第16話 試練
霊国ターミナルの最北端には崖がある。下を覗き込むと吸い込まれそうになる程の高さをもつ崖だ。そこに建つクリスタルを纏ったような建物が星教の総本山だ。
サイハテは何度か訪れたことがあるが、初めて来た勇者シャインは感嘆の息を漏らした。彼の目には天をつくほどの高さの総本山が映っている。陽光を反射し、玉虫色に輝く建物を見て、しばらく何も言えなかった。
「シャイン。見惚れる時間は終わったかい」
「あ、あぁ。こんなにも美しい建物は初めてだったものでな。魔王の城の対義語がこの建物と言われても信じるよ」
二人は白いレンガの道を歩く。この道は建物まで続いており、扉の前で虹色に変わった。二人の前にはシャインの身長を優に超える扉。サイハテは扉の横に鎌を立てかけた。
「星教の儀式には刃物を忌む場合があるからね。一応持ち込まないことにしてるんだ」
「では俺もそうしよう」
シャインはガチャガチャと腰につけたベルトから剣を鞘ごと外すと、サイハテの鎌の隣に置く。それに続いて彼は王家の紋章が入った盾も腕から外すとそばに優しく置いた。
二人は丸腰のまま、扉を五回ノックした。ノックの音が空に響いた。しばらくすると誰も手をかけていないのにも関わらず、扉は奥に引き込まれるように開く。
二人の視線の先にはオーロラのような衣服を身に纏う一人の女性が立っていた。サイハテは彼女の前で頭を下げた。
「最高星魔導士プレアデス様。お目通り感謝します」
それを聞いてシャインもすぐさま頭を下げる。二人はしばらく地面をずっと見つめていた。気配で何となく存在は感じるが、プレアデスがどういう表情で自分たちを見つめているのかわからない。二人は唾を飲んだ。
「いらっしゃい。大体の話はサイハテから聞いているわ。お入りなさい」
プレアデスは腰まで伸びた薄い金髪を指で弄びながら、踵を返す。彼女が建物の奥に入っていくのに続いて、サイハテとシャインも歩いていく。星教の総本山の建物はギンガと呼ばれる。ギンガの中は窓ひとつなかった。それにもかかわらず明るいのは壁がクリスタルのようにキラキラと輝いているからだ。天井には真っ暗な夜空に砂糖をまぶしたように星々が描かれていた。星から連想されるものは全てあるのではないか、と思うぐらいの内装であった。
プレアデスは奥にある椅子とテーブルを指差し二人にかけるように促した。円形のテーブルに三人は等間隔でかける。椅子を引くのにサイハテは一苦労した。漆の塗られた木の椅子だが、岩のように重かった。
かけた後、プレアデスはしばらく夜空のような天井を見上げた。そして目線を下すと、二人を見つめて口を開いた。
「賢者レイのラストウォーター……すなわち口元を水で濡らすことと、遺体を清めることを私に任せたい……そういう依頼だったわね」
プレアデスは荘厳さを感じさせる口調でそう言う。二人はこくりと頷く。
「星の下に人は皆平等……叶えてあげたいのはやまやまだわ。しかしね……」
プレアデスは長いまつげの下にある満点の星空のような瞳を横にずらした。彼女の目線の先には星のマークのついたローブを着た人々がいた。彼らはプレアデスの弟子であり、国内外問わず各所でギンガの支部で働く者だ。
「最高星魔導士という立場上、自由に動くことはできないわ」
シャインはグッと拳を握り、立ち上がった。椅子が勢いよく後ろに吹き飛ぶ。彼はそれを気にも止めず、プレアデスのもとまで歩いていくと、彼女の前で膝をついた。
「お願いします!どうしても……どうしても俺はレイの最後の願いを叶えたいんです!」
プレアデスは彼のつむじをじっと見つめた後、顎に手を当てた。
「……星から見たら人間なんて皆ちっぽけ。でもその中でも特別大きいことを示してくれたら……私の弟子たちも納得して、私も自由に動けるかもね」
サイハテは眉を吊り上げた。予見していたからだ。プレアデスは最高星魔導士という立場上、星教の全てを執り仕切る立場だ。一人の葬送に直々に出向くことは難しいとサイハテは考えていた。今日はダメ元で来たのだ。しかし結果はどうだろうか。勇者シャインの願いに耳を傾けている。サイハテは追い討ちのように頭を下げて、口を開いた。
「プレアデス様。私からもお願いします」
「……いいわ。試練を与えましょう。それをクリアできたら……あなたを星から、そして皆から見ても大きな者であると判断し、私が直々に賢者レイのラストウォーターをしましょう。内容は……あなたが考えてくれる?ライトルド」
ライトルドと呼ばれた男が星のローブの集団の中から歩み出る。初老の男は少しシワのある顔で厳しい顔を作り、頭を下げた。
「拝命いたします。クリアした暁には勇者の大きさを証明できるような試練を用意し、彼を試しましょう」
ライトルドは勇者とサイハテに視線を送ると、後ろに下がる。一連の話を聞いた勇者は更に頭を下げた。
「ありがとうございます!絶対に試練をクリアして見せます」
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