第五章 ディザスター・ゲーム
ディザスター・ゲーム1
前回の福笑いゲームで、みかんのここ♡がVRゴーグルにより顔面陥没という凄惨な死を迎え、ゲームの参加者はサード、テオナルトテカプリコ、氷河、タイタンフレッド、キリンA、ほんまKAINAの六名となった。
次の部屋へと続く扉が自動的に開いても誰もしばらくは動けなかった。
「行こうよ」
氷河が促す。サードは床に飛散したみかんのここ♡の頭部を見ないように、ロッカーを凝視する努力をしていた。キリンAに至ってはしゃくり上げ、
「……そうだな。うるせぇガキもいるしな」
タイタンフレッドは一言余計だ。
更衣室を出るタイタンフレッドに、サード、テカプリ、氷河が順に
「いい加減にして! あなたのせいで死んだんでしょ!」キリンAが拳を握って振り上げた。これまで、誰かを平手で叩いたこともないような細い腕が震えている。
「なんでや、誰かが代わりにゲーム負けたったら済んだ話やんか!」
キリンAは座り込み耳を塞いで泣きだした。
「泣かんでも。そ、そや、サードはんはなんでキリンAのために負けたらへんかったんや?」
「そんなことできるわけないでしょ」
キリンAが不服そうに見つめてくるので、サードは早口で続きを話す。
「私だって怖かった。でも、ほんまKAINAみたいに誰かを蹴落とす真似はしてないわよ。元はと言えばほんまKAINA、あなたがみかんのここ♡を巻き込んだんでしょ」
「文句言いなや! あんさんは、自分の命が惜しいんやろ。他人と自分の命の重さが同じやと思うか? ちゃうやろ。自分の命が世界で一番大事や。心でそんなこと思うたことない思うやろ? 無意識に思うてんねん。それをやな潜在意識言うて……」
「そんな洗剤だかなんだか知らないわよ!」
「いい加減にしてよ二人とも。私、もうゲームリタイアしよう」
耳を塞いでいたはずのキリンAが、いよいよ支離滅裂なことを言い出した。
「できるわけないやろ。電撃食らって本当に殺されるで」
「クリアなんかしたくない」
怒り出すキリンAを氷河が宥めた。
「落ち着こう。三人ともやめて、早く出た方がいい」
サードは氷河に引っ張られ、キリンAと向き合う形になった。キリンAはサードのことも批判したいと顔に書いてあったが、適切な罵り文句を見つけられないでいる。
ほんまKAINAは氷河の颯爽と歩く姿を
「氷河はん? あんさん、なんでサードはんの肩持つんや?」
実際肩を支えられていたけれど、そんなの氷河くんが優しいからに決まってるじゃない――?
「それは、妊婦だから」
「え、そこ?」サードは心底がっかりした。氷河ならサードを守る理由に、優男の甘い言葉が滲み出る解答をすると信じたかったのかもしれない。
「そこ大事じゃない?」
サードは男ってこういうものなのかなとも思った。少なくともサードを孕ませて、遊びだったからなかったことにしたいと言い続けたパートナーよりはマシか。
サードも自分が望んで妊娠したわけではない。でも、堕胎という選択肢はなかった。敬虔なキリスト教徒でもないが、どこかから恵んでもらえた、与えられた命を自分勝手な理由で中絶するのは何か違うと思った。
この何が違うのかは未だに分からないが、自然な行いではないというぼんやりとした認識がある。自分の身体のことなのに、膣は自分のものではなくて自然界の所有するもののように感じている。
「……うん。大事だよね」
赤ちゃんは私ではなく自然が勝手に私の中から生み出そうとしている。だけど、私の一部でもあるとサードは微笑を浮かべた。私は何がなんでも生き残って赤ちゃんを産んでみせる。母や理解のない双子の姉にはできなかったことをやるんだ。学生には子供を育てられないなんて言わせないんだから――。
ここに捕われたのは、決して偶然じゃない。キラー・ハニーは人として未熟な者たちをプレイヤーに選んでいるのかもしれない。
動画を撮影したことや拡散したことは大した問題じゃない。日本全国、今は迷惑動画だらけだ。動画なんて有名ユーチューバーでない限りは、お小遣い程度の金にしかならない。再生数稼ぎに命を賭けても、億万長者になれるのは一握り。それなら、人気を得るために法律を犯しても仕方がない。そう、動画拡散は一つの方法だ。未熟な者たちの自分を試す方法。あるいは、他者にどう見られるかを試す手段だ。
悪事をせずに人間は生きられない。そんな純白の心を持ったまま大人になれるわけがない。大人が思うよりずっと、子供は汚れている。どうせ大人になって汚れるのなら、今から世間の汚さを知っていてもいいはず。
