VS録画ゲーム 開始3

 耳をつんざく悲鳴が聞こえた。サードはお腹を抱えながら職員室から出ようとしたが、氷河に止められた。職員室のドアのすりガラスに、巨大なハチのシルエットが浮かんだ。


 テカプリが職員室の窓に現れて叫んだ。


「早くそこから逃げろ」


 激しく息を切らしている。


「今の悲鳴はテカプリ?」


「あれは、僕じゃない。ほんまKAINAだ。いいから、早く。ハチが入って来るぞ!」


 ハチって、思い当たるのは踊っていたハチ頭のお姉さんぐらいだ。そのお姉さん、ハニー・ガールが職員室のドアをバンと開け放った。


「何あれ!」


 ムキムキマッチョだった。ハチ頭だが、お姉さんというよりは元自衛隊員の男性といった具合で性別が男なのは間違いない。ただし、女性用のビキニを身に着けている。しかも、ハチの黄色と黒の縞模様だ。筋肉質な女性とも見えなくもないが、上腕、太もも、脹脛すべてが筋肉で盛り上がっている。褐色の肌はボディービルダーを彷彿とさせる。


 手には丸鋸タイプの電動芝刈り機を持っている。うなりを上げる回転音に、氷河が呟く。


「やばそうだね」


「テカプリが呼んでる!」


 窓からやたらめったら手招きするので駆け寄った。テカプリに窓の外へ引っ張ってもらった。続いて氷河もグラウンドに脱出する。だが、グラウンドは見晴らしがいい。サードらの姿を目撃した複数の女装蜂マッチョが体育館から走ってきた。体育館は校舎から見て右側の端にある。手には斧、鉈といった殺人鬼が持っているようなものから、スタンガン、メリケンサック、鞭など強いのか弱いのか分からない武器を得物にしている。


 ハニー・ガール(性別は絶対男だと思う)の左右の複眼が赤に光る。夜でも明るく見える。全速力で走って来た。恐ろしく速い。全部で六人いる。


「サード、今は全力で走ることだけ考えろ!」


 テカプリがそう言って曲がり角を指差す。校舎から見て左だ。職員室から隣三つの部屋のところで、校舎に再び戻れそうだ。


 グラウンドに砂ぼこりを上げて女装蜂マッチョたちが猛進してくる。


 校舎の廊下に再び戻ると、職員室から出て来た丸鋸を持つ女装蜂マッチョが見えた。


 左にはトイレ、エレベーター、階段の順に並んでいる。


 無意識に階段を選んだ三人は二階に上がる。


 サードは早くも重く感じる足を引きずるようにして、階段を上がる。この距離で一番近い女装蜂マッチョは職員室から出て来た奴だ。


「あれを止めないと」


 氷河が冷静に言う。


「どうやって! あんな変態紳士とやり合えるわけがない!」


 階段の踊り場でサードは激しく脈打つ心臓に押されて、咳き込んだ。こんな激しい運動は本来やってはいけないことは分かっている。なんとしても捕まるわけにはいかない。


 やっとの思いで階段を上ったが、三階に行くか教室に入るか選択する必要がある。

二階は準備室、地学教室、パソコン室、その三つに向き合う形で、二年一組から二年八組がある。クラスの真下が職員室にあたる。サードは慌てふためいて手前の二年三組に入る。氷河が悪態をついて地学教室に入っていった。


「ちょっと氷河くん嘘でしょ!」


 サードは自分の叫び声を自分で押し殺した。テカプリと一緒に一番近い教室に入ってしまった。


「自分だけあっちに入って!」


「サード、落ち着け。まず机と椅子でバリケードを作れ!」


 テカプリが荒っぽく机を積み上げている間、サードは誰も二階に上がってくる気配がないことに気づいた。


「丸鋸芝刈り機、来ないわね」


 教室の窓は透明だから誰かが通ればすぐ分かる。冷静に考えれば、すりガラスで中の様子が見えない準備室も隠れるのに最適だったかもしれない。


 そのとき、誰かの熱い視線を感じてサードは悲鳴を上げた。これだけ色んなことが起きて驚くようなことはないと思ったのだが、ロッカー内から淡い光が漏れている。夜にははっきり見えるほどの眩しさを放っている。


 サードはロッカーに歩み寄り、中を隙間から凝視する。中にいる人物が我慢できずに出て来た。


「堪忍してーや」


 ほんまKAINAが掃除用具入れのロッカーから、サードとテカプリのことを撮影していたのだ。


「盗撮でしょ!」


 ほんまKAINAは出て来てからもスマートウォッチの撮影機能をいじっている。サードが叩こうとしたら、ほんまKAINAがスマートウォッチをサードの顔にかざした。途端、サードは腕で顔を庇う。


「っち。なんやオート撮影機能切ったんかいな。スマートウォッチ同士を向け合えば、お互いが撮影したことになって強制停止で感電してくれる思うたのになぁ」


「ふざけないでよ!」


「本気や。もっとも、撮影はしてへん。後出しじゃんけんと同じで、先に撮影した奴に対して、反撃の電撃ができるわけやろ? うちがフェイントかけて驚いたサードはんがうちを撮影する。で、うちが正当防衛として電撃機能で反撃するんや」


