第二章 グルメ・ゲーム
グルメ・ゲーム1
あさってのピクルスがドローンに銃殺され、ゲームの参加者はサード、テオナルトテカプリコ、氷河、タイタンフレッド、焼肉公爵、キリンAの六名となった。
サードは一人一人指差しで確認する。タイタンフレッドが当然ながらいい顔をしなかった。次の扉を開けてから数分経過し、何もない広い会議室のような場所に出た。壁紙は天井から剥がれ落ちている。鼻の奥まで残り続ける湿気とトイレのようなアンモニア臭と排水溝の臭いがした。会議室の奥には扉があり、小さな部屋がある。そこに人が倒れている。だが、意識を失っている人を見ても誰もすぐには動こうとしなかった。
紺色のブレザーを着ているからおそらく高校生だろう。
「誰か見てきてよ」
サードは口に出したものの余計なことを言ったと思った。タイタンフレッドが反射的に「なら、てめーが行って助けてこい」と声を荒げたからだ。タイタンフレッドはボウガンで射られたというのに、アドレナリンのおかげか平常時より健康的でさえあった。
「まあ、落ち着いて。見たところ罠もないし」
なだめるテカプリの弱弱しい物腰は火に油を注ぐようなものだ。
「罠がないと思うなら、ドアを開けてこい!」
タイタンフレッドはテカプリの膝を蹴った。もう怪我人とは
「君はさっきから何様のつもりなんだ! マスクで顔を隠して。誘拐犯に顔を隠せと言われたか?」
「これは俺の顔みたいなもんだ。仕事中はいつもこの顔だ」
「ほう。君は何の仕事をしているんだ。年はいくつだ」
急にテカプリが頼もしくなった。怒りで人柄が変わるようだ。タイタンフレッドは返答を渋って、手持無沙汰に腕を振るった。
「今は無職だ。二十歳で無職だからって不思議な世の中じゃないよな。今はユーチューバーだが、以前はコピーライターをしていた。ちょっとは有名だったんだぜ。隣近所のジジイとババアが家から一歩も出ない俺を気味悪がるから、コピーライターしてるって教えてやったんだ。そしたら、町内会から町の掲示板に貼るような広告チラシの依頼が来てな」
タイタンフレッドは自身のことを話すと、気分が高揚するのか少しはにかんでいる。
「定職に着いていたのか」とテカプリ。
「てめー、俺のことどんな奴だと思ってんだよ」
「そうだな。総合格闘技までは行かないが、レスリングか柔道経験者か、マスクの通りならプロレスラーかなと」
「一応、筋トレ配信してるけどな」
「なるほど。じゃあ、君は配信で稼ぐのかい?」
「そりゃ、金になるならな。あ、画像加工の方もできるぜ。『Photoshop』『Illustrator』はよく使うソフトだ」
得意げに言うタイタンフレッドだが、テカプリは考え込んでいる。その間に、倒れている少年のいる部屋のドアノブを氷河が回した。鍵がかかっているみたいだ。
「これまで分かったことをまとめると、僕らが監禁される以前に起きた駐車場クマ出没事件の被害者とあさピクは、同じ『
自問自答して納得するテカプリ。
サードはもうどうでもいいから早くここから出たい。喉が渇いていた。あさピクの話を今盛り返すテカプリはデリカシーがない男だと思う。
あの子が死ぬんだったら、無理に張り合ったりしなかったのに――。
罪悪感にサードはまた吐き気を覚えた。
「あ、スマートウォッチが」
キリンAがいち早くスマートウォッチに表示される文字列に気づいた。
〈かれはクウフクだ。なにか、たべものをあげないとね。なにをあげようか? ハチミツみたいにあまいもの? やっぱり人の不幸はミツのあじだよね!〉
「彼って、あのドアの向こうの奴のことか」と焼肉公爵。
焼肉公爵は先ほどのゲームで血塗れではあったが、ことごとくボウガンは急所を外していたらしく酷い見た目の割にはぴんぴんしている。タイタンフレッドといい勝負だ。もしかすると先ほどのゲームでは恐怖が勝って、軽症なのに大げさにリアクションしていただけなのかもしれない。
