グルメ・ゲーム3
言い争っているうちに制限時間が残り九分になる。
「お前の都合は聞いてねぇよ。ここから出るには、どこかにあるドアが開かないといけないんだ。お前には何が何でもクリアしてもらうぞ。こっちは電撃を食らってんだ。さっき、お前が気絶したようなのを何度もな」
言うなり倒れるタイタンフレッド。呻き声を上げ全身の関節が本人の意思と関係なく跳ね上がった。サードも痺れを感じて膝から崩れる。
心臓が締めつけられる痛みに、みんな悲鳴を上げる。最年少のキリンAに至っては鼻水を垂らして涙も垂れ流し。口が開いたままなので、唾液はそのまま口外へと滴る。
長い。ひたすら電流が通過するのを待つ。頭頂部まで達する針で突かれるような感覚に、サードも声を張り上げた。
「はっ! そんな見せびらかさんでもええねんで! こんなんバラエティ番組みたいなもんやろ? 関西じゃ、こんなんしょっちゅうや。後ろからコンパスで背中突かれたり、教科書の角で頭どつかれたりな」
一分そこらで放電は収まったが、長く感じた。受けたダメージは肉体的苦痛だけではない。生まれてはじめて経験する体罰が、精神的ショックとなった。おかげで口数も減った。
頭ごなしに怒鳴りつける生徒指導の先生だって、もう少し理由があって叱るものだ。サードの髪色がおかしいだの、ピンクに染めたんだったら家に帰れだの。
ほんまKAINAは窓にすり寄って来て、面白いものを観察するように好機の眼差しを向けてくる。
息を切らせたテカプリがあらん限りの声で
「……いいか! こ、これは冗談でやってるんじゃない! このゲームの主催者はさっきの部屋で僕らと一緒にいた学生を一人、殺してるんだ!」
脳裏にあさピクの鮮血が蘇る。何度も電撃を食らったことにより、吐き気もしてきたサードは込み上がった胃酸を吐き出した。お昼に食べたイベリコ豚のペペロンチーノが細長くのたうって混じっている。パスタがハリガネムシみたいに見えて、また嘔吐した。
「ちょ、やめてくれよ」
それを目撃した焼肉公爵ももどしはじめた。焼肉という名前なのに、野菜ばかり吐き出して、それが青虫みたいな色で気持ち悪い。
「何でもいいからさっさと食べなさいよ!」
サードは口元を拭うのも忘れて、怒りの矛先をほんまKAINAに向けた。
「何で食べてないくせに吐いてんねん? 食べるんわ、うちやねんで!」
「つべこべ言わず食べないとただじゃおかないわよ! こっちにはね、赤ちゃんもいるんだから!」
「へー、その腹、太ってんのとちゃうんか」
「分かってて言ってるんでしょ? マジむかつくわねあなた!」
サードはほんまKAINAのいる部屋のドアを力任せに叩く。
「サード、挑発するのはやめよう。あまり時間がない。ほんまKAINAくんも分かってるだろ? 残りは五分だ。五分で食べきれるか? 重大なことを忘れてるよ君たちは。このゲームは食べるだけじゃなくて、食べながらスマートウォッチに向けて笑顔を認証させないといけないんだぞ?」
しぶしぶ、ほんまKAINAは食器の前に歩み寄る。
「一匹動いてんねんけど」
「一匹だけなら、さっきタイタンフレッドが提案したみたいに、歯ですりつぶすことができそうだけど」
氷河が言うとタイタンフレッドは「ほらな」と同調する。
「いいから食べてくれよ! 感電すると内臓が焼けるんだぞ!」
テカプリも急かす。
「赤ちゃんもそうなるのよ! お願い早く!」
ほんまKAINAの額に脂汗が浮かんでいる。
「わ、分かった。でもな、笑顔はできひんかもしれへんで……クソッ。なんでうちがこんなもん……やらなあかんのか」
肝を据わらせ、ほんまKAINAは冷製スープに向き直る。
「せ、せめて火ぐらい通してくれよな。なんやねん、冷製て」
