カメラ・ゲーム3

 いきなり、さっきテカプリたち三人のいた部屋のドアが勝手に開いた。見ると部屋に二人乗りの小さい昇降機みたいなものがある。


 マスクマンはまだ身体が痺れるのか、よろよろとそちらへ向かう。


「あの、行くんですか?」


 氷河が心配してマスクマンに声をかける。


「俺この後面接だし」


 言いながら、ぶつくさと不平不満を呟いている。


 サードはマスクマンから距離を置いて最後尾についていく。みな、この部屋から出られるならなんでもいいらしい。サードもこの後、エステに行く予定が入っている。家を出たはずだが、その後どうなったのか思い出せない。繁華街を通った気がするけれど、どこかに立ち寄った記憶はない。


 そうだ、キャンセルしないといけない――。だが、しかし今が何時なのかさっぱり分からなかった。もしかしたら施術の時間になっているかもしれなかった。


 テカプリは少し熱を帯びた口調で早口に話した。


「ま、これから何が起きようと映画のネタに使える。これはちょっとした人生という映画の一部になるんだ」


 あさピクはテカプリの横を歩いて問う。


「映画製作関係者なの?」


 テカプリはよくぞ聞いてくれた! と目を輝かせる。


「僕は自主製作映画を撮っているんだ! 去年は東京国際映画祭に出品した。あそこを通れば僕も海外でも通用する映画監督になれる。ユーチューブの自主制作映画紹介チャンネル『アババババ』に落選作の『死期しき折々おりおり』を取り上げてもらってるから見てみて!」


「はぁ。そうなんだ。落選て」


「ま、まぁ、惜しかったんだけどね。自分ではそう思うことにしてる」


 二人ずつしか乗れない昇降機にマスクマンが一人で上がった。昇降機が昇りきると天井と一体化する。なるほど、これでは最初に部屋をチェックしたときには、何もないように見える。


 マスクマンが腰を抜かすようなどんという音が聞こえた。


「何? 上で何があったの?」


 サードは思わず赤ちゃんをかばうようにお腹に手を当てる。マスクマンの返事がない。


「次上がってよ」とテカプリに指示するあさピク。当然、テカプリは冗談じゃないと反論する。


「クマの事件との関連性は同じ学校の生徒がここにもいることだ。上にクマが出たのかも」


「上の人が無事か、下からでは確かめられないわよ」言いながらあさピクはテカプリを小突く。


「年上をいじめるのやめないかい?」


「じゃあ、僕が行くよ」


 氷河が言い出したので、サードは思わず氷河の腕を取る。驚いたのか氷河は後ずさる。


「ごめんなさい」


 サードも自分がこんなことをするとは思わなかったので、半歩下がる。


「ねえ、上の人無事?」


 あさピクが上に声をかける。


 天井の板がスライドして開き、昇降機が下がってくる。尻もちをついたらしいマスクマンが、切れた額を覗かせる。マスクに血が滲んでいる。


「俺はタイタンフレッドだ。覚えとけ。……クロスボウが飛んできた」


「なるほど」


 テカプリが納得する。この状況をすんなり納得できる神経がすごいなぁとサードは思う。でも、本当に死ぬようなことが起きるのかな――。


 マスクマン改めタイタンフレッドはその巨躯で手招きする。


「今は安全だ。カメラのランプは消えてる」


 一人ずつ昇降機に乗り込み、天井から脱出した。


 サードは最後だったが、タイタンフレッドがマッチョな腕で引き上げてくれたときには、不思議と嫌悪感は薄くなっていた。だがそのとき、「妊婦かよ」と馬鹿にするような発言をされて評価は元の最悪なキモい奴に戻った。


 天井から抜けると、そこは狭い通路だった。廊下とも言うが、ホテルの通路のように左右に扉がある。タイタンフレッドが撮影されたらしいカメラは天井に二つあった。


「どっち?」


 一つは緑のランプがついている。今現在誰かが見ているということだ。停止しているカメラのすぐ横の天井にはクロスボウが仕掛けられている。タイタンフレッドを急襲した矢が床に突き刺さっている。


