VS録画ゲーム 真相3
女装蜂マッチョはタイタンフレッドだったものを上半身と下半身に分離させた。
一度振り返ると、サードは下半身を失い目を白黒させているタイタンフレッドを見てしまった。タイタンフレッドは床で横たわり切り離された自分の足を見つめたまま、血反吐を吐きそれでもしばらくびくびく痙攣していた。
「逃げてサード!」
いなくなっていたはずの氷河の声。女装蜂マッチョの脇腹に深々と突き刺さる鉈が真っ赤に染まる! タイタンフレッドの血を撒き散らしていた丸鋸が、サードと氷河の間を右往左往する。サードは這いつくばったまま、タイタンフレッドの下半身を手繰り寄せる。股にあるスタンガンを抜き取り、丸鋸が自分を襲う寸前にスパークさせた。
振動で腕が震えた。自分も感電したみたいだ。腕の感覚がない。斬り落とされたかと思ったが、サードにはまだ腕がついていた。スパークしてパソコン室は雷でも光っているかのような眩しさになる。
女装蜂マッチョが倒れた。丸鋸が床を転がり火花を上げて停止する。
感電した女装蜂マッチョの呻き声だけが聞こえる。
「氷河くん?」
サードは動こうとして肩が痛んだり、恐怖で足が竦んだりしていることに気づいた。骨盤も痛いし、赤ちゃんの宿るお腹が熱い。このままじゃ、ここで産んでしまうかもしれない。息も上手くできない。
「サ、サード?」
一瞬意識が飛んだ。だが、目覚めたら椅子に座らされていた。氷河がパソコンに動画をアップしてくれている。氷河はタイタンフレッドを撮影したのだろう、二人分の動画が同時に保存される。
「氷河くん。私、ごめんね」
「どうして謝るの?」
「足引っ張ってばかり」
「大丈夫だよ。こうして動画は保存できた」
「これで、クリアできないのかな」
サードは頭がぼうっとして、よくパソコンの画面が見られない。目も霞んでいる。
「絶対ここから脱出するんだ。これでまだ終わりじゃないとしても、僕は純粋で美しい人を守りたい」
変な言い回しだと思った。氷河くんは、私を美しいと本気で思っていないだろう。何かの比喩――?
パソコン画面に動画が送りつけられてきた。添付ファイルは五つ。
「サードこれよく見て」
サードは背もたれに体重を預けていたが、前のめりになって両肘でぼろぼろの上半身を支える。
「五つの動画? これ全部観ないといけないわけ?」
「例の動画だ」
氷河の声は鋭利な刃物のように鋭かった。
「『第一の動画』『第二の動画』『第四の動画』と『第五の動画』最後が『第六の映画』になってる」
第三の動画がない。それに最後は映画。
「待って、映画ってテカプリの撮影した映画なんじゃ?」
「僕もそう思う。つまり、ここにあるのはすべて、僕らプレイヤーが撮影した問題の動画なんだ。観る覚悟はあるよね?」
サードは仕方なく首肯する。このゲームはプレイヤーの恐ろしい本性を暴きたいのだろう。
氷河が第一の動画をクリックしたら警告が表示された。
『これらの動画は、撮影者であるゲーム参加者(ハニー・プレイヤー)達が一人を除いて殺し合うことですべてを見ることができる。ここで景品をプレゼント。君にはハサミを与えよう。ハサミはこの部屋のカーテンの裏に張りつけてある。最期の一人になったら、四階の一年四組まで上がれ。そうすれば脱出のための迎えを寄こそう』
「キラー・ハニーはまだ僕らを殺し合わせたいみたいだね」
氷河は言うなり、カーテン裏からハサミを見つけてきた。それから、薄ら笑う。
「こんなんじゃ、誰かを殺すのも一苦労だよね」
「ちょっと、冗談きつい」
サードは第一の動画を観た。動画のタイトルは『隣の客のどんぶりに七味を投入! ちょ、あんな少量で下痢なんお前?』七十万回再生。タイトルからして酷い内容になりそうだ。
第一の動画を撮影したのはほんまKAINAだという話だった。グルメユーチューバーとは聞いていたが、ただの迷惑動画配信者ではないか。ユーチューバー名はほんまKAINA。そのままだった。本名が知られたらいけないゲームなどではなかったのだ。ハンドルネームからお互いのことを思い出せというキラー・ハニーの警告だった。
動画は、いきなり外食チェーン店から始まる。どんぶり専門店だ。客の少ない午後の三時ごろ。一人で自撮りしているのはほんまKAINAだ。茶髪の髪は地毛の色なのだろう、今とちっとも変っていない。色白な肌が今と違って少し日に焼けている。堀の深い目はぱっと見るとイケメンに見えるだろう。店員はそのほんまKAINAの注文を威勢の良い声で了承する。
