ディザスター・ゲーム3

 話すこともなくなったので、タイタンフレッドが扉を開ける。


 倉庫、廊下、会議室っぽい部屋、プール、更衣室、廊下ときて、いきなり生活感のある事務所に着いたので入るのに誰もが躊躇ちゅうちょしていた。


 入口の受付を抜けるとパーテーションで区切られており、応接室が現れた。ソファーが二つ向かい合う形で置かれている。そのパーテーションを抜けると、三十畳ほどの事務所に出る。向かい合わせにオフィスデスクが置かれ四席一ブロックとなって、五ブロックある。突き当りは窓になっている。今は真っ黒だから夜で間違いない。キラー・ハニーもこんばんはと言っていたし。

 

 窓が目に入った瞬間、タイタンフレッドが荒い息を吐きながら駆け出した。走ると脇腹から血が滴り落ちている。でも、あの敏捷さは手放しで褒めることができる。


「出せよ! ここから!」


 窓を割らんばかりに両手の拳で殴りつけている。やたらめったら叩くので、これは格闘技選手にはなれないなとサードでも分かった。マスクとマッチョだけが取り柄なのが確定した。


「道具を使ったら?」


 事務所には回転椅子が二十脚もある。キャスターつきだから、威力のほどはあまり出せないかもしれないが。


 ほんまKAINAが部屋を注意深く観察しながら、回転椅子の一つを運んでタイタンフレッドに渡した。お前もやれよというような目線に従うほんまKAINA。二人が力任せに椅子を窓にぶつけるが、びくともしない。


 何度も繰り返すうちに、みんなの絶望が滲んだ。窓は嵌め殺しで、叩く度に壁に振動が伝わっているが、割れる気配がない。脱出の糸口とならないのは、それだけが原因ではない。窓が室内の蛍光灯を反射して分かりにくかったが、外はどうやらコンクリ壁で覆われているのが薄っすら見える。


「地下だ」


 氷河の言う通り、一度も階段を上るという動作をしていないんだから、当然のことだった。だけど、これまで歩んできて出口に近づいてすらいないんじゃないかとサードは不安になり、こめかみの辺りをさする。


「出られないなんて、もう嫌だよ。ログインボーナス逃しちゃってるし、夜六時から始まる二周年イベントも間に合わないよこれじゃ」キリンAが涙声で言う。


 え、キリンAが泣く理由ってスマホゲームなの――。


 また情緒不安定なキリンAの嗚咽が始まった。


「チカちゃんとヤナくんと一緒に裏ステージの大ボス倒そうねって約束したのに」


 ゲームオタクかよ。まぁ、人のこと言えないかとサードは腰の辺りを無意識に触っていたことに気づく。腰にポーチがあれば、そこからスマホを取り出していたところだ。そして無性に、この窓を叩きまくる二人を撮影したい衝動に駆られた。きっと、拡散すればみんな笑ってくれると思う。


「体力は温存した方がいい。それだけやっても駄目ってことは強化ガラスだろうし」


 テカプリが事務所の机をひっかき回してそう言った。


「ほかに出口なんかないだろうが」


「まだゲームは四つしか終わってないんだ。この後も僕は続くと思うね。君が一番血を流してる。サメにやられなかったのが奇跡だと思わないか? それに、さっきの福笑いだって君を狙っていた。自分のゲームが終わったからって油断できないだろう」