「こういう仕掛けはベタだけど、当たると痛いだろうな」とテカプリ。


「なんでそんなに平然としてるのよ」


 あさピクが食ってかかる。


「ねえ、お腹空かない? ここ、食べ物ないのかな」


 サードは空腹を感じて思わず言ってしまった。きっと拉致されてから数時間は経過している。


「そういえば、君は妊婦なんだね」


 テカプリが指摘してきた。見れば分かるでしょとサードは鼻息を荒く吐き出す。


「普通、こういうデスゲームで妊婦は選ばれないと思うんだけどな」


「え、これってデスゲームなわけ? 死人が出るの?」


「そりゃ、そうだよ。当たりどころが悪ければタイタンフレッドは死んでいたかもしれない」


「うるせぇ、俺が死ぬかよ」とタイタンフレッドは額の傷から垂れる血をジャージの袖で拭う。


「デスゲームだなんて、ハチミツの人は言ってなかったけど」


「そりゃ、言わない方が死んでくれるからね。言ってくれるのは親切なゲームマスターだよ」


 サードにはちんぷんかんぷんだ。そもそも、人が死ぬ話は感動する物語であってもホラーであっても苦手だ。


「ゲームマスターってハチミツの人?」


「あれだろうな」


 氷河が何でそんなに詳しいんですかと胡乱な眼差しをテカプリに向ける。


「氷河くん。僕は映画には詳しいから。落選したとは言っても、一応は通ってたんだよ。内容は心臓に花が咲いてしまう病の中学男子生徒を男性教員がお持ち帰りしてしまい、毎朝その胸に咲いた花に水をやるという狂ったお話だったんだが。受賞の話が出た後に、漫画の既存作と類似するだの、先生が葬儀屋設定で映画『おくりびと』にも見えると言いやがってね。受賞の話はなかったことにされたんだよ!」


 テカプリの地雷を踏んでしまったみたいで、氷河は呆れて話さなくなった。サードは、あさピクだけでなくテカプリとも合わないなぁと肩を竦める。


 通路を進む段になり、誰が先に歩くかで口論になった。そうこうしているとき、通路の奥から、男女の悲鳴が聞こえた。


「ヤダ! 誰かほかにいるの?」


 サードが質問したのと同時に、血塗れの少年が通路の向こうを駆け抜けるのが見えた。十メートル先は十字路になっているらしい。悲鳴は彼のものだろう。


「あ、ほかにもいやがる」


 タイタンフレッドが勢いよく駆け出した。クロスボウで射られかけたというのに、学習能力はないのだろうかと、サードでさえ呆れた。


「待ちなさいよ! さっきの人の血見たでしょ!」


 もう勝手にして――。サードは腕に立った鳥肌を両手でさすった。おかしなことが起こり過ぎている。誘拐、監禁、どんな呼び名にしても最悪だ。


 通路の両側にカメラがあったのだろう。撮影されたタイタンフレッドは再びクロスボウに狙われた。矢の一本が脇腹をかすめる。瞬間、血が飛んだ。だが、タイタンフレッドは踏みとどまり、止まることはせず走り続ける。反射神経のみでその後の五連射を身体をよじって避けきった。すごいと氷河が声を上げる。


「待てよ!」


 タイタンフレッドの苦痛の混じった怒声に、血塗れの少年は立ち止まったようだ。ふっくらした体型で白い長袖にジーパン、アディダスのスニーカーといったラフな格好だ。


「ひいぃ! 俺だって早くここから出たいんだよ。ほっといてくれよ!」


「何があった!」


「何って、言わなくても分かるだろ! ここはクロスボウだらけだ! 待てキリンA! 置いてくなよ!」


「スピードで切り抜けられるわよ!」


 彼に応じる少女の声。声がだいぶ遠いので、姿は見られそうにない。彼女が『キリンA』なのだろう」


「名前ぐらい名乗っていけ!」


 タイタンフレッドがそう促すと、再び走り出した血塗れの少年は、慌ててはいたがはっきりと『焼肉公爵』と名乗って去って行った。中肉中背の焼肉公爵は高校生か大学生か見た目では判断がつかなかった。

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