ラフ・ゲーム2
「学校内で撮影した動画――。そういうのはないかい?」
「あら、やっぱりいいところの大学に行く人には分からないの? 今、公立高校ってスマホ持ち込み可能なの。私立高校だと禁止のところが多いけれどね。だから、休み時間なんかみんなでグループチャットしたり、お互いを撮影し合ったりなんてしょっちゅうよ」
「それで、撮影時間が短いんだ」とキリンAが難しい顔をする。自己を顧みるような反省の色が伺える。
「学校内を撮影したとなると、考えられるのは同級生を撮影したときにトラブルがなかったか。例えばいじめとか」
「そんなのあるんじゃない? あたしはぶっちゃけると、どこの学校でもそういうことやってると思うわ」
みかんのここ♡が微笑を浮かべたのを見て、テカプリは確信したように少したじろぐ。
「いじめ動画を撮影したんだな?」
「だったら? あんたはどうなのよ? 映画撮ってんでしょ? ヤバイもの撮ったんじゃない?」
自分に跳ね返ってきた言葉にテカプリは苦悶の表情を浮かべる。疾(やま)しい人間しか連れて来られてないじゃんとサードはテカプリにも幻滅する。いや、はじめから期待などしていない。
「なんや、いじめなんか。もっとおもろいもん撮りーや」とほんまKAINAが茶化す。
「でも、僕の映画にいじめのシーンはないからな。樹海や、自殺の名所なんかは足を運んで撮影したけど。それともほかに何かあるのか。許可なく無断で廃墟に踏み入ったこととか? 他校の生徒を肖像権の確認もせずに撮影したこととかか」
「おほっ。めっちゃヤバイじゃないのよ、それ」とみかんのここ♡が何故か喜ぶ。
「依頼料も、取材費も得られなかったんだ。僕はプロの映画監督になるためには手段を選ばない。映画祭を通ればそれでいい。指摘されたら削除するつもりだ。僕だってまだまだ無名だ。批判するような人間が現れてはじめて、アンチにまで僕の名声が轟いたってことになるだろう?」
キリンAが怖がって距離を置いていく。もう誰とも話したくないらしく、ロッカーの一つを何気なく開け、中の物に驚いて悲鳴を上げた。
両腕を跳ね上げて胸の前で組み、小走りにサードの方に駆けてくる。純粋に女子がほかにいなかったからだろう。
「ちょっと何よ」
「血いい! 血が!」
キリンAは半泣きになる。勢いよく開け放たれたロッカーの扉は、隣のロッカーに当たって閉まり始めている。
躊躇することなくタイタンフレッドが中を見る。
「肉片だな」
黒い血にまみれてスチールの底面に張りついていたのは、筋が混じる手のひら大の肉だ。鮮度が落ちて茶褐色に退色している。
「ほかのロッカーも開けるべきかしら?」
みかんのここ♡に言われるまでもなく、好奇心に駆られた怖いもの知らずのタイタンフレッドは隣のロッカーを開け放つ。そこには何もない。
「ほかにもあるはずだ。探せ!」
「あなたに命令される覚えはないんだけど」
サードは愚痴りながらロッカーを開ける。キリンAが嫌がったので叱っておく。
「私だってやりたくないんだから。ちょっとはゲーム参加者らしくしてよね」
「こっちに誰かの歯があるで! う、うわあああああああああ!」
ほんまKAINAが両手で隣り合う二つのロッカーを開いたのが災難だった。片方は、歯だったが、もう片方には黒い髪の束が入っていたので、貞子に遭遇したかのように飛び上がって驚いた。
「冗談じゃないで! ほんま!」
長い黒髪なんて、平時でもロッカーに入っていたらサードも飛び上がって、二度と更衣室に足を踏み入れない自信がある。
だが、確認しないことには始まらない。サードはキリンAを顎で使うことも考えたが、最年少ということもあって、これ以上泣き喚かれるのは面倒だ。泣きたいのはこっちなのだから。スマホがこんなに長時間手元にないことは、ここ数年なかった。誰かにこの悲惨な状況を伝えたい。そうすればSNSの力で絶対に犯人を特定できる。犯人を見つけ次第、拡散してやるんだから――。
ロッカーは四百ほどありそうで、その全部に
