グルメ・ゲーム2

「おい、制限時間なんてさっきのゲームにはなかったじゃねぇか」と、タイタンフレッドが額に癇癪筋かんしゃくすじを浮かび上がらせる。


「タイタンフレッドくん。よく気づいたね」


「伊達にコピーライターやってねぇよ」


「それにしても、変な刻限だ。普通、分かりやすく分単位で、秒は足切りするだろう?」


 十二分以上も余裕がある。慌てているのはほんまKAINAだけだ。


「腹減って死にそうやけどな、頼むから寄生虫メシだけは勘弁してや! あんたら、監禁何日目や?」


「僕らは今日きたばかりです」


 素直な氷河にサードは、流石と頷く。氷河とは視線は合わなかったが、そのそっけなさも気に入ってきた。


「はぁ? ほんまか?」


 そこ『ほんまかいな』じゃないんだ――。サードはハーフの少年をまじまじと見つめる。落ち着きがなく、隙あらばこちらに視線を投げかけ、窓ガラスさえなければマシンガントークをしてきそうなチャラい雰囲気を感じた。直感で、自分とは似て非なる人種だが、面白いことについてはとことん追求しそうっていう意味では仲良くなれるかもしれないと思った。少なくともあさピクよりはとっつきやすそうだ。


 ただ、窓越しということもあって声が聞き取りにくい。


「ほんま堪忍してーや。うち、もう丸一日ここにおんねん! 眠らされたから、やっと出れたと思ったらこんな狭いとこやろ。さっきの方が広かったわ。アホみたいに綺麗なトイレ完備されてたしな」


 氷河は不思議そうに問う。


「ということは、ゲームマスターは君を特別視しているんだね」


 突然全員のスマホが点滅した。ほんまKAINAのも含めてだ。


「きゃあ!」


 電流が全身を走った。サードだけでなく、テカプリ、氷河、電流を流されるのは三度目のタイタンフレッド、ほんまKAINAも。


「うぅ、赤ちゃん……」


 赤ちゃんはあまり動かない周期に入っている。サードにとっては自分より心配な存在だ。手足を動かすのもままならないほどの電気を身体に受けて、赤ちゃんに何かあったら――。


「……制限時間」


 テカプリが呟く。制限時間に余裕はあるけれど、早くメニューを選べということだろう。


「制限時間なんか意味ないじゃない! 向こうはいつでも電撃を加えられるってことでしょ?」


 床で伸びているタイタンフレッドが歯を食いしばって起き上がる。


「……くっ。いくらなんでも俺ばっかり、あんまりじゃねぇか。なんでもいい、メニューを押すぞ」


「は!? あんさん何言ってんねん! 待ってーや! いくらうちがグルメやからって寄生虫は無理やわ!」


「グルメなのか。貴様はどんな学生なんだ? 見たところ、『壁方寺学院高等学校』の生徒でもなさそうだしな」


「な、なんやその変な寺みたいな名前の学校は。聞いたことないわ。そんな有名高校でもないやろ。てか、自己紹介せなあかんのか? うちは、公立の『正城せいじょう高等学校こうとうがっこう』二年のウィリアム・カイナ・かん……ぎぃあああ!」


「ははは」


 タイタンフレッドが手を叩いて笑う。


「わざとやったのか?」テカプリが困惑する。


「あいつウィリアムかいな? ってか。いいじゃねぇか。ゲームマスターも電撃で殺す気はないだろ? 俺だけ三度も感電してるのが馬鹿みたいでよ」


 ほんまKAINAは今の電撃ペナルティで、口から泡を吹きだして気絶してしまった。当然ドア向こうの彼を揺すり起こせるわけもない。


「ちょっと、これ、まずくない?」


 サードはぴくりともせず、床に伸びるほんまKAINAを凝視する。キリンAと焼肉公爵がおーいと声をかけるが、反応はない。


 すると再び電撃が襲ってきた。全員が膝をつくような痺れに、床に折り重なって倒れた。


 サードはお腹の赤ちゃんを守ることに必死だ。流産したらどうしようと、苦痛の中でも歯を食いしばる。


 電撃が止むと、熱を帯びた額から噴き出た汗がすぐに蒸発した。それほどに火照っている。熱い。全身がひりひりする。皮膚が赤くなっていた。火傷しているのかもしれない。マラソンでも完走したかのように動悸が激しくなる。全身の筋肉が痛む。こんな電流を何度も流されたら、今は平気だったとしても赤ちゃんが死ぬ。サードは意を決して、スマートウォッチに触れる。


