VS録画ゲーム 開始4

「君は一番酷い目にあってるからね。人の痛みは分かる子だろ?」


「やるときはやるわよ!」


「ふむ。ま、あと十秒だし。タイタンフレッドで試すか」


 テカプリがスマートウォッチをサードに向けるのをやめて、降参という風に両手を上げる。


「ちょっと見せて!」


 テカプリのスマートウォッチが完全に撮影を中断しているのを見て、これまで撮影した動画を再生する。サードの顔が大写しになって映し出される。職員室の窓から中を映しているにも関わらずだ。脅威のズーム機能にサードは自分のスマートウォッチでも拡大と縮小を試してみる。


「すごい。これなら廊下の端から端まではっきり映るレベルね」


「試しに撮ってみるもんだろ?」


「一緒にクリアなんかする気がないくせによく言うわ。もういい、私一人で行く」


「悪いね。僕も映画監督の夢は譲れないんだ」


「はぁ? ここには夢もクソもないのよ! ここから出ないと死ぬだけ!」


「生き残ることは大切だよ。でも、ただ生き残っても無意味な人生だろ? 僕は命を賭けて映画監督になるんだ。人生に輝きを持って生きてこそ、生存者って言えるんじゃないのか? 君なんか生き残ったって、誰の子か分からないような子供を産むだけだろ?」


「聞き捨てならないわ。さっきから、私が知らない男とヤって妊娠したと思ってるの? そりゃ、一夜の恋だったわよ! 相手が何にも考えてないパリピ野郎だったのが誤算だけど。私だって、妊娠するなんて思わなかった」


「典型的な若気の至りじゃないか」


 テカプリはクククと喉を鳴らす。


「この映画みたいな状況じゃ、真っ先に死ぬタイプだ」


「なにそれ」


「何って、そりゃバカ女はホラー映画じゃすぐに死ぬんだよ。そんなことも知らないのか」


「あなた、ホラー映画は撮らないって言ってなかった?」


「ああ、今まではね。でも、これからは違う。僕は手段を選ばずに映画監督になると言ったろう? この惨劇を撮影してプロになるんだ! ここのセットはいい。ここは映画の撮影と同じ技術が使われて設置された学校だ。こんなの(株)耗映やKOKOシネマズスタジオになら楽勝で設計できる。僕は美術も心得があるんだ。ほんと、ここは良い。廃校を改装すれば僕にも真似できそうだ。『壁方寺学院高等学校』の生徒は生き残っていのが残念だ。構内のリアリティを追求して、これで本当に合ってるのか聞いてみたい」


 サードは絶句する。あさピクとみかんのここ♡が死ぬことを知っていたのだろうか。


「まさか、誰が死ぬのか知ってたの?」


「そんなことはないよ。僕はキラー・ハニーが誰を殺したいのか分かっただけだよ。キラー・ハニーははじめ、言葉遣いが幼稚園児に諭すようなおどけた調子でゲームを進めていた。だけど、ゲームを重ねるにつれ、あの映像も変わってきたんだ。悪ふざけしていたのをやめた。あれは道化を演じるを得なかったんだよ」


 言われてみれば確かに、最後のルール説明のときは言葉遣いも荒くてゲームマスターとしての威厳のようなものはなく、私怨しえんをぶちまけていたような――。


「キラー・ハニーは組織でゲームをしていると見せかけて、実はたった一人でゲームをしているの?」


 サードはまさかねと、自分で言ったものの後悔する。


「資金援助、キラー・ハニーにこの舞台となる地下室、プール、事務所や学校を提供した者がいる。半分正解だと思うよ。キラー・ハニーはデスゲームを開催した企業、または政府の回し者なんかじゃない。彼のゲームを企業か政府が手伝っているんだ」


「そんな。一個人の恨みを誰かが晴らすために手伝っているなんてことある?」


「君は必殺仕事人を見ないかい?」


「そんな古臭い番組見るわけないじゃん」


「じゃあ、こう言い換えよう。復讐を請け負う仕事をしている機関が存在したってことだ」


 サードは押し黙る。なんにしても復讐されるような覚えはない。もしかして、本当に住所を特定されたことで怒っている人がいるの――?