ロッカーはゴルフバッグも入るような縦長のものと、ポーチや手提げカバン一つ入ればいいような小さい二種類があるが、今のところ小さいロッカーの中からしか人間の身体の一部は発見されていない。肉片は最初こそ鮮度の落ちた牛肉だと思う努力をしたが、今では誰も口にしないが人肉ではないのかと疑っている。
次々扉を開けながらサードは、これが誰のゲームなのかと考える。今分かっていることは、プレイヤーが過去に撮影した動画の再生時間に基づいて、ゲームが行われているということ。それから、グルメ配信をしていたらしいほんまKAINAが、寄生虫の悪食を強制させられたことから動画の内容もゲームに関わってくる。ほんまKAINAに至っては、動画を特定しているみたいだ。
サードには誰かを追いかけ、情報を拡散した過去が山ほどある。そういう動画も同様に存在する。いずれ自分の番が来るなんて考えたくはなかった。
次に奇声を上げたのはみかんのここ♡だ。
彼が開けた縦長のロッカーに、遺体が入っていたのだ。顔から血を流している。いや、血じゃない。皮膚が剥がされ筋繊維や骨が顔のあった部分で凹凸になっている。つまりは顔がない。顔面、頭部の皮膚が剥がされた状態で、眼窩(がんか)には眼球がなく、代わりに目玉とくっついていたであろう視神経を内包した眼筋が、ミミズみたいに飛び出ている。
鼻は鼻骨ごと削ぎ落とされ、蛇の鼻みたいに小さな穴が空いているだけ。
唇がないため、歯茎は剥き出しでそのまま頬骨まで見える状態だ。歯もところどころ引き抜かれており、櫛の歯が欠けたようになっている。
両耳も欠損し、頭皮もなく、頭蓋は血とリンパ液で赤と黄色にてかっている。前頭骨の中央、眉間があったと思われる箇所には銃創がある。
制服は忘れようがない、みかんのここ♡と似たデザインの黒のブレザー。間違いなく壁方寺学院高等学校の制服だ。年恰好から見て、ドローンに見つかって射殺されたあさってのピクルスの遺体に間違いなかった。
サードも叫びそうになるのを堪えた。叫ぶと身体が重く感じるし、赤ちゃんにも悪いと思った。
キリンAはヒステリックに泣き叫び、自分も殺されるとサードに訴えかける。
「殺されるって何よ! もう二人死んでるんだからね。自分だけ殺されると思ってる? このゲームが続く限り、みんな死ぬのよ!」
「酷いね」
氷河がキリンAを庇うので、そんなお子ちゃまは放っておけばいいのにとサードは鼻を鳴らした。
「あら、銃創があるじゃない。測らせて。うーん、一センチほど? 警察が使う拳銃が三十八口径だから、えーっと約九ミリでこれぐらいの大きさの傷になるわね。この子があさってのピクルス? 顔がないんじゃ初対面みたいなもんよね。可哀そうに」
みかんのここ♡は探偵役を買えたことに胸がときめいているようだ。タイタンフレッドがそれぐらい見れば分かるとか言い出した。
天井からプロジェクターとスクリーンがセットで降りてくる。すっかり見慣れてしまったが、キラー・ハニーは顔の部分のハチミツ瓶の上にあるハニーディップを口に当たる部分に運び、口がないことに気づいて慌てふためくというパントマイムコントをしていた。が、自分が撮影されていることに気づくと、ハニーディッパーをハチミツ瓶の上に戻した。
〈やぁ。ゲームは楽しんでもらえてるかな? え? 楽しくない。うっそだー! だって、きみたちはヤバンジンだしバンゾクだから、こういう、人が不幸な目にあうゲームなんて、いきをすうようにニチジョウの一コマとして楽しめるはずだよ? きみたちは、たにんの不幸をキョウジュして生きるカテにするんだ。人の不幸はミツのあじ。ドイツ
ゲームマスターことキラー・ハニーは早口で言った。録画映像だとしたら、このゲームの展開の予測を上手く立てている。誰がどういうことを言うのか予測して、何パターンかあらかじめ録画しているのかもしれないが。
サードはタイタンフレッドがゲームの主人公であると聞いて安心しきった。できるだけ関わらないことに決める。
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