カメラ・ゲーム4
「僕ら以外にもいたんだ」と、テカプリと氷河の声が被った。テカプリは笑ったが、氷河は無表情だった。
「彼らもハチミツ男の動画を見て、こんな目に遭っていると考えていいですよね?」
氷河が念を押す。
「別のルートから現れたんだろう」
テカプリの疑問に誰も答えられない。
サードはお腹をさする。通路の両脇のドアは開いており、中にはテレビ局で一カメ二カメだとか言われる大きなカメラが置かれている。あれの視野に入らないで走ることはできない。サードの赤ちゃんは胎盤の方に寄ってきている。予定日まで一か月を切っていた。
「タイタンフレッドは勝手に迷路を攻略しているから、ほっとくとして」
テカプリと氷河がサードを心配している。あさピクも少なからずサード本人ではなく赤ちゃんのいるお腹を不安げに見つめて提案した。
「一回タイタンフレッドが映ったのに、カメラは赤ランプが点いたままね。誰かが撮影されたからって、撮影が終わるわけじゃないみたいよ。ゲームなんだったら攻略方法ぐらいあるわよね」
テカプリは身震いする。
「やはりこれは本物のデスゲームか。ホラー映画を撮るつもりはなかったが、生き残った暁にはこれをもっと残忍なゲームに書き換えて撮影してみせるよ」
サードはテカプリに幻滅して、あさピクみたいに小突くなりしてみたくなったが、同じことをするのは女のプライドが許さない。
仕方なくあさピクが黒のブレザーを脱ぐのを眺める。
「それどうするつもり?」
あさピクはサードを一瞥するなり「ものは試し」とブレザーだけがカメラの視界に入るようにちらつかせてみた。
クロスボウは発射されない。
「これで顔を隠せば映ったことにならないかなって思っただけ。これだけじゃ安全とは言い切れないわね」
きゃあとかぎゃあとか悲鳴が連なる。奥でただ走って攻略を試みる三人の悲鳴ですねと、氷河は悲し気に言う。でも、とつけ足す。
「クロスボウだけじゃ死なないとは思うんだけど」
テカプリが頷いて、撃ち抜かれたらまずい部位を指で押さえる。
「頸動脈は
続けて氷河も意見を述べる。
「動けなくなるという意味じゃ、特に太ももの大動脈や膝もまずい。腓骨神経に当たったら後遺症も残るし」
「お、氷河くんはもしかして医学生?」
氷河ははじめて照れたように頬を赤らめる。笑うと幼く見えてサードは拍子抜けがした。それでも、その甘いマスクに学校では人気者だろうと推察できる。
「特進科なだけですよ」
「学校はどこ?」
「『
「すごいじゃないか! 進学はそのまま三壕大学かい?」
三壕大学はテカプリの『
「ふーん。難関私立大学のエリート二人と、あたしら宙ぶらりんの女子二人か」
あさピクはなんだかつまらなさそうだ。
「私まで宙ぶらりん扱いしないで欲しいんだけど」サードは抗議する。
「ま、死ぬ前にお互いのことが分かって良かったんじゃない?」と、あさピクがカメラの前を跳躍しようとする。
「よせ!」
止めるテカプリ。
シュシャッ。
クロスボウの射出音。だが、あさピクのそれはフェイントだった。
「脅かさないでくれよ」
「黙って!」
ぴしゃりと跳ねのけたあさピク。息を潜めるテカプリ。弩(いしゆみ)の弦を引く機械音がする。
「よし、これでいけるかも。最悪の場合、ブレザーを頭からかぶって顔を隠せば」
サードはブレザーではなくヴィトンのワンピースだ。それを顔までまくり上げるなんて恥ずかしい真似だけはしたくない。
あさピクは腕を出してカメラに撮影され、クロスボウが飛んできてから、すぐに飛び出した。それを繰り返し、あっという間に通路の左右にあったカメラは攻略してしまった。
「無理無理! お腹に赤ちゃんがいるのに! あんな速さで走れるわけないでしょ!」
テカプリも拍手して僕もやってみよーっと、軽いノリで攻略してしまう。クロスボウが発射されてから装填されるまでの一・五秒ほどのわずかな時間に勝機を見出したのだ。
カメラの前を一秒ほどで駆け抜けるには、助走をつけて一気に左右の六つのカメラの前を通った方がいい。
氷河が腕を出してクロスボウを発射させる。
「これを作った犯人は今ここでは僕らを殺す気がないのかもしれないね。ちらっと見えたんだけど、矢は十本しかない。こうやって腕を出して引っ込めれば矢は尽きる。先に行ったタイタンフレッドが一本と、あさピクが三本発射させて、今僕が一本飛ばしたから残りは五本だ。腕を射抜かれないように気をつければ、無駄撃ちさせられる」