隔離された部屋の少年がむっくりと起き上がった。ここはどこだという疑問符を頭に浮かべて、施錠されたドアを叩く。
サードらの姿は向こうに丸見えで、誘拐犯だと思われても仕方がない状況だ。氷河は「君をここから出す」と無茶なことを言っている。
「できないことなら言わなければいいのに」
キリンAが最もなことを言った。ドアを押そうが引こうが氷河は開けられない。テカプリはさっきドローンと対峙したときに靴を片方紛失しており、靴下でドアをけ破ろうとしている。
中の少年はよく見ると地毛が茶髪で顔の堀も深く、ハーフのようだ。色白だが、焦りで余計に血の気が引いているようだ。
「どけ」
タイタンフレッドが体当たりをしたとき、雷に打たれたように全身を震わせながら崩れ落ちた。また電撃だ。
サードら六人のいる部屋にスクリーンとプロジェクターが天井から現れた。だが、映し出された映像は裏面。つまり、映像はドアの向こうにいる少年に向けて映し出されている。
少年はハチミツ頭スーツ男のヴォーグダンス(確かテカプリがそう言った)に、釘づけになっている。何を見せられているんだという顔だ。
「うん、その気持ち分かる」
サードは一人呟く。
〈こんばんは。ハニープレイヤーのきみたち。ぼくはゲームマスターのキラー・ハニー。よろしくね! ぼくもきみたちみたいな、たにんの不幸を楽しめるような人間になりたいなぁ。あ、ぼくはひとですらなかった。ハチミツだったよ! じゃあさっそく、ぼくがとくべつに
スマートウォッチが激しく点滅し、クラッシックを奏で始めた。よく聞けば、キューピー三分クッキングでおなじみの曲だ。
「おもちゃの兵隊のマーチだねぇ」
テカプリは言いながら、クッキング番組の軽快なメロディーとは対照的な原曲の緩やかなメロディーに頷いている。
ゲームマスターことキラー・ハニーがほんまKAINAと呼ぶ少年は、ドアに全身を打ちつける。
「こっから出してぇや!」
音が遮断されてくぐもっているが、そう関西弁で叫んでいる。アメリカンな外見の見た目とのギャップでテカプリが堪えきれず笑った。
ほんまKAINAのいる部屋の壁の一部がスライドし、猫通路サイズの小窓ができた。そこから、細長のベルトコンベアが突き出してくる。すでに稼働しているが、一体何が運ばれてくるのか。
ベルトコンベアが部屋を両断するとでも思ったのか、ほんまKAINAは壁際に身体を寄せた。
スマートウォッチの曲が鳴りやみ、画面に文面と選択肢が現れた。
「何これ、食べ物?」
サードは素直な感想を述べる。
〈ほんまKAINAにたべさせたいのはどれ? しっぱいしたらみんなでゼンブたべることになるよ! そのときは、みんなもスマートウォッチに
〈
〈アニサキス入りサーモンとアボカドのユッケ〉
〈ハリガネムシ入り
なお、一人閉じ込められているほんまKAINAのスマートウォッチにはメニューが表示されていないらしく、「こっちにも見せーや!」と毒づいている。
サードは前半の文字はほとんど馴染みのない言葉の羅列なので、ほんまKAINAにガラス窓越しにスマートウォッチを見せてあげた。ほんまKAINAはお笑いのような強烈なリアクションで、飛び上がらんばかりにサードに食ってかかった。
「全部寄生虫やんか! えげつないわ! こんなもん、うちは食わんで!」
慌てるほんまKAINAを尻目に、こいつ怪しいと一人口走るテカプリ。
「一瞬で寄生虫と分かったのか。アニサキスやハリガネムシは割と知名度があるが。それでもハリガネムシを知らない女子は多いからね」
「うちは女子やないからな。てか、天井にタイマーあるやん! あれ終わったらどうなるんや?」
ほんまKAINAの個室の天井にある電子掲示板がカウントダウンをはじめる。
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