ディザスター・ゲーム4
スクリーン側の壁が左右にスライドして開いた。
「あそこ開くんかいな!」
ほんまKAINAが叫んだ瞬間、突風に見舞われた。スクリーンは破れて部屋の中を飛び回る。壁の外にあったのは巨大送風機だ。見た目はマリオとかに出てくる土管そっくりだが、筒の先から送られてくるとてつもない空気量は、風の騒音と共に事務所内の嵌め殺し窓を一瞬で砕いた。
事務所内は書類の嵐となる。キャスターつきの回転椅子が、部屋中を駆け回る。ぶつかるすんでのところをサードの盾は弾いてくれた。
キリンAが何か叫んだ素振りを見せたが、声が聞こえない。
あの巨大送風機はテレビ局が台風や竜巻の再現で使うような機械だ。それをあろうことか屋内で使用している。
入口付近のパーテーションが早々になぎ倒されて一枚飛んできた。テカプリが腕で押しのけようとしたら、思いのほか強い風にテカプリが弾き飛ばされる。
「大丈夫?」
サードは自分の声も聞こえないことに驚く。送風機の回転数が上がった。低音の蜂の羽音みたいな音が身体を押してくる。サードは盾にしがみつく。テカプリは転倒してから起き上がれずにいる。
ほんまKAINAと氷河はそれぞれ別のオフィスデスクに身を隠し、難を逃れているがこれでは誰もゲームに参加できない。タイタンフレッドでさえ顔を歪めている。巨大送風機に一人で立ち向かって行く。向こうに紙があるのか?
キリンAがサードの方に駆けてきて転倒する。さっき言いたかったのは、盾に私もいっしょに入れてだったのかもしれない。
「ごめん、そうだよね。こっち来て」
サードは盾から手を伸ばそうとしたが、盾が風に煽られてできなかった。両手でしっかり押さえないと盾も飛ぶ。
突然動き出したオフィスデスクにキリンAは身体を打ちつけた。顔を顰めている。腰を打ったのかけっこう痛そうだ。氷河とほんまKAINAもオフィスデスクから這い出る。部屋の中は洗濯機状態だ。
残り五十八秒。
一枚目の赤い紙が飛んできた。送風機は壁向こうの小部屋にあり、その小部屋の天井から降ってきたものが飛ばされてきたものだろう。
一番前を陣取っているタイタンフレッドが赤い紙を追いかけて走る。といっても、ほとんど煽られてオフィスデスクに身体をぶつけながらだ。
残り五十五秒。
金属の乾いた音がした。嫌な予感がする。
機械の中から包丁が飛んできた。正確には装置の中ではなく、天井から投げ落とされたものが、風で飛んでくるのだが。
サードは盾の中に顔を引っ込める。
「早くこっち入ってキリンA!」
キリンAは今度はキャスターつき回転椅子に翻弄されている。
「ちょっとテカプリも!」
テカプリは起き上がろうとしてバランスを崩し、そのまま送風機の送り出す風をまともに受けて後方へ飛んだ。
嘘、人も飛ぶの――?
テカプリは後頭部から床に落ちて意識を失う。
残り四十秒。
「取ったぞ!」
タイタンフレッドの馬力や底力には感心させられた。風で動く机の上に乗って赤い紙を手に入れていた。瞬時に絵柄を判断し、大声で入口付近の天井に設置されていたカメラに向かって叫ぶ。
「N!」
絵柄そのものは難しくないようだ。
しかし、後二枚が必要だ。
二枚目が飛んできた。だが、それには包丁がついていた。後方の壁に突き刺さる音がする。氷河が走る。そのすぐ後にまた金属音がした。
「氷河くん、無理に取らないで!」
氷河はサードの声が聞こえないのか、回転椅子を押しのけ壁に手をかける。
金属が飛んでくるカランカランという音がする。サードは盾を持って走った。といっても、盾を引きずっていると言った方が正しい。送風機から氷河の風の軌道上で盾を目いっぱい掲げる。
「うっ」
サードの膝と太もも辺りに飛んできた包丁は弾くことができなかったが、氷河に当たるはずだったいくつかの包丁は弾くことができた。サードは太ももが裂けたので、脚に力が入らなくなる。だけど、今はてこでも動くわけにはいかない。
氷河は安全に赤い紙を手に入れることができた。すぐにカメラに向かって絵柄を叫ぶ。
「時計!」
残り三十秒。
『残り三十秒になると紙が没収されちゃうかも』とキラー・ハニーが言っていた意味が分かった。
