第四章 ラフ・ゲーム
ラフ・ゲーム1
焼肉公爵がサメに襲われ死亡し、ゲームの参加者はサード、テオナルトテカプリコ、氷河、タイタンフレッド、キリンA、ほんまKAINAの六人にみかんのここ♡が加わったことにより、残り七名となった。
プールサイドの開いた扉を出ると、そこは更衣室だった。男子更衣室か女子更衣室なのか分からないが、シャワーがあったので海水でべたついた髪をサードは洗うことにする。
「おい、ピンク髪。自分だけ綺麗になろうってのか?」
「私はサードよ。名前ぐらい覚えてタイタンフレッドさん。それに、海水をよく洗い流さないと赤ちゃんが感染症になったら大変だから」
「ご立派なママさんだな。気取ってるだけかと思ってたぜ」
「悪い? 形から入るって言うでしょ」
「ほぉ。それで男とヤルことが形になるってか」
タイタンフレッドは誰にでも何か言いたいのだ。今度は氷河に歩み寄り、自分のスマートウォッチを見ればいいものを、氷河の腕を捻って覗き込んだ。
「ずっと気になってたんだがよ。てめーは、何の配信者だよ」
「ぼ、僕は……」
口ごもる氷河は、心なしか冷や汗をかいているように見える。
「僕は美術部だから、その、なんていうか、裸体を描かないといけなくて……」
「女の裸か。やるじゃねぇか。ポルノ優等生って命名してやるよ」
サードは、氷河もただのその辺の男子と変わらないじゃんとがっかりした。
ぎゅっと服を絞って冷えた身体をさすった。乾いたタオルなんかここにはないか――。
「で、女には撮影の許可は撮ったのか? それとも、盗撮か?」
「それは……。言ってどうなるんだよ。もう僕の動画は通報されてなくなったし」
「ないだと? 削除されたってことか? はーん。第三の動画は削除されているって書いてたよな、確か。てめーがこのゲームに俺たちを巻き込んだんだな! 優等生ぶりやがって」
タイタンフレッドの剛腕にあっけなく氷河は殴り飛ばされる。彼の頬骨が鈍い音を立てた。キリンAが悲鳴を上げる。サードは慌てて氷河に駆け寄る。
「いい加減にしてよ暴力男! 氷河くんは私を救ってくれたのよ!」
「んなもん知るか」
「まぁまぁ、そんくらいにしいや。タイタンフレッドはん。女の裸ならまだかわいいやんか。もしかしたら、同年代の男子生徒の裸でも撮影してたんちゃうか?」
関西のギャグにしてはきつすぎる。いや、ハーフだからブラックジョークも入ってる? サードには理解できない。
氷河は何も答えない。その血色のいい肌から血の気が引いていき、さらには表情までがすっと消え、能面みたいになった。ほんまKAINAとタイタンフレッドが唇の端を歪めて下品に笑う。この二人、明らかにおかしい。プールに入る前には確かにいがみ合っていたが、はじめから旧知の仲とでもいうように和やかなのだ。いつ結託したのか。
「あなたたちだってホモなんじゃないの」
サードは氷河を助け起こしながら、喧嘩を売ってやった。
「何だってクソ女!」
「落ち着きて。あんなアホ女ほっといても死ぬって。妊婦やで? 最期まで生き残れる思わへんわ」
「アホって言ったの? 私はね、こう見えて『
無意識に見栄を張ってしまったサードは、自分に幻滅する。お嬢様学校と呼ばれたり、宗教学校と呼ばれたりもして、サードが唯一誇れるものだった。ちっとも好きではない母校を知名度だけで自慢してしまった。
「意外といいとこ行ってんのかい。あんな上品なとこ、サードはんは合わへんのちゃうか。ぷすすっ」
屁みたいな笑い声を出されて腹が立った。殴ってやろうかと思ったが、テカプリがサードに耳打ちする。
「僕らが泳いでいる間に、先に着いた二人だ。わずか一分ほどの間に親密になったのか」
「そうかも」
二人はお互いの共通点を見つけたのかもしれない。でも、それは誰にも言えないような事柄なのだろう。タイタンフレッドはあえてほんまKAINAを見ないようにしているあたり、白々しい。
更衣室の湿った空気とカビや排水溝の生臭さで、最近はめったに感じることもなくなっていたつわりが起きた。口の端に血が滲んだ。電撃で内臓を傷めているに違いなかった。
「あら、ここでもゲームをするのかしら。もうあたしの番は終わりだから、次はあんたたちの誰かが死になさいよ?」
みかんのここ♡が調子に乗っているのに、誰も怒らない。それだけみんな疲れきっていた。
みかんのここ♡が今入って来た扉が開かなくなっていることに気づく。更衣室には奥にも扉があったが、そこも施錠されていた。
「こんなとこで休憩なんかするからじゃねぇか!」
「あたしに文句言わないで。それよりちょっとちゃんとスマートウォッチを見なさいよ。情報が更新されたわ。きっと、これを読ませたいのよ」
全員の連絡帳が更新されていた。