席はカウンター席のみで、コの字型に厨房を取り囲んでいる。ほんまKAINAは入口すぐの右端の席に座っていた。ほかの客はカウンター中央に男子学生が一人、かつ丼を食べている。といっても、小食なのか、かつ丼はミニサイズだった。女子でも少し物足りないと思うほど、少なめのご飯だ。
ほんまKAINAは店のいいところと悪いところも赤裸々に配信している。ちょっと毒舌も交えて、これは観る人を選びそうだった。
かつ丼を食べていた男子学生が席を立ち、トイレに入った。ほんまKAINAは、突然目をしばたいて自撮りしているカメラに不敵にウインクする。
「今までのは長い前置きやったでほんま。じゃ、前からやろう思うてたいたずらやったるで!」
ドンと効果音が入る。面白いつもりなのだろうか。席の立った男子学生のかつ丼は無防備な状態にある。店員はほんまKAINAの頼んだどんぶりを作っている最中で、ほんまKAINAが席を移動しても特に気に留めない。
「入れてまうで! 七味!」
ほんまKAINAは無断で男子学生のかつ丼に七味を振り始めた。それが、ちょっと多すぎた。どばっと出た。
「おほほー!」
寧ろ喜ぶほんまKAINA。
「これだとバレるんで、ちょっとだけ混ぜま。混ぜたらあかんか。うーん、うちも味見しとこか。え、ごめん、よだれ垂れてもうたわ。まぁえっか。卵の白身みたいやからばれへん。それに、うちの唾でちょっとは辛さも抑えられるんちゃうか?」
ほんまKAINAはおほおほ、ぐふふと気持ち悪い笑い声を発しながら自分の席に戻る。
トイレから戻ってきた男子学生は心なしか顔色が悪い。ほんまKAINAは自分を撮るのをやめて、直に男子学生にカメラを向ける。相手は気づいていない。それどころか、七味まみれのかつ丼にも気づかずに俯いたまま口をつけてしまう。
最初は不思議そうな顔をしていた。ほんまKAINAは男子学生の額の汗まではっきり映るぐらいのズームで撮影していた。だが、それでも、男子学生は気づかない。ふと、男子学生の手が止まった。咳き込む。やっと気づいたときには、ほんまKAINAのカメラは自分の自撮りに戻っている。それでも、視界の隅にちゃんと男子学生が入り込むアングルで撮影は続けられた。男子学生は苦し気にゲップする。それから先は手もつけずに、席を立った。そのとき、出口付近のほんまKAINAの横を通って店の外に出たのだが、ほんまKAINAを一度も疑う素振りは見せなかった。
サードは内心、「マジでキモ」を連呼した。動画はこれだけでも、不快なのにまだ続いていた。十二分五十七秒もあるのだ。ほんまKAINAは自分の注文した天丼を受け取って一口だけ食べると残した。それから、店を出て男子学生を追跡し始める。
男子学生は身を丸めるような猫背で桜の舞う並木道を歩いている。春に似合わないような黒のダウンを着て、胸の前で手をすり合わせるようにして歩んでいると、突然くの字に身体を丸めた。後ろから撮影していたほんまKAINAは、通行人を装いカメラを足元まで下げる。次にカメラが映ったときには、男子学生は歩道の端に寄って、蹲っていた。距離を取るほんまKAINA。だが、カメラは男子学生の苦しそうな顔を捉え続ける。
「なんやなんや。あいつ下痢してんの? くっさー。うわ、屁こいた? 屁こいたん??? うわ、マジで? 屁だけやなくて、う○こ出てるやん!」
動画上にコメントが殺到する演出が出た。ここのコメント主に、焼肉公爵の名前が混じっていた。
『あいつ下痢⁉ by焼肉公爵』
『病院行くか? って聞くべき?』
『原因作ったん、まさかうちか?』という、ほんまKAINA本人のコメントもある。
その後、男子学生がおならをする音も入った。どっと、笑うほんまKAINA。演出では笑い泣きの涙の顔文字まで飛び出す始末。
おならのところだけ抜き取って、三回もリピート再生される。蹲っている男子学生の呻き声は音声消去しているくせに、映像の一部始終はノーカットで生々しく撮っているのが気持ち悪い。撮影者の底意地の悪さのようなもののせいで最後まで観てしまった。
ほんまKAINAが最後に「どっきり大成功―!」とか間の抜けるような声で叫んで、自分で『炎上案件』というクイズ番組で使うような札を掲げる。
「――ほんまKAINAちゃんねる。あほやわー思ったら登録頼むで!」
サードは息を長く吐き出す。こんな動画が後、四本あるのだ。
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