三枚目の赤い紙が部屋の中央にペロリと送風機から吐き出されると、途端、送風機は回転数を下げた。サードは急に緩くなった風に戸惑っていると、送風機の音が甲高く音を変えたことに気づく。難なく三枚目をサードは拾い上げたのだが、自身のピンクの髪が逆方向になびくのを感じた。吸い込まれている。逆回転になっていた。
送風機は倒れたパーテーションを吸い始めた。吸い込み口が塞がれたことで吸引力が下がるなんてことはなかった。パーテーションは折り重なったときにパックリ割れてしまう。
サードが叫ぼうとしたが、握っている紙がバタバタと羽ばたく。飛ばされたらおしまいだ。
「ピンク髪! さっさと絵を言え!」
「待って、ほんとに分からないんだもん。鉛筆で薄く書いてるんだよ! これはたぶん。学校?」
「キラー・ハニーに答えを聞かせてやれ!」
「学校!」
口に自分の髪が入る。カーペット上を足が滑り始めた。踏ん張りが効かない。
「ちゃんと言ったか? 扇風機が止まってねぇぞ!」
「今叫んだわよ! 学校よ!」
送風機が吸引機に早変わりしてから、停止する気配はない。タイタンフレッドと氷河はあらん限りに声を張り上げて『N』『時計』と叫んでいるが、ゲームは終わらない。
タイタンフレッドが悪態をついて紙を口に放り込んだ。紙を飛ばさないようにするためか。サードも仕方なく真似する。
ほんまKAINAはオフィスデスクにしがみつくが、またしてもオフィスデスクは動いていく。キリンAが転がっていくので、サードは盾を捨てて手をつかんだ。キリンAに引っ張られてサードも転倒する。
「あぐっ!」
サードの腹は弾けそうなぐらい痛んだ。唾を吐いて呻いた。
しかし、腹をかばっている暇はない。キリンAをつかんだ手を離さないために、顔を顰めて耐え忍ぶ。口の中に放り込んだ赤い紙も出してはいけない。全身の血があちこち駆け巡っているのを感じた。額から汗が噴き出た。
テカプリがほふく前進で来た。そうだ、初めから低い姿勢なら飛ばされたり転倒して怪我はしない――。
残り十五秒。
「あっちだ」
テカプリが指差した。見ればタイタンフレッドをはじめ、ほんまKAINA、氷河の三人は割れて今はなくなっている嵌め殺しの窓の縁にしがみついている。手をガラスで切っている様子だが、飛ばされて怪我をするよりましな状態なのだろう。
サードは腹の痛みを堪えて死に物狂いで起き上がり、キリンAを割れた窓の方へ引く。テカプリも起き上がって引っ張ってくれる。
残り十秒。
オフィスデスクが吸引機に向かって動き出す。吸引機の枠が自動的に外れて、ファンが剥き出しになる。パーテーションをファンがガリガリと削りはじめた。続いて吸引口に引きずり込まれているオフィスデスクでさえ、角から削られるような音を出す。あんな機能、テレビ局で使う送風機についているはずがない。
残り五秒。
サードとテカプリでキリンAを引っ張ったが、二人とも吸引力に負けて転倒した。サードはお腹の赤ちゃんに何度も転んでごめんと泣きそうになる。だが、転倒しても終わらない。床を滑る。カーペットに手をかける。カーペットは継ぎはぎ部分があったので、そこに上手く手を差し込めた。それでも、カーペットごと吸い込まれる。一番引きずられているキリンAが悲鳴を上げる。
残り三秒。
悲鳴が雄叫びに変わる。サードは振り返ることができない。片手で自分とお腹の赤ちゃん、キリンAの体重を支えている。テカプリがキリンAに聞こえるように未だかつてない大声を出した。
「足を見るな! 耐えろ! 命だけはたぶん、助かるから手を離すな!」
「ぎいいいいいいいいいいいいいあああああああああああああ」
キリンAはテカプリの話など聞いていられる状態になかった。サードの手からキリンAの汗ばんだ手がすり抜けた。
――しまった!
サードの手首が内出血するぐらい強く握られていたが、残ったのは彼女の引っ掻き傷だけ。足首に生暖かい飛沫がかかった。
タイムアップ。
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