「何するの?」最年少のキリンAが咎めた。


「あの気絶してるほんまKAINAに食べさせるのよ」


 サードの喉は渇いて声がかすれた。感電すると脱水症状にでもなるのかもしれない。頭が熱いのに汗が噴き出ない。サードは苛立って言葉を継ぐ。


「私たちが酷い目に遭うなんて理不尽じゃない」


「あの」


 氷河が何か言おうとした。サードははじめて氷河に話しかけられて気まずい。理不尽な状況下に置かれているのは、ほんまKAINA一人だけではないと分かっている。でも、押さないと、赤ちゃんの健康状態が心配だった。


「この中で一番、マシな寄生虫ってどれ」


 サードは氷河を頼ったが、幻滅したように悲し気な表情を浮かべられた。ちょっとムカついた。


「なに? 選ばないと、みんなずっとここで十二分間のたうち回ることになるのよ?」


「サードの言うとおりだ。氷河くん。何かしら選ばないと。この中では、こうちゅうとアニサキスは体内に入れば短時間で不調をきたす。鉤虫は血管内を移動し、肺、気管支、咽頭まで達する。もしくは、小腸内で成長して吸血するんだ。アニサキスは生魚によくついてるから見たことがあるかもしれないけど、食後十時間ぐらいでみぞおちに激痛が走り、嘔吐する。一方ハリガネムシが人間に寄生するのはごく稀だ。本来は無脊椎動物にしか寄生しないからね」


「じゃあ、ハリガネムシ一択じゃない!?」


 誰もうんと言わなかった。サードは次の電撃がスマートウォッチから放たれるのを恐れて、メニューをタップした。


 ほんまKAINAの部屋のベルトコンベアに『ハリガネムシ入り冷製トマトスープ』が運ばれてきた。親切にれんげも添えられている。ここで、サードたちのいる部屋にも壁に穴が空き、ベルトコンベアが現れた。同じ食事が六人分運ばれてくる。ほんまKAINAが失敗したときには、全員で一つの皿ではなく、全員が一皿食べなければいけないのだろう。しかも笑顔で。


 ほんまKAINAが意識を取り戻した。気まずい瞬間が訪れる。最悪の寝起きだろう。まるでサードがやったと分かっているような疑り深い表情で、窓越しに睨んでくる。


 残り時間はそうこうしているうちに十分を切った。


 一気飲みする必要はないが、オリーブオイルとトマトの交じり合ったオレンジのスープに、白や黒のハリガネムシが麺のように浮かんでいる。


 全身の毛が逆立つような嫌悪感に、身震いする焼肉公爵や、嗚咽を漏らすテカプリだが、それは無理もないことだ。寄生虫の長さは二十センチから三十センチもあり、一同愕然となった。


 ほんまKAINAはベルトコンベアが『ハリガネムシ入り冷製トマトスープ』を中央に配して停止したのを、まるで自分は関係ないとでもいうように冷ややかに見つめている。


「よく噛んで食べれば、万が一にも寄生されるって心配はないだろうぜ。歯ですりつぶして殺せば、多少食べやすくなるだろうよ」


 タイタンフレッドの具体的なアドバイスがほんまKAINAの逆鱗に触れた。


「噛めってなんやねん! ふざけんなや! うちができひんかったら、あんさんも食べなあかんねんで。分かってんのか? どアホ! わざと残したるわ! こんな気色悪いもん、うちだけが食べなあかんってなんでやねん!」

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