 関係ないとは思うけど、トイレから連想されるのはあの人、道端で苦しんでいた人の動画のことかな……。


 少し心当たりがある。


 サードが住所特定するのは、もはやクセや習慣のようなもので、特定したらすぐにこの動画の人の家は何県の何群のどこだよと字幕をつけて動画加工して拡散するのだ。当然、すぐ削除される。誰かが通報を押せば。でも、どの動画もサードが加工したり、住所特定する以前から迷惑動画としてバズっていたものだ。


 私じゃない――なぜなら、その動画ははじめからバズっていたから。拡散したのは迷惑動画に群がる野次馬、同業者のユーチューバー、興味を持った炎上目的の拡散者。サードが手を加える前から、動画は炎上しているのが常だった。


 迷惑動画を観る側というのはちょっとしたスリルを味わえる。迷惑動画撮影者は、自分が有名になりたくて撮影している。便乗して何が悪いのか。撮影したのはそいつであって、観ている私達ではない。


(私は川で流れて来た桃を拾ったおばあさんみたいなもの。それが桃太郎になって鬼退治に行こうが勝手にしてくれってなると思う。流れてきたのが、たまたまよくないものだっただけ。私はそれを拾って、他の人にも見てもらう努力をしたに過ぎない。私が手を加えなくても、その流れて来た動画は多くの人の元へと流れ続けていただろう――)


 テカプリはパソコン室に籠城すると言った。サードは冗談じゃないとキレかけたが、冷静に考えてやめた。テカプリが盗撮したように盗撮し返せばすむことだ。


 なら、氷河を見つけて、二人で一緒にテカプリを撮影すればテカプリの一人勝ちを防ぐことができる。待って私――。サードは氷河を信用していいのかと不安になる。真っ先に単独行動に踏み切ったのは氷河だ。協力してくれるとも限らない。ここからは個人戦なのだ。


「最後の最後に個人戦だなんて」


 サードは一度ならず二度までも盗撮されていた。スマートウォッチの機能を再確認する。録画、停止、再録画、録画内容削除。使えるものはすべて使わなければ。制限時間無制限ということは、誰かが脱落しない限りゲームは終わらない。


 喉が渇いた。緊張して舌が口の中で細っている。パソコン室を出て三階に上がった。視聴覚室に入って、しばらく休息してみても、喉の渇きは収まらない。水なしでこのままゲーム続行できるか不安だ。度重なる電撃で体力の消耗も激しい。何より、一番最初のゲームがスタートしてからずっと飲まず食わずだ。この出口のない建造物の中に、半日はいるはずだ。夜の設定でゲームをしているが、実際は平日の昼だったりして――。


 そうだ、平日だ。今頃母は捜索願を警察に届け出ているだろうか。双子の姉は華やかな仕事を休んでまで自分を探してくれはしない――。サードはこんなゲームにつき合わされているのが、本当に馬鹿みたいに感じられた。学校に通えることは偉大なことだったのではないかと錯覚する。学校に行けなくなってみると、勉強しなくても時は過ぎるんだなと痛感する。このまま誰にも知られずに、この世から消えてしまうのかもしれない。


 サードは腹の表面をそっと撫でる。私はこの子とどういう風に生きていきたいのだろう。父親のいないこの子と。


 あゆみはきっと私と悪いとこばかり似てしまうのだろうとサードは俯く。自分に似ていて欲しいという願望からこのような考えに至ったわけではない。父親はあゆみと顔を合わせることはないから、自分の育て方一つであゆみの性格というか本質が決まってしまう気がしていた。


 生まれる前からそんなことで悩むなんてと友達には笑われるかもしれないが、サードはあゆみというまだ見ぬ自分の分身がそら恐ろしく思えた。一部同じDNAを持ち、顔は自分と似ているところもあるはずだ。それでいて無邪気で純粋な天使。サードとは正反対の状態で生まれてくるのだ。それが育て方で、きっと悪い方向へ育ってしまう。そんな予感がする。


