VS録画ゲーム 脱落続出4

「まず、二階のパソコン室に行って動画を保存しよう」


 準備室から出ようとしたら、教室の前を何かの影が素早く通った。高身長でマッチョ。女装蜂マッチョなのか、タイタンフレッドなのか分からない。


「どうしよう氷河くん。誰かいる」


「静かに」


 通り過ぎたはずの足音が止まった。準備室の隣のトイレから出て来て、この準備室の前を通り、先ほどの社会科教室の前辺りで止まったことになる。


「こういうのって、トイレはゲームで使ったら駄目とかってルールじゃない? 男が追いかけるとき、女子トイレに逃げ込まれたら捕まえられないような?」


 ひそひそ声とはいえ、サードが黙らないので氷河が顔を顰めた。


 足音は起きない。誰かに命じられたかのように立ち止まっているのか。それとも、忍び足で接近しているのか。


 来た。すりガラスの向こうでハチのシルエットが見える。女装蜂マッチョで間違いない。


 サードは両手で口を覆う。氷河は鉈を構える。サードも奪った折り畳みナイフがあることを思い出してそれにならう。


 赤い両目のライトが準備室内を真っ赤に染める。すりガラス越しにこちらが見えているのか、いないのか。何にしろ女装蜂マッチョの荒い息遣いが聞こえる。今にも入って来る。扉の前で止まってじらすなんて最悪だと、サードは目で氷河に助けを求める。


 過呼吸になりそうだ。息を大きく吸ってしまう。


 氷河は駄目だと首を振る。息を普通にしているつもりなのに、吸ってしまう。サードは胸を上下させて苦しげにえずく。


 途端、すりガラスが叩き割られた。ハンマーだ。バリケードに使った椅子なんか、簡単に弾き飛ばされた。解体作業で使うような柄の長いハンマーだ。あんなもので一度でも殴られたら終わりだ。


「え、長袖?」


 女装蜂マッチョはビキニ水着のはずだが、どういうわけか黄色い全身タイツを着用している。


「サード落ち着いて。ドアの窓が割られただけだよ! だから、開けて入って来たときに突き刺して!」


 サードが引きつりながら頷きかけたとき、扉が叩き倒された。氷河が反射的に扉から飛びのいた。それでも、先ほどからチェーンソーで失った左手が痛むのか、数歩飛びのいてから顔を顰めている。


「氷河くん! 鉈を貸して!」


「君は駄目だよ。やるなら僕がやる!」


 ハンマーが振り上げられる。サードは狭い準備室の奥に逃げ込む。準備室は隣の社会科教室と繋がっていると思った。だが、見つけた扉は棚の後ろに隠れてしまっている。


「サード、そんなのは放っておくしかない」


 女装蜂マッチョはハンマーを振り下ろし、教師用の机を凹ませた。木製じゃなく、内部はいくつもの層になっているプラスチックみたいな表面のデスクに無残な穴が空く。


 氷河は鉈でその今しがた振り下ろした女装蜂マッチョの腕を斬りつけた。


 血が噴き出て一瞬ぎゃっと女装蜂マッチョが声を上げる。だが、切断に至らなかった腕をかばってハンマーをすぐに左手に持ち変える。氷河がハンマーだけは触れさせまいと、あらん限りの声を発して、鉈で左腕も唐竹からたけりにした。


 女装蜂マッチョは途端、情けない悲鳴を上げる。一瞬、誰かの声に似ているとサードは思ったが、氷河が蹴り飛ばされたので慌てて駆け寄ってそれどころではなくなる。


 女装蜂マッチョの上肢は前腕からそぎ落とされた。といっても、骨は断っていない。とうこつしゃっこつ、つまり肘から手にかけての太い二本の骨が人体模型さながらに剥き出しになった。


 自身の負傷に酷く怖気づいている。脅威なのは図体だけなのか。いや、身長はそれほど高くない。サードが観察するより早く、氷河は起き上がるなり、雄叫びを上げて女装蜂マッチョの太ももを鉈で滅多打ちにした。血飛沫で狭い準備室が煙る。さらに、くの字にかがんだ女装蜂マッチョの頭部を叩きつける。血でべとついて切れ味は悪くなっている。だから、頭蓋と思われる蜂の黄色いマスクは凹んだり、中のクッション性素材の綿なんかが血と骨の破片と一緒に飛び出てきた。ついでに脳漿のうしょうも。


 氷河はブラウスを巻いた腕以外は半裸だったので、返り血で顔だけでなく首から下、胸や腹まで真っ赤に染まっている。赤いライトに照らされて氷河の鬼の形相が浮かび上がる。


 氷河は女装蜂マッチョの赤いライトの目も鉈で殴打して割る。灯りを消したばかりか丸みを帯びたライトの複眼を内側に凹ませてしまった。女装蜂マッチョのマスクの付け根の首元から血が流れだす。蜂マスクの中はかなりの密着性を持っているのか、出血した血が外に溢れるには首から下に流れるしかないようだ。


 女装蜂マッチョはハンマーを取り落とし、床に這いつくばる。氷河もサードも倒れ込んでくるそれから距離を取る。


 死んだようだ。氷河は死んだはずの女装蜂マッチョの首に鉈をあてがって、頸動脈を切断した。


 念には念を入れたのだということはサードにも分かった。だけど、先ほどの氷河は修羅だった。


 氷河はそれだけに留まらず、蜂のマスクに手をかけた。


「やめときなよ。もうその人死んでるんでしょ?」


「このハニー・ガール、ほかのと違うって思わない? ちゃんと調べないと。おかしい、マスクの生地が薄い。顎の下に手を入れたら簡単に剥ぎ取れそうだよ」


 確かにおかしかった。上半身だけがマッチョなのだ。よく見るとマッチョに見えるようなスーツを着用している。


 嫌な予感がする。


 氷河により、マスクが下から上に捲り上げられる。


 ハンマー持ち女装蜂マッチョはテカプリだった。

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