そうやって、時間をかけて全弾発射させた。弾切れになったクロスボウの横をスルーするという卑怯な作戦で、テカプリとあさピクに追いついた。迷路とは名ばかりで通路を曲がりくねるだけの構造の建物を走らされただけだ。
あさピクとテカプリの前に出口と思われる最後のドアがある。さらにその二人の前で立ち往生している血塗れの三人が見えた。
焼肉公爵のパーマを当てた黒髪は血がべっとりついているありさまで、さっきより酷い見た目だった。腹にクロスボウを受けていて歩くだけで精一杯のようだ。一緒にいたキリンAという女子学生は黒髪ボブカットで、中学生に見える。おそらくこの中では最年少だろう。
「どうしてこの先に行けないのよ」
サードはみなを待たせたのだが、詫びることなくつっけんどんに問いかけた。
「ここから先はクロスボウじゃねぇんだ」
絶望的な声でタイタンフレッドが応じた。驚いたことにかすり傷こそ負っているものの、巨躯であるにもかかわらず身のこなしだけでクロスボウを避けきったらしい。
「来るぞ。下がれ。大人数じゃ避けられない」
タイタンフレッドが促す。ドアの前には何も見当たらないが。
じりりっと蛍光灯の音だけが聞こえるような廊下で、プロペラ音が近づいてきた。
後方から現れた赤いランプの点灯したドローンに、サードは悲鳴を上げる。銃だ。ドローンの腹に当たる部分に銃口が
「撮影されるなって、こんなの全員映っちまうだろ!」タイタンフレッドはドアノブを激しく回した。鍵がかかっているのか、開かない。
ドローンの標的は後方の氷河、テカプリ、あさピク、サードだ。あさピクが意を決してブレザーで顔を隠し、ドローンに向かって駆け出す。
「あさピク!」テカプリが呼び止めたときには遅かった。
銃声が狭いパーテーションで仕切られた廊下に、雷のごとく響いた。
穴の空いたあさピクのブレザーが顔から剥がれ落ちる。額を的確に撃ち抜かれたあさピクは驚愕の表情で
「落ち着いて!」
氷河に腕を引かれたサードは、膝が震えていると気づいた。駄々っ子のようにぐずる。
「どこにも行きたくない! ドローンの方にもドアの方にも!」
「まだ、行かないよ」
氷河は優しかった。
テカプリが氷河に助言する。
「氷河くん、鍵があのドローンの下についてる! あのタイプのドローンの視野角は九十度ぐらいあるから、さっき僕らはみんなカメラに映ったはずなんだ。でも、銃は一つしかないから一人しか撃てなかった。全員同時に映れば撃たれるのは一人だ」
テカプリに言われるより早く氷河は血のついたあさピクの黒ブレザーを剥ぎ取り、それをドローンに向かって投げた。ドローンが急旋回して、黒ブレザーをかわす。すぐさま銃声が轟く。氷河はとっさに自ら倒れ込み、急所を外した。それでも、肩口から出血した。
「何でもいいから投げるんだ」
氷河の指示にテカプリは投げやすい靴を投げた。ドローンはそれをかわそうと激しく上下に飛び回った。見れば廊下の天井には映ってはいけないカメラとは別に、このゲームを監視するためのカメラもある。ドローンが手動操作されているのは明らかだ。
氷河は自身の青ブレザーを脱いでドローンに被せた。ドローンのカメラ視野を奪えば、映ったことにはならない。
「テカプリが靴を投げてくれたおかげで、ドローンの避ける方向が分かって助かりました」
まだブレザーの中でもがいているドローンをテカプリがラグビー選手のように身体で覆いかぶさって押さえつける。
「お礼はいいから、鍵を取ってくれ」
「分かりました」
テカプリと氷河のコンビで突き当りのドアの鍵が手に入った。テカプリはドローンを執拗に蹴って、プロペラの部位を破壊して止めた。ドローンの銃を外そうとしたが、ドローンから伸びるロボットアームに固定されていて外れなかった。
「役に立ちそうなものは得られないな」
テカプリは腑に落ちないままそう一人ごちた。
「分かったのは、このゲームの主催者は銃を簡単に手に入れることができるってことぐらいかな」
早足でやってきたタイタンフレッドが二人の会話を遮った。
「鍵をさっさとよこせ」
「君は何もしていないだろ」
テカプリの言う通りだ。タイタンフレッドは氷河から鍵を奪い、横柄な態度で突き飛ばす。奥の扉を開け、それに意気揚々とキリンAと焼肉公爵が通路を出て行く。
サードも早くこんな死人が出る場所から早く出ようと思って駆け足になる。ただ少し気になって振り向くと、テカプリが倒れた氷河を起こしていた。その後ろで動かなくなったあさピクをサードは目に入れないように、忘れようと努めた。
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