第八章 VS録画ゲーム 真相

VS録画ゲーム 真相1

 サードは顔を背けて蹲り、再び過呼吸になりそうになる。


 氷河が鉈を取り落とす。


「チクショウどうして!!!」


 氷河が混乱と恐怖でおかしくなった。これまで荒っぽい物言いをしなかっただけに、サードの肌が粟立あわだった。


 興奮した氷河の止血している左手の肘から、血がブラウスを通して滴り落ちていく。ここで氷河を止めないと氷河は出血多量で死んでしまう。そう思ったもののサードの身体は強張って動かない。リノリウムの床に太ももと脹脛も張りついて、立てない。息をしようと思うほど息を吸ってしまう。太ももが生暖かい。破水した? と思ったが、つんと鼻を突くアンモニア臭がした。失禁してしまったことに気づいたが、サードはそれを恥ずかしいから隠そうなど考えられなかった。氷河に背中を向けていたが、取り落とした鉈を拾った氷河の所作が音で分かった。


 氷河は雄叫びを上げて、先生の机にある地球儀や地図帳だとか、何かのグラフの紙や統計学の本やらを鉈で叩き潰して床にぶちまけた。サードは地球儀のプラスチックの破片が当たったが、泣いたり喚いたりできない。股の間がどんどん濡れていくだけだ。


 やめて、氷河くんと叫べたらどれだけよかっただろう。取り乱した氷河は混乱と、自身の犯した罪の重さに苦しめられて手あたり次第に鉈を振りかざしている。


 棚のガラスを叩き割ったときには、自分も破片で無傷だった方の右手を負傷していた。棚には幸い、変な薬品などはなく本類だけだったので氷河は叩き落すと、座り込んだ。


 そのときになってサードと目が合う。サードは息を吐いて、整えた。上手くいかないけれど氷河の激しく上下する肩を見て、吸い込むばかりでなく吐き出すことを意識した。すると、声が出せるようになった。


「……ここから出よ」


 サードは股の間で広がった自分の尿が冷たくなったのを感じた。スカートでしか拭けるものがない。というか、スカートも下着も既に濡れている。こんな恥ずかしい恰好、どうとでもなれと氷河を無意識に睨みつける。


 氷河の方が険しい表情を崩して、悲し気に眉根を寄せて顔を反らせた。足早に準備室を出て行く。まさか置いて行かれるとは思わなかったサードは、散らばった教科書の残骸やグラフの用紙で塗れている下着を拭いた。余計にアンモニア臭がきつくなったが、汚い臭いなど言っていたら死ぬ。


 テカプリを置いていくしかない。


 テカプリごめんねと心の中で呟いて部屋を出る。氷河は無言でトイレに向かう。サードはまさかと思って声をかけた。


「いいよ。今更洗ったってどうにもならない」


「じゃあ、終わらせよう。二階のパソコン室で動画を保存してゲームクリアだ」


「うーん、ちょっと待ってやっぱり」


 手洗い場で下着を脱いで洗った。氷河はサードのピンクのパンツもヴィトンのマタニティウェアを脱いだ姿も見ないように廊下を見つめている。というより、女装蜂マッチョと残った生存者のタイタンフレッドを警戒しているようだ。


「氷河くん。気にしたら駄目だよ」


 こんな言葉しかかけられなくてサードは情けなくなる。


「服は着たの? 着てから話せば?」


 急に氷河が冷たくなったように感じた。サードは氷河に反抗する形でのんびり服を着る。未だに固形石鹸を使っていた学校に悪態をつく。すすぐと、アンモニア臭が消えるどころか広がった気がする。


「テカプリ、きっと景品か何かを手に入れたからあんな格好をしていたのかな」


「だったら、僕らを明確に殺す意思があったんだよね。正当防衛とはいえ、後味は良くないのは変わらないよ」


 そう言われたらおしまいだけど――。


「サードもういいの?」


「よくはないけど、行こ」


 氷河の氷みたいな瞳が暗いトイレでも廊下から差し込む非常灯ではっきり見えた。

 二階の廊下に二人の女装蜂マッチョが徘徊していたので、氷河とサードは三階から来た階段に舞い戻る。


「二人もいたら辿り着けないわよ」


「武器は見た? 手前のパソコン準備室にいたハニー・ガールはメリケンサックをつけてた。廊下のパソコン教室前にいたのは見えた?」


 身を乗り出して廊下に向かおうとした氷河がよろめいたので、サードは止める。


「ちょっと待ってて、確認するから」


 女装蜂マッチョはちょっと見ない間にパソコン準備室に迫って来ていた。見つかった。逃げようとしたら、パソコン準備室からスタンガンを持ったタイタンフレッドが飛び出してくる。メリケンサックと、もう一人の女装蜂マッチョは鞭を手にしていた。


