血が噴き出る。


「言ったはずだよ。最期に生き残るのは一人だ」


「……あなた、キラー・ハニー! そうでしょ?」


 サードは微睡んだ。こんなところで死んだら終わり。死んだら終わり。ここで終わり。


 意識が途切れ途切れになる。ふと、瞼に氷河の吐息がかかる。口元が近づいてきていた。


「生き残るべき人は最初から決めてたんだ。君でも僕でもない」


 サードははっと目を覚ます。そんなことってある――? 氷河はことが終わったら自殺するとでも言うのか。再び意識が遠のいた瞬間、下腹部にハサミが入れられてサードは絶叫した。

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