第17話 理性
※今回の話はセンシティブと捉えられる表現を含みます。
ライトルドは一時間ほどで試練の用意ができたと言って、サイハテとシャインを呼びに来た。二人は応接室で茶を飲んでいたが、あまり味がしなかった。
「シャイン、どうやら試されるのは君らしいけど、私にできることがあれば何でも言ってくれ」
「感謝する。サイハテ」
「ではこちらへお越しくだされ」
ライトルドに続いて二人は応接室を出た。白い壁の廊下を抜け、一時間前にプレアデスと相対した大広間へと戻ってくる。先ほどと同じように美しい内装が広がっているが、ただひとつ椅子とテーブルが片付けられていた。広くなった大広間に星教のローブを来た教徒たちがずらっと並んでいた。そして一段床から高くなったところに置かれた椅子にプレアデスが座っていた。
「西国グルス地区担当、一級星魔導士ライトルドの名において、勇者に試練を課す!」
ライトルドは声高に宣言する。ピリッとした空気。誰一人としてライトルドから視線をずらさなかった。
「試練の内容を説明いたす!これより試練が終わるまで、理性を保て。勇者よ!」
「……り、理性?」
「欲とは人の心において多くを支配する。欲を律する人間は大きな人間と言えよう!異論は?」
「ありませぬ!」
二人とプレアデス以外の星教徒がコンマ一秒もずらさぬように声を揃えた。その中で勇者が一歩前に歩み出た。
「受けよう。一月食べられぬことも、呪いで一週間眠れないことも、宿で魔族のハニートラップを仕掛けられたこともあった。しかし俺は全てを退け、魔王を討った。レイのため、理性を保って見せよう」
ライトルドはこくりと頷いた。すると手を天井に向けて上げ、声高に叫んだ。
「試練を開始する。第一陣!」
周囲の教徒が一斉に勇者へと杖を向けた。そして杖を光らせ、魔法を行使する。
「双眸安息せよ!」
杖から白い光が迸る。シャインに向かっていく筋もの眠気魔法が襲いかかった。彼は避けることなく、その身で魔法を受けた。眠気魔法は賢者レイもよく使っていた魔法だ。彼はその効力をよく知っている。そしてそれを受けて立っていることこそが睡眠欲に打ち勝つことを意味するのだ。
シャインの視界がぐらりと揺れる。額縁に入った景色を見ているような気がする。解像度が下がる。目の前にいたライトルドの輪郭がぼやけ始めた。いくら勇者といえども星魔導士十数人の魔法を無防備に受ければタダでは済まない。
しかしシャインは両手で頬を挟むように叩いた。バチンと頬が叩かれた音がギンガの中に響いた。勇者の頬はジンジンと赤く腫れていた。
「ふぅ……さぁ、次の準備はできてるぞ!」
眠気が完全に飛んだわけではない。まだ勇者には一週間寝ていないほどの眠気が残っていた。しかしレイのため、何より自分のために耐える。重力の傀儡となって地面に伏してしまいたい気持ちをグッと堪えた。ライトルドはそれを見ると、更に言葉を続けた。
「第二陣!」
シャインの前の床が光りだした。そしてその眩い光が薄らいでいくとともに、テーブルが姿を現した。その上には海の幸から山の幸まで、この世の贅沢を全て皿に乗せたようなご馳走が並んでいた。シャインは思わず眉を吊り上げる。そんな彼に十数の杖は無情に向けられる。
「乾け、欲せよ!」
その魔法にかけられたシャインは急に胃が悲鳴を上げるように痛んだのを感じた。胃が、腸が、口が何でもいいから入れろと叫んでいる。口の横からは目の前の料理を目にして涎が垂れてくる。今すぐにでも料理人手を伸ばしたかった。
「シャイン!下がれ!」
サイハテの声がシャインの鼓膜に響く。その声に欲求を押し込めて彼はご馳走に彩られたテーブルに背を向けた。
「はぁ……はぁ……これで終わりか?」
「さすがは勇者。残る魔法は後一つだ。汝の強き理性を見せてみよ。第三陣!」
勇者はグッと拳を握り、魔法に備えた。しかし妙な感覚を覚える。眠気と飢えに襲われていてもわかるほどの違和感だ。杖が半分ほどしか彼の方を向いていない。その訳を推理する前に魔法の詠唱が行われた。
「獣欲に狂え!」
桃色の光が二筋伸びた。一つは勇者へ、もう一つはサイハテへ。サイハテは予期せぬ魔法に当てられ、ビクンと体を震わせて、その場にうずくまった。一方勇者シャインにも魔法は直撃してきた。
桃色の光が迸った瞬間から、シャインの心のうちには耐え難いほどの欲求が渦巻いていた。無意識のうちに手が下半身のベルトに向かっていたのに気づき、彼はガブリとその手に噛み付いた。痛みによる欲求の緩和だ。
「はぁ……はぁ……なるほどな。これは確かに魔族のハニートラップよりはきついかもな……だが、耐えたぞ!」
「まだだ」
ライトルドが冷たく言い放つのと同時に、シャインは肩に手を置かれ、勢いよくサイハテに押し倒された。突飛な出来事に彼は目を白黒させる。
「さ、サイハテ……?」
シャインに馬乗りになったサイハテの目は虚だった。そして息を荒らげ、紅潮した頬を歪ませて笑った。犬歯のあたりから涎がこぼれ、その雫が勇者の頬に垂れた。倒されつつも勇者は叫んだ。
「まさか……卑怯だぞ!ライトルドさん!彼女を巻き込むな!」
「葬官サイハテは言った。できることは協力する、と。ならば勇者の理性を試すのにも協力してくれるはず」
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