「撮影したいんじゃなくて電撃を加えたいってこと?」


 サードは怒りで震える手を引っ込めることなどできなかった。ほんまKAINAの顔面を張り飛ばした。だが、当人はぷすっと屁みたいな息を吐いて笑っている。


「痛いやんかー。ところでハチマッチョのハニー・ガールは見たか?」


「話を逸らさないで!」


「そのことなんだけど、サード。あいつら全然来る気配がないんだよね」テカプリがバリケードの張っていない教室の後ろのドアを封じる作業に入ろうとしていた。


「ハチマッチョは女言うくせに、みんなおっさんばっかやったな。なんかがっかりやわ。ビール売りのバイトしてる同級生おるんやけど、あんな子にやってもらいたかったわ。せっかくのビキニやのに。なんやねん、男のビキニて。あ、そや、言いたかったのはそのことやなくて。ハチマッチョは角曲がったりして撒いたら大丈夫やでー」


 テカプリがバリケードをどうしようか悩んでいる。サードもほんまKAINAの処分に悩む。


 私を感電させようとしたのは確かだけど、赤ちゃんがいると知りながら感電させるつもりだったことが許せない――。


どうすればこのクズを撮影できるのか。


「あんさん、撮影してくれるんか?」


 先に撮影した場合に反撃されると電撃ペナルティを受けてしまう。こんなの、いつまでたっても撮影できない。ほんまKAINAがやったように完全に身を隠して撮影するしかない。


「用事ないんやったら、とっとと出て行きーや。うちは、ここでしばらく籠城すんねん」


「嘘ばっかり」


「カモのあんさんらがやってきたやん?」


「最低ね! いいわ、次に会ったときは撮影してやるわよ!」


「サード、もうそんな奴放っておいて出て行こう」


 テカプリの意見に賛成した。


 三人で同じ教室にいてもいいことがない。テカプリと部屋を出た。


 ほんまKAINAが二階にいることが分かったのだから、注意しないといけないのはタイタンフレッドとハニー・ガールだけだ。


 氷河は地学教室に入ったままだろうか。


 廊下に出るとがらんどうに広い感じがした。テカプリの労力空しく、ほんまKAINAのためにバリケードを拵えたような形になってしまった。


「バリケード作成は今思えばよくない。氷河くんが助けを求めて来た場合はすぐに開けられないからね」


「そういえば、パソコン室はこの二階にあるわね。どうする? 見に行く?」


「十分の撮影が終わったら確認しに行けばいいとは思うけど、先にどんな様子なのか見てもいいかもね。最悪、僕はお互いが勝てる方法を考えてある」


「どういうこと? そんなのできるの?」


「僕らでお互いを撮るんだ。そして、先に撮った方がパソコンに動画を保存する。二人のどちらかが先に確実にゴールする。デメリットは、このやり方をした場合のペナルティが明言されていないことから、最悪、撮られた方が即感電死もあり得るってこと」


「たぶん、ゲームとして採用するなら即感電死よね」


「僕もそう思う。それか、脱出ヒント動画を観ている最中までは生きていて、観終わったら死ぬとかね」


 サードはため息をついてパソコン室に向かった。廊下は静かだ。数メートル歩くだけなのに、前後を確認しないといけないなんて、息が詰まる――。蛍光灯もなく、あるのは非常口の緑のライトと、非常ベルの赤いランプだけ。いや、青白い灯りが漏れている。パソコン室からだ。


「すぐ使えるように電源を入れてるのね。見に行こう」


 サードはテカプリを促す。


 教室のパソコンは四列になっており、すべてに電源が入っている。パソコンのデスクトップ画面にはフォルダがある。十分撮影したら保存せよとフォルダ名に書いてある。


 しかも、そのフォルダはクラウドで使用できるファイル共有サービスのものだ。ここに、動画を置くだけで、こちらのパスワードを知っている人間は見ることができる。


「こんなの、誰に見せるの?」


「確かに。僕らが撮影することそのものに、娯楽性を求めているのかもね。フォルダに撮影した動画を保存してクリアすると、動画がキラー・ハニーに共有される。ここに逆に僕らが観るための映像ファイルを貼りつけられるのかもね。ゲームの進め方はこれで分かった。二階のパソコン室がゴールだ。何か困ったことがあったらここが集合地点だ」


 そんなに簡単にいくだろうかとサードは首を傾げる。


「タイタンフレッドもここがゴールだってすぐに気づくんじゃない?」


「それはそうだけどね。でも、気にしなくていいよ。サード。もう君はあと一分でゲームオーバーだ」


「え?」


 テカプリのスマートウォッチが淡く光っている。


「今撮影してるの!?」


「ずっとだよ。バリケードを張っていたときからだ。このスマートウォッチは、通常のスマートウォッチより高性能でタブレットくらいのスペックがありそうだ。画面の明かりを最低レベルまで下げて、オート撮影にする。ほとんど暗闇で映っていなくても、相手の輪郭が分かったら自動で撮影してくれる。自動でズームもしてくれるしね。それでも映りが悪すぎる時は撮影が自動で中断して、途中までの撮影時間を表示する」


「なんなの! 守ってくれるんじゃないの?」


「いつ守るって言った? 君がスマートウォッチの機能を確認しないのが悪い。撮影は継続して十分じゃなくても構わないんだ。数回に分けて別の人間を撮影しても加算される。さっきほんまKAINAにも会ったから、あと、三十秒だよ!」


「ちょっとテカプリ。私もスマートウォッチをあなたに向けたら、あなた感電するの分かってる?」

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