選択肢にあるメニューはどれも生ものに変わりない。
ハリガネムシは人間に寄生しないとは言うが、見た目のグロテスクさは、ほかの選択肢より抜きん出ているのだろう。白い陶器の皿の中でウネウネ泳ぐ姿は誰も正視できない。
ほんまKAINAが陶器の器にれんげを浸しスープだけすくいあげる。それでも一言呻いてスープに舌を突き出す。ハリガネムシは一匹も入っていない。
「うえっトマトや」
まだハリガネムシに触れない内から、唾を吐く。
「こんなん無理やって!」
「死ぬわけじゃないだろ! さっさと喰らいやがれ!」
タイタンフレッドの怒声に気圧されて、ほんまKAINAは再度挑戦する。
「……む、無理やて……」
ハリガネムシを一匹すくうと、ほんまKAINAは目を閉じて口を開ける。
「笑顔よ! ほら、早く笑いなさいよ! それからスマートウォッチに顔を近づけてやった方がいいかも」
サードは注意したが、ほんまKAINAの耳には入っていない。目は閉じたままだ。
残り三分。
サードは半狂乱に両手で部屋の窓を叩いた。
「口角を左右均等に上げるの! モデルみたいにやるのよ!」
ほんまKAINAの目つきの悪い顔が、一瞬引きつった笑みになる。額からは香辛料を摂取したときのように噴き出た汗が粒になり、隣の水滴と結合し滝のように流れる。
「んぐう」
悶えるような一声。こんな状況でなければ、それはラーメンをすする音にも聞こえた。
残り一分。ほんまKAINAのスマートウォッチが赤色に激しく点滅する。
ほんまKAINAの形相は仁王像のごとく険相だ。怒りの矛先は、これを食べている自分自身に向けられているのかもしれない。ときどき、口角が上がって、天使のような笑顔を作るがすぐに顔が強張る。なかなか、顔認証ができない。画面は赤く点滅するだけだ。
れんげを放り投げ、ほんまKAINAは呻いた。
奇声を上げると、両手で皿をつかみ喉に流し込んだ。噛むことはどうしてもできないのかもしれない。
口をハムスターのように膨らませ、鼻水を垂らしながらスマートウォッチに顔を向ける。いくらやっても、いびつな表情のままだ。
やっとのことでほんまKAINAは口内のハリガネムシのスープを
残り十秒。
〈ほんまKAINAのえがおをニンショウしました〉
全員のスマートウォッチに結果が表示される。
成功した! 言葉には出さないが安堵の表情をそれぞれ浮かべていた。ただ一人、ほんまKAINAの目には涙が溜まっていたが。
二部屋のベルトコンベアが壁に収納されていく。
ほんまKAINAは激しくむせた。四つん這いで泣いているようにも見える。
「ありがとう、ほんまKAINA!」
サードは赤ちゃんを救えたと思った。
「助かったぜ。やればできるじゃん」とタイタンフレッドは上から目線で
「ハリガネムシは本当に大丈夫だよ。これがアニサキスだったら、数時間で激痛や嘔吐で苦しんでたはずだ。僕はテオナルトテカプリコ。略してテカプリだ」
テカプリが手を突き出したが、ほんまKAINAはその手を払った。
「あんさんらは食わんでよかったな」
嫌味を気にせず氷河が答えた。
「いや、君が失敗してたら食べてたよ」
ほんまKAINAは氷河の冷静沈着な口調が気に入らないのか、眉を吊り上げる。ハーフだからイケメンに見えるけど、ヤンキーと変わらない気もした。
「とにかく、自己紹介して次の部屋に行こう」
テカプリが幼稚園児たちに指示を出すように、妙に優しい声音で言った。
「んなもんいらんわ。あんさんら、スマートウォッチはちゃんと調べたか? アプリに連絡帳てあるやろ。ここに、自分らの変な名前書いてあんで。それから、このハニー・ゲームについても」
ほんまKAINAは、この僅かな時間でスマートウォッチの機能を把握したようだ。