【焼肉公爵=ほんみょう
【サメにかまれたことにより、ふくすうの
【とくちょう 男子がくせい
かみのいろ くろパーマ
ミーナ
【第一のどうがを、かくさんした】
【※ゲームのヒント。第一のどうがは十二分五十七秒】
【※ゲームのヒント。第二のどうがは九分十秒】
【※ゲームのヒント。第三のどうがは一分二十二秒】
【※ゲームのヒント。第四のどうがは五分一秒】
【※ゲームのヒント。第五のどうがは八分二十三秒。『クマゲーム』により、どうがをとった、二人は死んじゃったよ。第五のどうがは第四のどうがと、ほとんど同じときに作られたから、どちらを第四、第五とするのかは重要じゃないよー】
ここにきて大量の情報が入った。
「やだ、動画ってそんなにたくさんあるの。ここにいる人数とも合う?」
みかんのここ♡が妙に鋭いことを聞いた。今この場にいるのは六人だ。動画は五つ。
「でも、動画って言うけど、肝心のその動画を私たちは観てないわよ?」
テカプリに睨まれた気がした。サードは何かまずいことを言っただろうかと慌ててお腹に手をやる。私がやるべきことは赤ちゃんを守ることだけだ。謎の沈黙に包まれる。サードは仕方なしに音頭を取る。
「ちょっと、みんな黙らないでよ。……まさか、私たちが撮影したものに、この馬鹿げたゲームの主催者は文句を言いたいわけ?」
「そうやろな。うちは心当たりあるし、寄生虫食わされたゲームはあほみたいに制限時間が長かった。十二分五十七秒。あれはうちが作った動画のうちの一つなんやろうな。いちいち、何分何秒の動画作ったったわーって覚えてへんがな」
ほんまKAINAがにべもなく言う。寧ろ胸を張っているようにも見えて薄気味悪い。本当は自分の作成した動画の中で、今回のゲームとの繋がりを見出していはしないだろうか。
「寄生虫を食べるゲームの制限時間が第一の動画の再生時間と同じってことなのね? じゃあ、あなたが何を撮影したか教えれば全部解決じゃない! 自分で人に見せられないと思ってるから言いたくないんだろうけど、自白すればゲームは終わるのよ」
「自白てなんやねん。いい気になりなや。あんたらは悪いけど、終わってないで。うちは自分の動画に対応するゲームをクリアしたんや。あんたらが無理やりうちに食べさせたおかげでな」
言い方が嫌らしい。
「この中で終わっていないゲームがあるってことになるのかい?」
テカプリがゲームを整理する。
「いいかい。自分のゲームは終わったと思う人はいるか? え、まさかいない? みんな認めたくないのは分かるけれど。じゃ、説明だけにするよ。最初、僕らとは直接関係のない地下駐車場のクマ事件。あれが、第五の動画を撮影した学生二人だ。恐らく、その動画の内容が『
ほんまKAINAが、わざとらしく今初めて知ったというような顔をしている。完全に開き直っていて、テカプリの推理を馬鹿にしていた。
「君は自分のゲームが終わったって言ったから、余裕をかましているんだろう」
「せやな」
「ムカツク」
「サード、あんまりあからさまには言わない方が」
「ええでええで。サードはんも、ゲームしたら自分がどんな動画作ってきたか思い出すんとちゃうか?」
「はぁ? 私は作るのより……追っかけしてる方が楽しいのよ」
「どうやろなぁ。え、追っかけやと? 次のゲームで何かを追いかけなあかんとか嫌やで。変な動画撮ってないこと祈っとくわ……」
急に青ざめるほんまKAINAだが、それも演技くさい。
「テカプリ、続きは?」
氷河に促され、テカプリが考えをまとめた。
「どんな動画か分からないが、ゲームとそれぞれ撮影者が対応していると考えられるんだ。第一の動画を撮影したほんまKAINAが寄生虫を食べる羽目になった」
「それはあんさんらが、無理やりやったんやろって」
「悪かったと思ってる。少し黙っててくれ! このゲームは強制参加だ。誰もやりたくてやってるわけじゃない。第一の動画と第五の動画に対応するゲームが終わったとして、残るは第二の動画から第四の動画だ。誰が撮影し、どんなゲームが予測されるのか。さっきのサメのプールのゲームはみかんのここ♡くんを名指ししていた。恐らく五分一秒の何かを君は撮影した」
みかんのここ♡は、理不尽よと言って顔を赤らめた。
「五分ぐらいの動画なんていっぱい撮ってるわよ。みんなもそうじゃない? 動画の本数なら、ショート動画なんか百ぐらい撮ってるし。どの動画に文句があるのかはっきり言いなさいよハチミツ頭! どうせどっかで見てるんでしょ!」
キラー・ハニーの声が応えるはずもなく、みかんのここ♡の荒げた鼻息だけが聞こえる。
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