 タイタンフレッドは肩で息を切らして、椅子をテカプリに投げつけた。テカプリは慌ててオフィスデスクから離れる。


「何するんだ!」


「いちいち親みたいにうるせぇんだよ!」


「そうか、君は実家暮らしか」


「それがどうした文句あんのか! 筋トレ配信で稼いでんだから無職だ、親のすねかじりだとかニートだなんて言わせねぇぞ!」


 部屋の蛍光灯が全て消えた。


「きゃあ」


 キリンAが叫ぶのでサードも驚いてしまって声を上げる。


 窓の右側の壁にスクリーンが降りて来た。オフィスデスクの一つに置かれていたプロジェクターから映写が始まる。


 お馴染みのハチミツ頭のスーツ男が現れる。


〈やぁ。きみたちも段々とこのハニー・ゲームにハマってきたね? VRゴーグルに締めつけられて死ぬなんて思わなかっただろ? だよね! 血沸き肉躍る体験になったんじゃないかと思うよ。なんといっても、人の不幸は蜜の味だからね。僕が丁寧に幼稚園児並みのレベルの話し言葉でお話しているのは、わかってまちゅか? きみたち誰も聞いてないみたいだからさぁ、もう遠慮せずに話すね。だって、そうだろう? Tのことについては無関心、Tを知らない、忘れた、覚えてないときている。特に罪深いのは悪意ない拡散だよね。自分の行ったことは悪くないと。チョサクケンってコトバ知ってましゅ? チョサクケン。ホントきみたちはコドモなんだから。君らがやってることは著作権侵害だよ。次のゲームでは個人情報ナニソレオイシイノ? 状態のサードにやってもらおうか? いや、みんな同じ穴のむじなだ。全員でこのゲームをやってもらう。ものの絵柄を『特定』してもらうだけだよ。ただし、夏から秋にかけてやってくる日本列島を襲うような、あの状況下でやってもらう。涼しくなって気分も上がるよ! ルールを説明するね。『三枚の赤い紙を拾って、描かれている絵柄を天井の監視カメラに向かって答えを叫べ。残り三十秒になると紙が没収されちゃうかも』制限時間は一分二十二秒。今回のゲームはサードのゲームだけど、制限時間が短いからみんなも協力してね。じゃないとこの部屋から出られる手掛かりの三枚の紙を失っちゃうよ。難易度はご存じの通り上がってるから、血塗れになってでもクリアしてね。あ、違った。血眼にね? 死なないように気をつけて〉


「死なないようにだと? これまで俺達を散々なめに合わせてきて、まだ物足りないらしいな」


 タイタンフレッドは、ぶつりと消えたスクリーンに残った残像に向かって言ったようだ。暗い中で観ていたからサードにもキラー・ハニーの手を振る姿が目に残った。


 部屋の明かりが点く。


「今までで一番短い制限時間よね。私、ティックトックで何をやったんだろう? モミプロジェクトのベビちゃんの本名を公表したことかな。それとも、タニーズ事務所の柳田くんの実家に凸して撮影したのがまずかったのかな……」


 ベビちゃんは女性九人ぐみグループのアイドルの右端の子。タニーズ事務所の柳田くんは十人組男子ダンスユニットの最年少の十五歳。ほかにもサードが追いかけているグループや芸能人、ユーチューバーを含めると十人以上が思い当たる。盗撮、実家に訪問突撃なんか当たり前にやってきた。ファンクラブから除名されたこともあるけど、それぐらいでへこたれたりしない。


 ネット上には誰かの生きた痕跡が絶対に残る。それを砂漠に落ちた針を探すかのように、探して拾い集めるのがファンであったりアンチのやることじゃないのだろうか? もちろん、サードは気に入らない人物の痕跡も追いかける。嫌がらせをすることもあったが、それはファンを裏切った芸能人の方が悪い。サードは自身のネット上の痕跡についても考える。


 何かまずい動画があっても、自分から削除したり規約違反で削除される。今のところアカウント停止処分は食らっていない。食らったとしても、その日のうちに新アカウントを作成するだけだ。


 双子の姉がスマホにかじりつくサードを不思議に思うこともあったが、サードはメルカリに古くなったスカートを出品するのと言うと、姉らはサードがつまらない小遣い稼ぎをしていると子馬鹿にした。思い出すと腹立たしい――。


 タイタンフレッドが歩み寄ってくる。


「どんな動画か思い出せよ」


「やだ、こっち来ないでよ。今まで撮った動画なんて三百以上あるんだから、いちいち覚えてないわよ」


 そのとき、サードのスマートウォッチが激しく点滅した。みんなのスマートウォッチは光っていない。困惑する。同時に、本当に自分のゲームなんだと背筋が冷たくなるのを感じた。


「え、どういうこと。景品って何」


【先ほどのゲームの高得点者であるサードには景品として、盾が送られます】


 盾とはスポーツ大会の表彰式とかでもらう、あの盾のことだろうか。


 スマートウォッチが矢印を表示した。サードが腕を動かすと矢印の方向が変わる。方位磁石のようにコンパスとなっている。それを追って歩くと、テカプリがついてきた。


「どこ行くんだ? それはまさか、キラー・ハニーからの指示?」


 無言でサードは入口付近の二ブロック目の机にたどり着く。四席それぞれにあるパソコンのうち一台がスリープ状態だが、画面が起動していることに気づく。

 画面には、


『四ケタのパスワードを入力して下さい』の文字が。


 そんなの知るわけがない。サードがスマートウォッチを確認すると、矢印は微妙にパソコン画面の方には向いていないと気づいた。この席のオフィスデスクを指している。引き出しは右に三つ。鍵が開いており、上段には何もなし、中段もなし、下段に……。あった。ほんとに盾があった。


 困惑しつつサードはその盾を持ち上げる。折り畳み式だ。広げると顔から足まで隠れる。一メートルの長方形になり、結構重い。五キロから七キロ。一番小さいサイズのお米ぐらい。どこかで見たことがあるような形状。刑事ドラマとか映画で観る機動隊やスワットが突入時に持っている盾だ。


 こんな本格的な盾を景品にするって、最初のカメラのゲームで必要だったのではないか。また銃で撃たれるんだろうかとサードは足が竦む思いがする。


 その瞬間、全員のスマートウォッチが赤色に明滅する。ゆっくりとした光は踏切の警報灯に思えた。


 一分二十二秒のカウントダウンが始まる。

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