VS録画ゲーム 真相2
「誰を撮影してゴールしたのかな」
氷河は後方のパソコンで身体を隠しながら、タイタンフレッドに肉薄していく。
「待って氷河くん」
タイタンンフレッドの動画は、指定されたデスクトップのファイルの一つに保存されつつある。
勝利したというのに浮かない顔だ。原因はすぐに分かった。
今撮影したばかりの動画ではなく、誰かの自撮りがパソコンで再生された。サードと氷河はタイタンフレッドから後ろ五列目にいるので、遠くて内容まではよく見えない。
タイタンフレッドはスマートウォッチを自身の拳であらん限りに殴りつけ、猛って大声で叫んだ。あんな大声を出したら女装蜂マッチョが来る。丸鋸の芝刈り機を持った奴が残っている。
「脱出できるんじゃねぇのかよ! ふざけんな! 何がもう一度やり直しだ。俺はハニー・ガールどもを散々殺してきた。死体を撮影するななんて注意書きもなかったくせによ」
そういえば、このゲームお互いを撮影しなければいけないとは書いていたものの、誰を何度でも撮影していいというゲームだったはずだ。
そのことに思い至るとサードはぞっとした。撮影したら出られるけれど、そのためにどこの誰とも分からない人の撮影を続けなければならない。
「氷河くん。きっとタイタンフレッドは女装蜂マッチョを撮影したんじゃない?」
「女装蜂? あ、ハニー・ガールにそんなあだ名つけてたんだね」
「いや、私が勝手に思ってるだけ。問題はそこじゃなくて」
「僕ら以外を撮影してもクリアできたんだね」
氷河がタイタンフレッドの撮影をはじめる。タイタンフレッドはそれには気づいていない。スキンヘッドの自身の頭を両手で挟み込んで、何やら不満そうに小言を言っている。出口のヒントが得られないのだろうか。
「撮影だけじゃここから出られないの?」
様子を見ているサードも不安になる。
「そうみたいだ。別の条件が提示されるのか。その結果テカプリが蜂の姿になってしまったのか」
氷河の撮影時間が三分を超えた。このままタイタンフレッドがどこにも行かないでもらえると撮影は成功しそうだが。
タイタンフレッドが動画を観終えた。氷河の撮影合計時間が五分に増える。タイタンフレッドはパソコン室内を物色しだした。迂闊に撮影できない。このままタイタンフレッドが気づかなければ氷河も助かるところだったのに。
「もう景品なんかいらねぇ! ここから出せ!」
怒り心頭にタイタンフレッドが天井に向かって中指を立てる。カメラはパソコン室の四隅にある。
「俺が欲しいのは景品だと思うか馬鹿が! 出口だ! 出口しかいらねぇ!」
タイタンフレッドが手あたり次第にパソコンを殴った。電源の入っているパソコンを潰すなんて馬鹿げている。タイタンフレッドが破壊したいくつかのパソコンの中に薄型モニターではない古いモニターが一台あった。それもタイタンフレッドは躊躇なく拳を突き刺したが、その割れたモニターの中に何か入っていた。
八角形の箱がある。
タイタンフレッドは景品を前にすると、先ほどの怒りがすぅっと引いていくらしい。景品の箱を開けた。
「中身、爆弾だったらどうしてたの。あいつ正気じゃない」
「爆発しないってことは、景品なんだろうね」
氷河はその様子を撮影しようとして、周りを見回していたタイタンフレッドと目が合ってしまう。
タイタンフレッドは景品の箱から取り出した注射器を取り出す。サードとも目が合った。それがきっかけか分からないが、タイタンフレッドは注射器を自身の腕に刺した。
まさか、麻薬? インスリン打ってますとはゲーム中一回も聞いたことがないから、ヤバそうな薬を打ったのは間違いないだろう。
不思議な一拍。タイタンフレッドは鼻腔を膨らませて息を吸い、大声で叫んだ。
「ここにいたのか氷河あああああ!」
怒鳴ったかと思えば一瞬虚ろになり、虫がとかうわ言を述べる。口の端から泡状の唾を吐き、垂れた眼でサードを見つめた。
「様子がおかしいよ」
サードは立ち上がる。麻薬? いや、この景品が手に入る前からやっていたのかもしれない。思えば、痛みに関しては人一倍鈍感な肉体をしていた。
