VS録画ゲーム 脱落続出2
ほんまKAINAが独り言を始めた。
「テカプリ以外誰もおらんねんな。てか、さっき誰かおったやんな。ようわからんわ」
テカプリが見つかったのか。パソコン室で籠城するなんて、やっぱりやらない方が良かったんだ――。
サードと氷河はほんまKAINAと対角線になるように移動しつつ壇上から降りようと試みる。八角形の箱が人の入る大きさでなければ、早々に見つかっていた。だが、二人で箱の陰に隠れるのには小さい。いずれ見つかる。氷河が腕を伸ばしてほんまKAINAのスマートウォッチにわざと映る。その瞬間、撮影を仕返してほんまKAINAを感電させた。
「上手くいった」
「やったね!」
「でも、いくら何でも無防備過ぎる」
氷河が言ったそのとき、何かのエンジンがかかる音がする。近い。突然背後からチェーンソーが唸った。二人とも飛び上がる。氷河の伸ばしていた腕がやられた。暗闇で細部まで見えないが、チェーンソーの回転音にも負けない氷河の叫びに、サードはパニックに陥って氷河の肩を引っ張る。サードは顔に血がシャワーのように吹きつけられ、悲鳴を上げる。恐怖で竦みながらも、氷河をチェーンソーから引き剥がした。そのとき、ごろっと何か重いものが剥がれ落ちた。
少し氷河が軽くなった気がする。
ひょっこり顔を出したのは、女装蜂マッチョ。チェーンソーを持っていたのはそいつだった。じゃあ、チェーンソーの景品はまだ別にある?
混乱しながらも、サードは氷河の手を取ろうとして、氷河の左手がないことに気づいた。ホースから流れ出たような勢いの血を浴びる。氷河の身体ががくっと傾いたので、サードは必死に女装蜂マッチョから少しでも距離を取ろうと、氷河を支えて運んだ。足がもつれて転びそうになる。チェーンソーを吹かしなおす音が聞こえる。
チェーンソーから発せられるガソリンで煙るホール内で馬鹿に大きな笑い声が響いた。
「簡単に引っかかりやがった!」
サードの後ろからほんのわずかなスマートウォッチの光が追って来る。撮影されている。振り向いてスマートウォッチを向けたが真後ろは女装蜂マッチョがいて、声の主には届かない。声がした場所、ホールの階段の三段目ぐらいに裸のマスク男が見えた。三階の入り口から入ってきていたのか。
「タイタンフレッドね!」
「ご名答だな。ハハハハハ」
タイタンフレッドはサードを馬鹿にしたように、腹から声を出して笑っている。しかし、不思議なことに女装蜂マッチョはタイタンフレッドや声を出していたほんまKAINAは襲わなかった。
氷河が呻いて鉈を貸せと怒鳴った。サードは氷河に鉈をふんだくられた。氷河は女装蜂マッチョに向きなおると、右手で握った鉈でチェーンソーを受けた。
火花が激しく散る。そのときになって氷河の苦しげに歪んだ唇や、微睡んだ瞼が見えた。
あのマッチョのチェーンソーを片手で受けるなんて無茶だ。サードは本能でその腕を後ろから握った。力で押される。チェーンソーは
「でも、このままじゃ氷河くんが!」
火花は吹き出し花火のように壇上高く昇っている。氷河は一度、チェーンソーを弾いた。驚くべき腕力に、サードも氷河の腕を離さざるを得なかった。格闘技でもやっているのか。何にしても印象としては、急に強くなった気がする。
掲げられるチェーンソー。振り下ろされるより早く、氷河は鉈で女装蜂マッチョの膝を横から薙ぎ払った。関節の骨が折れるところまではいかないものの、軟骨ぐらいは折れたのだろう。女装蜂マッチョは片膝を突きかけ、振り下ろしたチェーンソーの刃が自身の腹にめり込んだ。
女装蜂マッチョはくぐもった悲鳴を上げた。人間のものとは思えない奇異でろれつの回らないような支離滅裂な言葉を叫んで、腹から腸を撒き散らした。黒い血が壇上に塗り広がる。倒れた女装蜂マッチョの下でチェーンソーはなおも作動し続けているため、背骨まで回転刃が突き出て来た。サードは血の臭気に吐き気を堪える気力はなく、ただ吐いた。氷河にしっかりしてと揺さぶられ、どちらが重症なのか分からない。
氷河は素早く自分のブラウスを脱いで、肘から先がなくなった左手に巻きつけた。応急処置もお手のもののようだ。
「本当に医学生じゃないの?」
「進路は複数あった方がいいと思って。でも、応急処置はペットの犬が交通事故で死んだときに、自分で勉強すればよかったと思って勉強した。こんなところで役に立つなんて思わなかったよ」
どうでもいい情報提示とともに、氷河が脂汗をひたいに浮かべながら壇上から飛び降りた。
「サードも降りろ」
タイタンフレッドが駿足で駆けつけてきた。
「待ちやがれクソったれが! 俺の景品になんてことしやがる!」
氷河は血糊で脂ぎっている鉈を構える。タイタンフレッドは氷河との距離二メートルほどのところで立ち止まった。丸腰だった。トランクスとマスクだけのタイタンフレッドは一番無防備で馬鹿馬鹿しい存在だ。