人間の汚さ、夢より金の方が大切だってことは、学校じゃなくてユーチューブやティックトックが教えてくれたんだから仕方がない。
次の部屋へはしばらく下り階段が続いた。踊り場に蛍光灯がある以外はほとんど真っ暗だ。
サードは悪寒が背中を這うのを感じる。ここは処刑場か、
私はゲームなんか怖くないはずなのに――。
撮影した動画で問題があったとすれば、削除された動画の中にあると思う。削除されているので、何を撮ったのか思い出せないが。
テカプリと氷河が背中をさすってくれる。この頃には泣き止んだキリンAも手を握って励ましてくれた。
「大きく吸いこんで、ゆっくり吐き出して」
「陣痛じゃないんだから、まだ息まないわよ」
「でも、落ち着くと思うから」
年下に励まされてなんだか調子が狂う。サードはキリンAを押しのけるようにして階段を降りる。
また扉だ。今度の扉はステンレス製で窓から屋内の様子が見える。事務所のような場所だ。
ドアノブにタイタンフレッドが手を伸ばしたとき、スマートウォッチが点滅した。連絡帳の更新だ。そう言えば、さっきのゲームの結果発表後にみかんのここ♡の素性が明かされていなかった。
「ドアを開ける前に、ちゃんと見た方が良さそうだな」
タイタンフレッドが珍しく良いことを言う。やはり、さっきのみかんのここ♡の死に様が脳裏に焼きついて離れないのだろう。あのゲームはタイタンフレッドのために用意されていたのだから、全く参加しなかったことに後ろめたさを少しは感じたのだろうか。
全員でスマートウォッチの連絡帳を確認する。
【みかんのここ♡=ほんみょう
【VRゴーグルにより、ずがいこつふんさいこっせつ、
【とくちょう 男子がくせい
かみのいろ くろ 短髪
ネカマ野郎。リアルでもカマ野郎くそくらえ
実はママ活をしていた。儲かるらしいね! ヨイコハマネシナイデネ!
【第三のどうがをみて、第四のどうが『トイレの汚水舐めてみ?』五分一秒。三十万回再生。を撮影】
【※ここまで来たらもうノーヒント! それぞれの心にTの影があるはずだから。それとも、それすらも忘れているのなら、全員ここで死ねばいい。Schadenfreude macht sich breit】
第四の動画のタイトルが出た。『トイレの汚水舐めてみ?』って、本当にやるのだろうか。サードはこのタイトルなら自分も気になって動画をクリックしてしまうかもしれないと思った。ほんまKAINAは先ほどからニヤニヤしていて気持ち悪い。この文面のどこに笑う要素があるのだろう。
「うち、最後のドイツ語読めたで」
「ドイツ語だったんだ」
サードは感心する。ほんまKAINAはドイツ語圏のハーフだろうか?
「なんや、疑い深いなぁみんな。おかんは、アメリカ人。メアリー・ローズ・ガル……。黙っとくわ。親父は……関西人や。お、もう一つ分かったことあるな。個人が特定されへんかったらビリビリされへんで? おかんのフルネームいけるかもしれんな。キラー・ハニーはん。ちょっと甘いんちゃうか? それとももしかして今、カメラから席外してトイレ行ってんのか?」
ほんまKAINAは廊下内のカメラを探した。次の部屋のドアを向いて設置されている。
「きっと、ゲーム状況を見て、言われたらまずい言葉を発したとき感電させられるんだよ」
テカプリの説明にキリンAは両手で自分を抱えるように腕を組み、ほんまKAINAを睨んだ。
「なんや。うちばっか見て。なんも出ぇへんで。飴ちゃん持ってたけど、ここ来る前に没収されとったわ。嘘や嘘や。いくら大阪人でもおばはんみたいな真似はせぇへんわ。でも、今はグミ流行ってんねん。ここ脱出できたらグミちゃんあげよか?」
「何がしたいの?」
キリンAが低い声を出す。サードはもっとやれと思った。自分の代わりにほんまKAINAにガツンと言ってくれるのなら応援する。キリンAがほんまKAINAに口で勝てるのか知らないが。
「なんも? うちは、ここから出たい。それだけや」
「出てどうするの? 明日から普通に学校行ける?」
「なんやなんや。うちは正城高等学校で、あさピクはんとみかんのここ♡はんが行ってた学校に通ってるんとちゃうんやで?」
「学校ではいじめ動画を撮影した?」
「なんで学校で身元がバレるような動画を、撮影せなあかんねんな」
「身元がバレないような撮影ならいいんだ?」
「あのな、一つ忠告しとくわ。キリンAはんもここで捕まってるってことは、程度の差こそあれシャーデンフロイデ仲間やろ?」
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