第18話 君が君にかけた魔法

 サイハテは桃色の光に当てられてから、意識が何か別の者に操られているような気分になっていた。胸の奥と腹の奥が何かを求めるように疼いている。口から絶え間なく唾液が流れる。首筋から後頭部にかけて震えが止まらない。


 そんな状態で気がつくとシャインに馬乗りになっていた。目の前の男の驚いた顔をサイハテは舐めまわしたかった。勇者シャインの唇を吸い付くし、鍛え抜かれた四肢を好きにしたかった。


「サイハテ!しっかりしろ!」


 シャインは虚ろな目のサイハテの肩を押し返すようにして叫ぶ。しかし獣欲に任せたサイハテの勢いに彼はおし負けそうだった。本来、力では圧倒的にシャインが優っている。しかし空腹と眠気によりシャインの力は半分以上失われていた。そこにサイハテの接近とくれば勇者はどうしようもない。荒く、生暖かい吐息が勇者の首筋を刺激する。勇者は唇をギュッと真一文字に結んだ。サイハテはシャインにものしかかる。そんな状態が十数秒続いた。


「いつもの君らしくないぞ!サイハテ!」


「いつもの私って何だ……?シャイン」 


 艶っぽい口調でサイハテは宣う。シャインは眉を顰めた。


「私は結構男性には積極的なんだ。お金を払って喋りに行くぐらいだよ」


「それとこれとは話が別だ!君は今……君が大事にしていることを自分で壊そうとしている!」


その言葉をサイハテが聞くと動きがぴたりと止まった。その隙にシャインは上半身を起こした。それと同時にサイハテを軽々と持ち上げ、自分の目の前に座らせた。地べたに尻をつける二人。シャインはサイハテの肩に手を置き、眉を逆八の字にして言葉を紡ぐ。


「狂気を感じるぐらい葬送にまっすぐで!お疲れ様を言うためなら、魔王を倒した勇者にさえ立ち向かう!それが君だ!それが君が君にかけた魔法だろう!こんな魔法くらいで正気を失うな!サイハテ!!」


 シャインは絶叫に近い声量で言う。


 サイハテは自分の名前が叫ばれたその瞬間から、何かが心で爆ぜたような気がした。濃霧に包まれた自分の一番の欲望が姿を現した。


 彼女はゆっくりと目を閉じた。しばらく目を瞑る。シャインは肩で息をしながらそんな彼女を見守る。二十秒後、彼女は瞼を上げる。


「……私のいちばんの欲は……お疲れ様を言いたい……それだけだ。食欲でも睡眠欲でも性欲でもない。それを思い出した。私は変かい?シャイン」


 シャインは頬を綻ばせ、フルフルと頭を振った。今更彼女が変だとは思わなかった。それこそがサイハテをサイハテはたらしめるモノだったからだ。


「何もおかしくない。君らしい」


 シャインはゆっくりと立ち上がると、ライトルドの方を一瞥する。彼に恨みはない。彼はシャインを試す立場だ。サイハテに声を届けられたことを感謝こそしていた。ライトルドは何も言わずにシャインを見つめていた。


「さぁ、立つんだ。サイハテ」


 サイハテは自分に差し伸べられた手を取るのを躊躇った。自分がひどく汚れたような気分だっだ。


「一度は欲に負けた私だよ。いいのかい。こんな私に儀礼を任せて」


「葬送において君以上の信念を持つ葬官を知らない」


 サイハテは目を丸くした後、頬を緩めた。そしてシャインの手を取ると、彼の手を綱のように引っ張る形で立ち上がった。彼女は頭一つほど高いシャインの顔をじっと見つめると、ポツリとつぶやいた。


「ありがとう」


 二人はライトルドに向き直る。ライトルドが手を挙げると、周囲の星魔導士たちは杖を納めた。


「ふむ。まずは葬官サイハテに謝罪を。勇者を試すためとはいえ、葬官にかける魔法ではなかったかもしれない」


「構わないよ。シャインがいてくれたからね。それに彼を試す試練だ。私はどうとでも使ってくれ」


 ライトルドはサイハテに向かってぺこりと頭を下げる。そして次にシャインの方へと向きなおった。


「勇者シャイン!其方は食欲に、睡眠欲に、性欲に抗った強靭な理性の持ち主!認めよう!星のように大きな人間であると!」


 ライトルドは仰々しく杖を構え、ローブを翻すと、大股でプレアデスの方へと歩いていく。そして目の前に頭突きをかますようにプレアデスに向かって頭を下げた。


「一級星魔導士ライトルド!ここに勇者シャインをプレアデス様が動くに足る人物であると判断します!」


 プレアデスは夜空の星ように輝く目を細めて笑った。冬の夜空のような透き通った声で高らかに宣言した。


「私、最高星魔導士プレアデスは勇者シャインの願いを受け入れると約束するわ。シャインが星のように輝かしい人物であると判断し、賢者レイのラストウォーターを私が行いましょう」


 プレアデスはオーロラのような服をはためかせ、カツカツと床を鳴らして二人に近づく。そしてサイハテとシャインの頭に手を置いて一撫でした後、再び振り返って建物の奥へと入っていった。





 

 


 

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