VS録画ゲーム 脱落続出3

 テカプリがほんまKAINAにやられた? 嘘を言っている可能性もあるが、勝利を確信していたテカプリが二階のパソコン室から動いたとは思えない。もし、救いがあるとするなら、椅子だけで人を殺せるのかどうか分からないということだ。


 ほんまKAINAは戦闘のプロなどではないから、どこをどう椅子の足で突けば死ぬか分かっていないと思う。椅子だけで人を殺せそうなのはタイタンフレッドと、意外なポテンシャルを秘めた氷河ぐらいだろう。かといって、やたらめったら椅子で叩かれたら頼りないテカプリなんてひとたまりもないのも確かだ。


 タイタンフレッドは上でまだ女装蜂マッチョを殴っている。


 氷河がほんまKAINAに鉈を突きつける。


「その折り畳みナイフを手に入れてからテカプリを襲えば良かったのに」


「ちょっと氷河くん。いくらなんでも」


「言い過ぎ? 違うよ。これはもう生き残りを駆けた戦いなんだよ。僕はなんとしても君を守りたい」


 本当に命がけで守ってくれるというのかと、サードは困惑する。氷河の生真面目さと、時に見せる峻烈な決断力には畏怖の念さえ抱いた。


 ――でも、ここで殺したらキラー・ハニーの思うつぼじゃない? ゲーム攻略は相手を撮影すればいいだけのはず。本当に殺してまで撮影しなければいけないのだろうか。


「待って。テカプリが十分撮影したけど、私たちは誰も死んでないってことは、撮影された場合のペナルティは撮影した時間がゼロにリセットされるだけってことでしょ? 話し合って順番に一人ずつ撮影していくの」


 サードは我ながら名案が浮かんだと、手を叩いではしゃいでしまう。


「それだと、最後の一人が絶対に出るから僕は提案しなかったんだ」


 氷河はほんまKAINAから一度も目を離さずに告げた。ほんまKAINAが氷河の眼光の鋭さに一瞬たじろぎ、折り畳みナイフを持つ手が揺らいだ。


 紫電一閃。


 氷河は剣道部でもあったのか、鉈を叩きつけるのではなく刀のように扱い、折り畳みナイフを薙ぎ払っていた。


 ほんまKAINAが自身の指からナイフが離れたと気づいたときには、サードはそれを拾った。


「ちょ、返しーや」


「返すわけないでしょ」


「なんやねん、あんさんら。ええで、撮影しーや。勝手にゴールしてきいや。十分撮影してもテカプリはゴールできひんかったんや。撮影するだけで終わらへんねんでこのゲームは!」


 氷河が鉈を降ろし殺意がないことを示してから、スマートウォッチでほんまKAINAを撮影する。サードも同じように撮影する。


「二人で同じ人を撮影してもいいみたいだね」


「ほんとだ、大丈夫そう」


「何が大丈夫やねん」


 ほんまKAINAがスマートウォッチで撮影し返そうとしたので、氷河が一喝する。


「動くな! 君はテカプリを殴り倒したのにどうして撮影しなかったんだ。嘘だね? テカプリは君から逃げている。それで、君はさっきから小賢しい真似ばかりしているんだ」


 ほんまKAINAは降参やと両手を上げた。でも、顔がニヤけている。


「あんたら、二人は誰も殺さんと十分撮影してゴールするつもりやろうけど、テカプリはんもうちも、上でまだハチ男殴ってるタイタンフレッドも、武器さえあれば誰でも殺すで?」


 テカプリの変貌もサードは知っている。それでも、心のどこかでは人殺しという一線は越えないのではないかと信じていたかった。


 タイタンフレッッドの乱闘が終わった。タイタンフレッドがこちらには目もくれず三階出口からホールを飛び出して行った。景品という名の武器を探しに行ったのだろう。撮影するという目的より、武器を優先してしまっている。