「景品? 教えてくれて助かるよ。チェーンソーが景品だと思ってたんだ。でも、景品はチェーンソーを持ったハニー・ガールだったんだね。彼をガールと呼ぶのはちょっと
「生意気言ってんじゃねぇぞ!」
タイタンフレッドの怒声が空しく感じることになった。体格的にはタイタンフレッドの方が優れているが、丸腰だと弱気になるのか、一歩ずつ後退していく。
「ほんまKAINAを囮に使ったよね?」
氷河が逃げるタイタンフレッドに詰め寄る。
「一緒に組もうって言い出したのはあいつだ」
「プールのゲームの後だよね?」
「そりゃそうだろ。あいつが一番ヤバイ動画を撮影してる」
「君はその動画を知ってる? 第一の動画って呼ばれるものを」
氷河の追及は何故か優しい口調で行われた。
「確信はねぇが、たぶんあれだろうなっていうのは思い当たる。一番の迷惑ユーチューバーはあいつだ。あいつがそもそもあんな動画を撮影しなけりゃ良かった」
「君はその動画を観て、何をしたの?」
そこまで聞いて大丈夫だろうかとサードは不安になって、氷河の後ろからタイタンフレッドの荒くなった息遣いに耳を澄ませる。
「なんでてめーに話す義務があるんだよ!」
タイタンフレッドは走って段々になっているホールを駆け上がる。上の出口から出ようとしたとき、ドアが勢いよく開いた。立ち尽くすタイタンフレッド。すぐ傍の机に飛んできた斧が刺さる。
斧持ちの女装蜂マッチョだ。
「クソ、こんな奴に筋肉で負けるか!」
タイタンフレッドは斧を投げて無防備になった女装蜂マッチョに抱き着いた。そのまま押し倒す。ハチマスクの顔面を集中的に殴っている。
氷河がよろめいた。
「大丈夫?」
サードは氷河に寄り添う。
「ねぇ、そこで倒れてるほんまKAINAを撮影すれば、私たちクリアなんじゃない?」
「いや、起きてるよ彼」
へへへと薄ら笑いを浮かべてほんまKAINAが起き上がる。感電したあと、ずっと気絶していたふりをしていたのか。
「感電して意識を失う時間に個人差はあるけど、何秒ぐらいか計ったらだいたい一分ぐらいなんだよね」
サードは福笑いゲームでも、氷河がタイマーのカウントダウンを正確に行っているのを思い出す。
後ろからむっくり起き上がったほんまKAINAが「痛かったわー」とよろめいて歩いてくる。ポケットから折り畳みナイフを取り出す。ここではそんな小さなナイフと思えるほどさっぱりしない武器だ。
「それって景品なの?」
サードの疑問にほんまKAINAが「あほ言うな」と激怒するあたり、景品で間違いなさそうだ。タイタンフレッドと組んで、あっちがチェーンソー持ちハニー・ガールだったのに対して、折り畳みナイフなんてショボすぎるよね確かに――。
「ここで決着つけてもええねんでピンク髪!」
「もうこっちもあなたに振り回されるのはたくさんだし」
ここでは殺しも正当化できる。サードは氷河から鉈をもらい受ける。
「全員は生き残れないのよ。撮影してハイ終わりってわけにもいかないし」
「そのことやねんけど。テカプリはんが、うちのこと撮影しよって十分の撮影時間のミッションクリアしとったんよな」
え?
このゲームはじゃあ、終わっているということだろうか。
「でも、待って、一人だけが生き残るって」
「まぁ、続き聞きーや。テカプリはんは動画をパソコンに保存したんや。それで、出口のヒントの動画を観た。うちも、後ろからこっそり観た。テカプリはんをゴールさせるボランティアをうちはやったったんやで? 偉いやろ? でもな、テカプリはん。自分が撮影した映画見せられて怒っとったわ。観るとこ分かってへんねんなあの人。T映ってるやんか」
T。いじめられていたと思われる人物で、恐らくは『
「みんなTを撮影した? それともそのTを何らかの形で拡散したの?」
ほんまKAINAが昔話に出てくるジジイみたいな「ヒヒヒヒ」という歯茎から息を吐き出すような笑いをした。屁みたいな笑いよりマシだけど。
「なんやサードはん分かったんか? それやったら自分の撮った動画も分かるんちゃうか?」
「確信が持てないの。そんなことより、テカプリはどうなったの?」
「待ち待ち。そんなことやと? ことの重大さが分かってへんのわ、みんないっしょやってことやな。その動画を思い出せってのが、このゲームやんか! うちらは、Tを忘れてるんや。思い出してもきっと手遅れやろうけどな。詫びてたら、はじめからこんなゲームに巻き込まれてへんわ。テカプリはんは動画観た後、次の動画を探さなあかんって言うてたわ。でも、その先はうち何となく分かってもうたから、テカプリはんを後ろから教室の椅子で殴っといたで」
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