第20話 勇者パーティ

 サイハテが西国についた頃には日は高く昇っていた。明るい陽光に対して人々はざわついており、顔面が蒼白になっている者もいた。彼らはサイハテを見ても嫌がる暇がなかった。


 賢者レイの家に着くと、多くの人々がレンガづくりのこぢんまりした家を取り巻いていた。人々は青白い衣服に身を包み、胸元には星型のペンダントを身につけている。彼らはサイハテが歩いてくるのを見ると、ぺこりと頭を下げて道を開けた。サイハテも頭を下げて彼らの間を抜けて、レイの家のドアにたどり着いた。簡素な作りだ。鍵もかかっていない。少しドア枠からずれている。


 そんな扉をノックすると、中から一人の少女が現れた。背丈はサイハテの鼻あたりの高さで、黒髪を後ろで雑に束ねている。サイハテは新聞で彼女の絵をを何回か見たことがあった。


「君は勇者パーティの戦士フィスタだね」


「いかにも私がフィスタだ。俗世から離れてたので葬儀の準備が進んでいることは知らなかった。準備をシャインとしてくれていたこと、感謝する」


 拳を胸に当ててフィスタは頭を下げた。頭を上げると、彼女はサイハテをレイの家の中へと通した。


 様々な魔法道具がカタカタと音を鳴らしながらあちこちで動いていた。窓辺のフラスコは絶えず攪拌されているし、空中には用途のわからない歯車がくるくると舞っていた。その歯車はベッドに影を落としていた。そのベットにはレイの遺体が寝かされている。


 サイハテはレイに近づくと、星型のペンダントを懐から取り出した。グッと痛くなるほどペンダントを握る。そしてその手を頭の上に掲げると、目を瞑った。


 しばらくしてサイハテが目をあける。フィスタはそれを静かに見守っていた。


「賢者レイ。君の理想の葬儀……こなしてみせるよ」


 そう呟いたサイハテの肩をポンと叩くのはフィスタだ。


「一つ頼みがある。サイハテ」


「なんだい?」


「屋根にいるシャインを……連れ戻してやってくれ。恥ずかしながら私には力づく以外に方法が思いつかない」


 屋根の上という言葉でサイハテはピンと来た。フィスタの願いを頷いて承諾すると、サイハテは外へ出る。来た時は気づかなかったが、ドアから遠い屋根の方にシャインがいる。


「シャイン」


 屋根に登ったサイハテの目には手を一心不乱に空中でかくシャインの姿が映った。サイハテが屋根の上に登ってきても、シャインはそれをやめない。腕を前に伸ばしては空中を掴む。それを繰り返していた。


「魂つかみ……いつからやってるんだい」


「レイの息が止まってからだ」


「そうか」


 サイハテは端的に答えた。魂つかみは魂と体が二元的に存在すると考える地域に見られることもある習俗だ。遠くに行ってしまう魂をなんとか掴み戻そうとする行為だ。


 サイハテにはシャインがそう言った行為をするタイプには思えなかった。しかし彼は必死に手を伸ばしては掴む、ということを続けている。


 サイハテは彼を止めなかった。習俗は科学的に効果のあるものなのかはわからない。しかしその根底には文化による考えがある。それを無闇矢鱈に邪魔することはサイハテはしたくない。


「わかってる……わかってたんだけどな」


 シャインはやがて手を止めた。彼は肩で息をしながら、項垂れる。そんな彼にサイハテは白い手拭いを手渡した。シャインはそれで汗と顔を拭うと、サイハテに向き直った。彼の目の周りは赤く腫れている。


「家の中に戻ろう。フィスタもみんなも……レイも待ってるよ」


「あぁ、そうだな」


 二人が部屋の中に戻ると、啜り泣く声が聞こえた。レイの友人や親族が彼を取り囲んで涙を流している。そんな中フィスタは皆から少し離れたところで佇んでいた。


 レイの枕元には魔除けとして魔法の杖が置かれている。レイが生前に使っていたものだ。そんな杖をじっと見つめているフィスタにサイハテは歩み寄った。


「君はみんなと一緒にレイの顔を見ないのかい」


「……分からないんだ。仲間を失ったのは初めてだ。パーティに誘われる前は山でずっと一人だった。でもシャインとレイは私に優しくしてくれた。そんな人を失った時……私はどうしたらいい」


 フィスタはグッと拳を握り、俯いた。


「みんなのように泣いてもいいのか?私は魔王を倒した勇者パーティの一員だぞ」


 サイハテは何も言わずに黙って彼女の言葉を聞いていた。フィスタは唇を噛んでぷるぷると震えている。しばらくしてサイハテは彼女の背中に手をポンと置いた。


 小さな背中だ。とても魔王を倒した一員とは思えない。しかし筋肉質で闘気が満ち満ちている。しかし彼女は聞くところによるとまだサイハテやシャインに比べて幼い。その上仲間を失ったのは初めて。そんな彼女にサイハテはどう言葉をかければいいのか正直分からない。だから思いのまま、経験が裏付ける言葉をつぶやく。


「フィスタが泣きたいと思えば泣けばいい。心のままにすればいいさ」


 フィスタは眉を吊り上げ、サイハテの顔を見つめた。どんどんとそのフィスタの顔が歪んでいく。結ばれた口は曲がり、目は段々と赤みを増してくる。ポロリと雫が頬を伝うのと同時に、フィスタはレイに駆け寄った。


 そして彼の動かない腕にしがみつき、吠えるように泣く。


 目元を腫らしたシャインが今度はフィスタと入れ替わるようにサイハテの元へとやってくる。


「ありがとう」


「何がさ」


「フィスタに言葉をかけてくれて」


 サイハテは少し黙りこくると、口を開く。


「レイはフィスタが泣いてくれて喜んでくれてるかもしれないね」


 フィスタの頬に滝のように流れる涙を見ながらサイハテは言葉を続ける。シャインは黙って聞いていた。


「葬儀において悲しむ人が多いといいという感覚がある国もある。なんか分かる気がするよ」


「……そうだな。みんな悲しい。でもレイは喜ぶかもな。自らのために悲しんでくれる奴がこんなにいることに」


 シャインがポツリと言った時だった。レイの家のドアが三回ノックされる。サイハテはドアの方に歩いて行く。ドアの向こうからとてつもない雰囲気を感じた。まるでネズミから見た虎のような感覚だ。しかしその雰囲気は心地よさをも感じさせる。ドアを開けると、夜空色のローブを着たプレアデスが立っていた。


「賢者レイが夜空へと向かったと聞いて来たわ。私の責務を果たすとともに、最大級の悲しみを」


 

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