第七章 VS録画ゲーム 脱落者続出

VS録画ゲーム 脱落続出1

 氷河が襲われていなければそれでいい。でも、襲われているかどうかを確認するためには女装蜂マッチョの行った方に行かなければならない。


 普通に考えれば、そんなリスクは犯せない。だけど、確認しなければ、撮影する相手が減ってしまったかどうか分からない。ほんまKAINAなら、悲鳴とは反対方向に逃げるだろう。そこで鉢合わせるのはごめんだった。


 仮にタイタンフレッド、ほんまKAINAの二人が女装蜂マッチョに殺されてしまった場合、サードはテカプリと氷河を撮影しなければならない。テカプリとは構わないが、氷河と撮影合戦になるのは気が進まない。どうせなら嫌いな人間を撮影してここから脱出したい。


 サードは無謀にも悲鳴のした方に走れはしないが、急いだ。自分で情報を集める必要があった。さっきの悲鳴は間違いなく断末魔だ。人が死んだ声でなければなんだと言うのか。


 声がしたのは三階からだった。まだサードは三階には足を踏み入れていない。最低でも六人の女装蜂マッチョがいる校舎内で、三階には二人以上の女装蜂マッチョがいてもおかしくはない。


 怖いもの見たさとでも言うのだろうか。自分にまだそんなものがあることにサードは驚いた。こういうシチュエーションこそ、撮影したくなる気持ちは少なからずあった。人の不幸を撮影したい、拡散したいという血が流れているのは、サードだけではない。


 予想に反して、三階にほんまKAINAが来ていた。氷河も来た。階段で三人がばったり遭遇し、ほんまKAINAがサードに向けて撮影をするので、サードは無言でスマートウォッチを向けた。するとほんまKAINAは感電して階段を転げ落ちて行った。


 突然のことに氷河が驚いていたが、サードはそっけなく言う。


「自業自得でしょ?」


「確かにそうだね。あれ? テカプリは?」


「あいつは勝つことしか考えてないわよ」


「そうなんだ」


 氷河は飲み込みが早く、テカプリを批難したりはしなかった。


「さっきの悲鳴を聞いて三人が集まるなんてどうかしてるわ」


 自虐的にサードは言ってみたものの、氷河は真剣そのもので冗談は通じなかった。


「ここに来た目的は誰が死んだか知りたいからだよね? タイタンフレッドがやられるとは思えないけど、タイタンフレッドだろうね」


「テカプリかも?」


「その可能性があると思うってことは、君はテカプリの居場所をさっきまで知ってたと思っていいよね?」


 サードはどうにでもなれと思った。誰が正しいのか分からない。吉と出るか凶と出るか。


「今僕らは三人鉢合わせた。テカプリの居場所は君が知っているから、消去法でタイタンフレッドがやられたことになる」


 その氷河の推理は外れた。


 視聴覚室から階段を挟んで多目的ホールに氷河と二人で入った。机は段々になっている。階下にも入口があるから、二階と三階から来られるようになっているようだ。一番下の壇上には教卓替わりに、何やら八角形の箱が置かれている。


 中に誰か入っている。サードは周りを注視しながら誰もいないことを確認して、八角形の箱に近づいていく。氷河が早足に先にいき、中を確認した。膝を抱えて動かなくなって入っている女装蜂マッチョがいた。


 八角形の箱は棺にも見えた。ただし人の身体が入るには膝を抱えて入らないといけないようだ。


 氷河は恐れも知らないのか、すぐに女装蜂マッチョの手首と首から脈を取る。そのときになって、サードはまともに八角形の箱を見下ろした。中に血が飛び散っている。身体を折りたたんで入っていたと思っていたが、そうではない。手足は関節で切断されている。丁寧に、ハチの顔が上になるように詰め込まれていた。逞しい筋肉は切断されれば凶器ですらない。こんなことキラー・ハニーが許すだろうか。


「誰がこんなことを。何をしたらこんなバラバラに」


「たぶん、タイタンフレッドがチェーンソーを使ったんだ」


「チェーンソー? そんなのどこに」


「分からない。これはゲームなんだ。さっき、サードは盾を持っていたよね。ああいう感じで僕らが使ってもいいアイテムが存在するのかも」


「ほかにどんなアイテムが? 外と連絡取れないスマートウォッチだけで十分だっての」


 氷河はまだ血が切断面から滴っているパーツを丁寧に一つずつ持ち上げていく。ハチの頭、頭部の断面から骨と太い血管が見えた。


 見るんじゃなかったと、サードは横で静かにえずく。もう胃液は出なくて唾だけだ。


「ハチのマスクが取れないんだ。瞬間接着剤で固定されているのかも。ほら、無理に剥がそうとしたら、この人の皮膚も剥がれちゃった」


 氷河は女装蜂マッチョの人体を平気で破損させる。


「ねぇ、もう行きましょ。そんなの放っておいて」


「いや、これはまずいよ」


 女装蜂マッチョのバラバラ死体を氷河は全て取り払った。そのせいで、サードは咽る。鼻の奥までまとわりつく血の臭い。こういうのを血風香ると言うのだろうか。今は戦国時代じゃないのに、こんなに人が簡単に死ぬ。