「早く出ないと、そろそろヤバかったとこだ」
ヤバいって何が。まさか禁断症状とか――。
雄叫び。両手で重量挙げでもしているかのように、空をつかみ仰け反って笑っている。
氷河は鉈を構え、サードも折り畳みナイフを取り出す。両足で立っているだけで、疲労でふらふらだった。体感的に丸一日が経過したような辛さだ。眠気もある。
タイタンフレッドの武器は右手にはめたメリケンサック、トランクスからはみ出している鞭、左手にスタンガンと、女装蜂マッチョから奪ったものばかりだ。
いきなり、メリケンサックをつけている方の右手で腰の鞭を引き抜き、サードの一つ前の席のパソコンを薙ぎ払った。この距離まで届くのかとあっけに取られていると、タイタンフレッドは距離を詰めるために走ってきた。鞭なんか脅しにしかならないと使っている本人も分かっている。だが、サードは完全に怯んでしまったし、氷河も驚いて机を盾にしゃがみ込んでいる。
「ちょっと待ってよ! ゴールさっさとしたらいいでしょ!」
鞭が降ってきた。今度は脅しとかそんなレベルじゃない。手で鞭の長さを調節した的確な暴力だった。振り下ろされた鞭にサードは肩を叩かれてしゃがみこむ。というより、これ以上立てなかった。さっき失禁していなかったら、今失禁したと思った。いや、何か水が出ている。今度はおしっこじゃない。破水した。
痛みと恐怖で身体が震えて動かない。縄跳びの紐が体育の授業で当たることはあるけど、それの何倍も痛かった。鎖骨が擦れて、赤黒いみみず腫れが一瞬でできた。と、そこへもう一度鞭が降ってきた。
「ぎゃあ!」
自分でも驚くような悲鳴を上げた。内出血していた肩から、皮膚の表面を剥がされて出血する。
「スタンガンじゃ、人は殺せねえからな」
タイタンフレッドのスタンガンはトランクスに仕舞われ、大事なところがもっこりしている。鞭を左手に持ち変え、わざわざメリケンサックで殴りかかってきた。
サードは殴られると思って目を瞑る。とたん、鈍い音が転がる。氷河が盾になってくれた。
氷河は頬骨をしたたか打ちつけ、サードの上に転がる。サードは氷河の軽い身体でさえ、重く感じた。これじゃ、二人とも殺される。撮影しようがしまいが関係なかった。
「お願いもうやめて!」
サードはあらん限りの叫びを上げる。
「は? 何がやめてだ? お前みたいなクソアマは氷河くーんって媚ることしか知らねぇくせに、よくもまぁ最後まで残ったよな! 死ねよ、赤ん坊も一緒に」
サードの顔の前にメリケンサックが降ってきた。
サードは歯を出して泣いた。鼻が折れた鈍い音は同時に走った痛みで聞こえなかった。前歯が何本か視界の端に飛んでいった。どうして自分の血が鮮明に見えるのか。サードに乗っかっていた氷河がいない。代わりに赤いライトがタイタンフレッドの背後に見えた。
「今度は腹に決めてやるぜ! ゲームの勝者なんかここにはいないんだ! 俺達は全員殺される! だったら、楽しんでなぶり殺しにしてやるしかないだろ!」
タイタンフレッドが叫んだ瞬間、サードはもっこりしているところ、つまり金的を狙った。あそこにはスタンガンが仕舞われている。ほとんど賭けだった。スタンガンのボタンは側面にある。当たる確率は低い。
「ぐああああああ」
タイタンフレッドのあそこをサードは足で蹴った。だが、タイタンフレッドが倒れた原因は背中から噴き出る大量の血飛沫だった。
丸鋸タイプの電動芝刈り機が襲っていた。女装蜂マッチョがタイタンフレッドを殺した。
サードは床を転がって逃げる。あんなの、誰にも倒せない。氷河はいない。まさか、一人で逃げた? 二人で折り重なって動けなくなったまま、タイタンフレッドになぶり殺しにされていてもおかしくなかった状況だから、責められないが。
肉片が飛散している。這いつくばるサードの頭にタイタンフレッドの脊髄の粉末や臓物が降りかかる。
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