「あれが正解や思うで?」


「黙っててよ」


 ほんまKAINAを撮影した時間は三分だ。一分が長い。こうして留まっていると、女装蜂マッチョが現れる気がする。サードの焦りを察してか、氷河がほんまKAINAに歩くよう促す。


「移動しながら撮ろう」


 ほんまKAINAを先頭に歩かせ、三階から多目的ホールを出る。三階はまだどんな教室があるのかざっくりとも見ていない。三年生の教室と、サードが一度入った視聴覚室、社会科教室などがある。


「どこに行くの?」


「サードはどこに行きたい?」


 デートみたいな言葉遣いにサードは困惑する。氷河くんのユーモアセンスについていけなくなる――。


「なぁ、うちを先頭にするんやったら、武器ちょーだいや」


「ハニー・ガールは音で寄ってきた。無暗に武器を振り回すより、見つけ次第こっちは隠密行動するか、走って安全そうな教室に逃げ込む方がいい」


 ほんまKAINAが社会科教室の前で立ち止まる。


「何かあったの?」


 サードの質問に返事もせず、ほんまKAINAが社会科教室に飛び込む。まさかこんなに早く逃げようとするとは誰も思わない。氷河でさえ反応が遅れた。


 教室に逃げ込むほんまKAINAは、机の一つに置かれた八角形の箱に突進する。景品だ。さっき、多目的ホールにあったような人間が入る大きさではなく、両手で抱えられる二十センチ四方のものだ。


 ほんまKAINAが箱の蓋を開けた瞬間、何かの液体が弾け飛んだ。


「う、うばあがあああああああああああ!」


 ほんまKAINAの両目が白く溶けだした。その上の瞼も頬も蝋燭が溶けるみたいに皮膚が液状になって垂れていく。鼻も溶け出し、鼻骨や前歯が皮膚からせり上がってくるように見えた。口の両端からブルドックみたいに頬を垂らし、サードと氷河に助けを求める!


「なんばこれ! なんやげんこれ! 酸なんが? ざんなんばあ?」


 顔を掻きむしって、頬がごそっとこそげ落ちる。触った両手の指も蒸気を上げて溶けだし、第一関節から骨が飛び出てくる。


「離れよう!」


 氷河に手を引かれて廊下奥の準備室を目指す。


「まぢいいや! おいでがんといて!」


 顔の崩れたほんまKAINAが、両目を失いふらふらと倒れた。ごぼっと喉が溶けて、泡状になった血が噴き出す。


 もう助からない。景品の入った八角形の箱に、はずれが混じっているとは。


「本当に最後の一人にならないとクリアできないのかもしれない」


 準備室に入った氷河が部屋の中に誰もいないことを確認して告げた。教室の扉は一か所だけだったので、椅子で塞ぐ。


 準備室は教師が使う小さな部屋で棚と、机と椅子ぐらいしかない。


「サード、撮影時間は?」


「七分五十秒」


「僕も八分二十秒だ。よし、君が僕を三分撮影して先にゴールして。僕は三分失って五分になるけど、五分ぐらいならタイタンフレッドかテカプリを撮影してゴールできる」


「ねぇ、待って。ゴールって、ゴールできないんでしょ?」


「まずは、撮影してみないことには分からないよ」


「分かった」


 サードは無言で氷河を撮影する。氷河は無表情で何も話さない。三分が長い。ほんまKAINAがあんな形で死ぬとは思わなかった。サードは目に自然に涙が浮かぶのを感じた。あんな奴だったけど、人が死ぬのは怖かった。


 お腹で赤ちゃんが動いたような気がした。あれだけ何度も電気ショックを与えられ、何度も転倒したにもかかわらず赤ちゃんは無事だ。人間って案外頑丈な生き物なんだ。すぐには死なない。それが、あんなにも簡単に。サードは赤ちゃんとほんまKAINAの異なる運命に、胸が熱くなって涙を止められない。自分は泣き虫ではないはずだった。


 無事氷河を撮影し終え、サードのスマートウォッチが点滅する。『Congratulation』の文字が躍っている。

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