 タイタンフレッドは女装蜂マッチョにタックルを決めたが、鞭で打たれて怯んだ。そりゃそうだ、マスクとハート柄トランクス以外は裸なんだから。跳び箱に手をついたときのような音とゴムがちぎれたときのようなバチンと痛そうな音がした。呻いたタイタンフレッドを横からもう一人の女装蜂マッチョがメリケンサックで殴る。タイタンフレッドの血が飛び散ったのが女装蜂マッチョの赤い目のライトで分かった。頬いっぱいに頬張った飯を吹きだすような勢いで血が飛んだ。だが、タイタンフレッドは手にしたスタンガンで鞭に立ち向かう。当然、正面から分厚い胸板や、六つに割れた腹筋を打たれたのだが、腕を伸ばしきってスタンガンをなんとか当てた。


 筋肉の質では劣っていなかった。続けざまにメリケンサックの女装蜂マッチョにタイタンフレッドがタックルをかける。メリケンサックを振り下ろされて背中に受けていたが、倒れる前に女装蜂マッチョの腹にスタンガンを決めた。


 二人の女装蜂マッチョとタイタンフレッドが転がる。タイタンフレッドが起き上がったのでサードは慌てて頭を壁に引っ込める。何やら引きずる音がする。女装蜂マッチョをタイタンフレッドはパソコン準備室に運び込んでいるようだ。


「あの様子だと」


 氷河が突然顔を真横に持ってきたのでサードは飛び上がる。動くと胃がむかむかした。


「脅かさないでよ」


「ほかのハニー・ガールもタイタンフレッドにやられてるね。スタンガンを持ってたのは、ハニー・ガールから奪ったからだよ」


 となると、残る女装蜂マッチョは丸鋸タイプの電動芝刈り機を持っているはずだ。


「一度、一階に降りてから、反対側の階段を上ってパソコン室を目指そう」


 一階に降りて職員室前を通った。一度入ったことのある部屋だが、無雑作に扉が開いていたので中が見えた。さっきはなかった八角形の小さい箱が一つ置かれている。もう蓋が開いており、中の景品は取られた後だった。


「氷河くんあれは」


 取り合ってくれない。自分で考えろということだろうか。もう取られた景品にはサードも興味がなかった。無難に考えるのなら、サードがほんまKAINAから奪った折り畳みナイフが入っていたのではないだろうか。


 なんにしても、一度入ったときにはなかったものが置かれているのは卑怯だと思った。誰かが移動させている? それともわざわざ置きに来たのか。


 反対側の階段を上がって、二階に戻ると異様な静けさに包まれていた。誰かの歩く音どころか、呼吸さえ聞こえない。げきぜんとしている。


 今日この建物で幾人もが死んだことが、恐怖を通り過ぎると寂しさを産むのかもしれない。


 だけど、油断はならない。タイタンフレッドがパソコン室の隣のパソコン準備室にいたことは、ゴール前で待ち伏せしているも同然の行為だ。おそらく、タイタンフレッドは誰も撮影できていないから、脱出するためにサードと氷河の撮影に臨んでくるだろう。


「誰もいない。どうする?」


「教室だって中に入るまで、誰かいるかどうかなんて確認のしようがないよ。まっすぐ行こう」


 氷河の言う通り、パソコン室に直行する。足音を立てず、早足で移動した。


 先着がいる。


 隣のパソコン準備室にいると思われたタイタンフレッドが、パソコンで動画保存している最中だった。扉の開閉で音が少し漏れたが、タイタンフレッドは夢中で気づかない。


「あいつがここにいる」


 サードは氷河と一緒に床に伏せて声も落とす。

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