第19話 任務遂行

 プレアデスにラストウォーターの約束を取り付ける。この超難関ミッションを成功させたサイハテと勇者はギンガの外へと出る。扉が閉まるまで星魔導士達が頭を下げていた。彼らにとっては勇者シャインはプレアデスを動かした凄まじい人物だ。


 扉がギイと閉まると、サイハテは頭をポリポリとかきながらシャインにも謝罪を述べた。


「すまない。迷惑をかけた」


「構わないよ、サイハテ。俺も星魔導士達の魔法を無防備に喰らったのはキツかった。何より……準備が一つ進んだのは……君のおかげだ。フェニックスのシラセも……プレアデス様との約束も……ホーリーパワードツリーの棺も手配してくれたんだよな……」


 勇者は言葉を掠れさせながらそう言う。サイハテも彼の気持ちがよく分かっていた。一つ一つ葬儀の準備が進んでしまっているのだ。


 賢者レイは存命だ。しかし魔王の呪いは強力なもので、解除は不可能である。レイとサイハテが交わしている文通でも、呪いの紋様が身体中に広がっていると言う報告を受けた。賢者レイは今世界を回る旅に出ている。それは勇者に言わせればお世話になった人々への挨拶回りだ。


 着々とレイとサイハテとシャインは終わりへの準備を進めている。


「俺のエゴでアイツにド派手な葬儀をさせてやると決めたんだがな……どうにもやはり、準備が進むと……辛いなぁ」


 サイハテの目に映るシャインは勇者ではない。一人の悩む青年だった。幾多の葬送を行ってきたサイハテはこんな人間や魔族を何人も見てきた。名を轟かせた東国の剣豪でさえ、仲間の葬儀では吠えるように泣いた。


「魔王よりも怖いよ。仲間の死は」


「そうだね。精一杯私は力を尽くすよ」


 サイハテはシャインの肩をぽんと叩くと、歩き出した。彼は目頭をおさえ、少し空を見上げた。まだ星も出てない明るい空だ。いつかレイもあの空に輝くのか、なんてことを思いながら視線を戻す。そして勇者は歩き出した。


 シャインは西国へと戻ることになっている。西国の王への謁見があるのだ。流石に最高権力者からの呼び出しに勇者といえども応じないわけにはいかない。


 サイハテはターミナルの国境付近までシャインに付き添った。脆い柵の連なる国境で二人は言葉を交わす。


「今日はありがとう。サイハテ」


「いいや、君と言う人物のおかげでプレアデス様の協力を取りつけられたんだ。こちらこそありがとう」


 シャインは少し笑みを漏らすと、マントを翻して背中を見せた。ひらひらと手を振るシャイン。サイハテは見えていないことを承知で手を振り返した。彼ならサイハテの手の動きさえ察知してしまうのだろうなんて考えて。


 シャインの背中が見えなくなると、サイハテはふぅとため息をつく。長い一日に感じられた。しかし今日やることはまだまだある。ホーリーパワードツリーの棺のチェックを行わなければならないし、プレアデスとの書面による打ち合わせ、フレンとの打ち合わせもある。


 サイハテはシャインと別れてから一週間ほど、ほとんど遊ぶような時間はなかった。まずフェニックスのフレンがどこにシラセをするかということや、仮門、野辺送りの警備の手配など大忙しだった。葬官の職場である建物に篭りっきりだ。


 そんなふうに一週間ほど、職場での寝泊まりが続いたので、心配になったサイハテの部下が声をかける。


「平気ですか」


 野太い声が聞こえてきて、サイハテは書面に落としていた目を上げる。そこにはよく焼けた肌で、巌のような体躯の男が立っていた。


「イカメシか。心配ありがとう。休息はとっているから平気さ」


「そうですか……では……何かあればお申し付けください」


 正直猫の手も借りたい所だが、サイハテはそうしなかった。ポリシーと言ったものではないが、サイハテが仕事を手伝ってもらうと、他の葬官や職員に迷惑がかかる。そう言った判断だ。


 そこから何日も書面のやり取りや、手配が続いた。一通り作業が終わった頃だった。朝の陽光が差し込む窓辺に大きな影が落ちた。サイハテはその影が何であるか、全く疑問に思うことはなかった。ただ、厳粛な思いで、窓を開ける。


 風が舞い込む。虹色の羽が一枚、サイハテの頬を撫でた。その羽の落とし主は空中に羽ばたきもせずに止まっていた。虹色の羽毛を風に靡かせたフェニックスがサイハテをじっと見つめていた。


 サイハテは少し目を閉じた。疲れからではない。フェニックスのフレン何をしに来たのか、わかったからだ。彼女がフレンに頼んだことはただ一つしかない。その上フレンはグレン峠からほとんど出ない。フレンが来た理由はただ一つ。それが痛いほどにわかってしまう。


「フレン」


「サイハテよ。賢者の訃報だ」


 一瞬最後に出会った賢者の姿が脳裏に浮かぶ。元気そうだった。しかしそれは彼の高い魔法技術で呪いを食い止めていたに過ぎない。サイハテはじっとフレンを見つめ返す。


「わかった。準備をしよう」


「うむ、我は責務を全うしよう」

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