 氷河は教室の掃除をするかのように手際よく人体の部位を脇にどけてしまった。すると血だまりのできた八角形の箱の底に文字が見え、氷河は血を手で掻き出した。景品の二文字が現れた。


「景品て?」


「チェーンソーだと思う」


 背後のドア向こうで足音がした。誰かがこの多目的ホールにやってくる。氷河が女装蜂マッチョの腕だった部位を指差した。


「早くそこの武器を取って」


 見れば女装蜂マッチョの鉈が落ちている。


「敵の武器使っていいの?」


「ゲームなら仕方がないんじゃない? タイタンフレッドはチェーンソーを持っていると考えて行動しないと。撮影したら勝ちのゲームだけど、こうも考えられないかな。生死問わず撮影していいとしたら? 僕ら安直に相手を撮影したら勝ちだと思っていたけど、逃げる相手を撮影するより、殺して動かない相手を撮影した方が確実で、必勝法なのかも」


 無茶苦茶な! サードでさえそう思ったが、実際、逃げないものを撮影した方が楽だ。死体は逃げない。


「こっちが武器なんか持ったら、テカプリとかすぐ逃げちゃいそうだけど?」


「逃げる人ほど、相手よりいい武器を探そうとするんじゃないかな」


 サードは何も言えなくなる。とはいえ、テカプリが斧とか振り回している姿を想像すると、少し笑える。


 二階へ通じるドアが開け放たれた。ほんまKAINAだ。


「あの馬鹿。あんな大きな音を立ててドアを開くなんてどうかしてるよ」氷河が悪態をつく。


 サードと氷河は八角形の箱のすぐ後ろに隠れた。非常口誘導灯ぐらいしか照明のない薄闇で、向こうからどれぐらい見えるだろうか。少なくとも、氷河が壇上に並べた女装蜂マッチョだったもののパーツは、陰影だけでも不気味で不自然な物体に見えるだろう。


 ほんまKAINAは常に撮影しているのか、スマートウォッチを構えている。視界に入ったら一秒でも撮影したいのかもしれない。ケチ臭い作戦だ。


 ほんまKAINAが壇上の女装蜂マッチョのパーツを見つけて忍び寄って来る。それなりに警戒しているようだ。氷河が無謀にもほんまKAINAを撮影しはじめた。スマートウォッチの灯りが観られたらおしまいだ。幸いほんまKAINAは初めて見るバラバラ死体に興奮している。流石のサードも呆れた。これならサードも撮影に便乗して問題なさそうだ。


「撮影機能あるくせに、写真撮られへんのかいな」


 ほんまKAINAが愚痴った。きっと、ネットにアップしようと考えているんだと思う。あの人、ただのグルメユーチューバーじゃない。ヤバイものを撮影したんだ。ヤバイって何が。一体全体、ヤバイってコトバの範疇が広すぎる。すごいのか、かっこいいのか、イケてるのか。びっくりするようなこと。社会的にまずいもの――?

サードは記憶を辿る。学生、または同年代を撮影した動画。心当たりが多すぎるが、その中で思い当たる道端で苦しんでいた人の動画。あれはグルメ動画ではない。バズッているのを観た。まさか、あれを誰かこのゲームの参加者が撮影した――?


 道端にうずくまる少年の動画。あれをほんまKAINAが撮影していたかどうかは分からない。このゲーム参加者が関与していたとするなら一体どこで。


 道端の少年の動画の詳細な記憶はあやふやだ。サードの印象としては、思ったより長い動画だったことをぼんやり覚えている。


 ほんまKAINAが撮影したと言っていた動画は長かったはず。アプリの連絡帳を見る。うん、そう。十二分五十七秒。長い。第一の動画が一番長い。てことは、私がそれを見て何か拡散した? ちょっと待って――。この動画ってもしかして、みんなが一つの動画を加工して拡散したんじゃ? でも、私が撮影した動画は削除されてるし――。


「あ」


 ヒントに第三の動画は削除されていると記載されているではないか。連絡帳のあさピクの欄だ。


【あさってのピクルス=ほんみょう 西沢ハルナ】

【ドローン銃により、そくし。ざんねん!】

【とくちょう 女子がくせい

かみは、くろのロングヘア

ぶんぶりょうどう

壁方寺へきほうじ学院がくいん高等こうとう学校がっこうの一ねんせい。せいとかいふくかいちょう】

【第三のどうがを見た】

【※ゲームのヒント。第三のどうがはすでにさくじょされている】


 で、この内容が更新されたとき、氷河くんも自分の動画が削除されていると言っていた。つまり、私か氷河くんの撮影した動画が『第三の動画』ということだ――全部繋がっている。一つの動画をみんなが別の形に加工して拡散したんだ。

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