 突然、視聴覚室の後方の扉が開け放たれた。ハニー・ガールこと女装蜂マッチョが入って来た。サードは机の下に隠れる。机は一つ一つが独立しているのではなく、二人用の机が横二列、縦に五列並んでいる。二人用の机にテレビがはめ込まれているから、三人用の机ぐらいには大きい。


 サードは床を這って正面のホワイトボード前まで進む。女装蜂マッチョは息を潜めるということを知らないのか、呼吸が荒い。まるでずっと走ってきたかのような。こいつらは一体何なのか。注意しながら女装蜂マッチョを伺った。


 顔はハチだ。ヘルメットのように頭から被るタイプのマスクがハチなのだ。特殊メイクだとして、こういうのって俳優は装着するだけでも一時間から三時間かかると、映画のメイキングで観たことがある。息苦しそうに見える。サードも腹が膨らんで苦しいので、動きにくさではお互い様かもしれない。


 女装蜂マッチョは手に斧を持っている。グラウンドに現れたうちの一人だ。ということはもう校舎の中に侵入してきていると考えた方がよさそうだ。四階建ての校舎だから、各階に一人から二人の女装蜂マッチョがいることになる。


 女装蜂マッチョは丁寧に、机を一つ一つ調べている。サードは対角線になるように少しづつ移動する。しゃがみ歩きなんかできないので、三角に座って、足を突き出して身体が後を追うような傍から見れば芋虫の伸縮のような動きで進む。


 少しずつ移動すると、女装蜂マッチョの位置が分かりにくい。目視するためには額から上を机の横から出さなければならない。たまたまこちらを向いていなかったから気づかれていないだけだ。それにしても、女装蜂マッチョは汗臭い。ビキニが湿っている。


 観察していると、いきなり女装蜂マッチョが振り返った。サードは咄嗟に頭を引っ込める。そのとき肘が机に当たって、ごつっと音を立てた。途端、女装蜂マッチョがサードのいる机の列に向かって走ってきた。


 サードは声に鳴らない悲鳴を唾で飲み込み、すぐさま一つ後ろの机に移動する。机の下で籠城できるほど視聴覚室の机は大きかったが、たった一つ机を隔てただけの状態で見つからずにいられるかどうか。


 今ので分かったこともある。女装蜂マッチョは音を頼りに捜索している。ただ、走ると苦しそうだ。頭が悪いのか、一つ後ろの机にいることに気づかない。サードは音を立てないために息を殺した。今移動したらばれる。やり過ごすしかない。


 机に斧を持った手が置かれた。サードは心臓が飛び上がりそうになる。だが、まだ見つかってはいない。


 女装蜂マッチョの複眼の赤いライトに照らされて、筋骨隆々なその腕には複数のぶつぶつが浮かび上がっている。


 あれはきっと、注射痕。麻薬でもやっているのか。


 サードは髪にべとべとしたものがかかって、慌てて指で払いのける。どろっとした泡が混じっている。見たところ透明で、まるで人間の唾液だった。


 見上げると女装蜂マッチョがサードの上で、マスクを濡らすぐらいによだれを垂らしていた。


「どっか行きなさいよ!」


 怖すぎると、人間キレるものでサードは振り下ろされた斧が鼻先をかすめた恐怖をかき消すために暴言を吐いた。それぐらいゲームでの鬱憤が溜まっていた。


 サードが駆け出そうとしたとき、誰かの悲痛な叫び声が聞こえた。それに反応し、ピタリと動きを止めた女装蜂マッチョは、視聴覚教室から駆け出して行った。


 サードは激しく息を吐き出しながら、何があったのか思案する。


 分かったことは二つ。女装蜂マッチョはキラー・ハニーの手下のハニー・ガールという設定だが、薬漬けのマッチョな男であるということ。二つ目、大きな悲鳴を上げると目の前に標的がいても声のした方に走って行くということ。

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