「さっきのゲームて、ちなみになんやったんや?」
あさピクのことを否が応でも思い出してしまうので、誰も話したがらない。タイタンフレッドを除いて。
「さっきのゲームは一言で言えば、『カメラに映るな』だったな。映ったら、クロスボウと銃で撃たれる。しょぼいゲームだぜ」
そのしょぼいゲームで亡くなったあさピクが不憫だ。脇腹を切ったはずのタイタンフレッドは強靭な肉体のおかげか、汗をかき少し息苦しそうには見えるが、普通に歩行できている。こいつ、死なないんじゃないかとサードはありもしない妄想をする。
ほんまKAINAは困惑して無言だった。
「そう言えば、てめーはどこの学校だって?」
「
「普通の公立高校だろ。下から数えた方が早いぐらい頭悪いところだ」
「いや、普通やって」
ここでテカプリが挙手する。
「じゃあ、この中のゲーム参加者の学歴はゲームとは関係ないかもね。何か共通点があると思うんだけどな。みんな借金とかない? 自分の意思で参加した人は?」
「あるわけねぇだろ」とタイタンフレッド。
意気込むテカプリには悪いが、サードには各々のことなんかどうでもいい。早く家に帰ることがただ一つの望みだ――。一つじゃなかった。スマホどこ――。
「なんや、共通点が欲しいんかいな。うちわ、グルメユーチューバーやで? あんなゲテモノにも含まれへん、寄生虫なんか出しやがって。うちの味覚が死んでまうやろ!」
「グルメユーチューバーだったの?」
ほんまKAINAはサードの問いににやつく。
「寄生虫メシは流石にやったことあらへんけどな。市場なんかにはよく行ったし、夜になると居酒屋巡りすんねん」
「じゃあ、このゲームは被害者の趣味と対応してる?」
思慮深げに焼肉公爵が呟いた。突然の推理に、テカプリも感嘆の声を上げる。
「僕の趣味だけど、いつかはプロになりたい映画製作者だ。つまり、最初のカメラのゲームが、僕のゲームだったとか?」
「だとするとあさピクが死んだのはおかしいよ」
サードは柄にもなく呟いてしまう。
「でも、映像は僕の分野だし、カメラも見たことのあるものが使われていたよ」
「じゃあ、何か? 人数分のゲームが用意されてるってのか?」
あさピクがさっきのゲームで死亡し、ほんまKAINAが加わったことでハニー・ゲームのプレイヤーは七名だ。八人がここにいたことになるので、全部で八ゲームあるうちの二ゲームが終わったことになるのだろうか。
「いくらなんでも、それはないと思いたいね。ほら、駐車場クマ出没事件は二人同時に亡くなったんだし」
「でも、クマは二頭いたんじゃなかった?」キリンAが首を突っ込む。
「母クマと子グマだったね」とテカプリ。
「なんで知ってんや?」
「私、ネットニュースでも見たし、ほら、ゲーム実況でもクマと戦うゲームが一時期増えたんだよ。インディーズゲームで。私の友達、インディーズゲームの製作者だから流行りに乗って事件事故をモデルにしたゲーム作ってるの」
キリンAの友達は趣味がよくないようだ。
「ふーん。つまり、みんなネットは見てるってことだな。共通事項ってこういうのだろ?」
タイタンフレッドがまとめるように言った。確かに、みんなネットを駆使して情報を集めたり、発信したりはするだろう。そんなの当たり前すぎる。
サードも色んな人の個人情報を調べるのは好きだ。イケメンモデルのプロフィールはチェックしているし、流行りのアイドルの本名を調べたり、自宅の住所を調べるのも楽しいからよくやっている。
「ま、次の部屋行こうか。もし次のゲームにも制限時間があったら大変だし」
焼肉公爵がそう促した。
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