第15話 勇者とシャイン
フェニックスにシラセの依頼を成功させた翌日にサイハテは自国の歓楽街を歩いていた。いつも通り人に避けられながら、いつも通りホストクラブの戸を開いた。
受付の男がぺこりと頭を下げる。そこから上げられた顔にはサイハテでもわかるほどの作り笑いが張り付いていた。
指名をすませる。金のメッシュの入った黒髪のホストがやってくるのを今か今かと待つ。彼が来た時、ぱあっと子供のようにサイハテは笑う。
「やぁ、サイハテさん。いつもありがとう」
「こちらこそ、私なんかと話をしてくれて嬉しいよ」
サイハテの卑下も気に留めることなく、ホストの男はグラスに酒を注ぐ。
「仕事はどうだい」
「デリケートな仕事だ。あまり個人情報は喋れないけど……一つ前進って感じかな」
サイハテはグラスに注がれた赤い液体をぐいっとあおると、光魔法で青く煌々と輝くシャンデリアのついた天井を見上げた。願わくばフェニックスのシラセを依頼できたことを話してみたい。コミュニケーションに飢えた彼女の密かな悩みだ。しかしあまり具体的な話をすると依頼者のプライベートに関わってしまう。
それをわかっているからこそ、サイハテの担当の男も少し口元を緩めて、抽象的な話に専念する。
「人に必要とされてる仕事が前進したならいいことだ。記念に何か頼もうか」
「商売が上手いね。フルーツ盛りで」
サイハテがまんまとフルーツ盛りを注文すると、スタッフは見越していたかのようにものの十数秒で大皿に入ったカラフルなフルーツを持ってくる。サイハテはイチゴをフォークで刺して口に運んだ。
「そう言えば東国での仕事は終わったのかい?」
「終わったよ。今では西国の仕事だ。ある有名人がなんか協力してくれるから、仕事の難易度は下がったんだ」
男はサイハテの空になったグラスに酒をなみなみと注ぎながら、眉を吊り上げる。有名人とサイハテに繋がりがあることが驚きだった。
「有名人?すごい人と仕事をしてるんだね」
「彼から仕事の手伝いをしたいと言ってきたんだ。目的は……あんまり分からない」
サイハテはシャインとレイのことを濁した。彼のことは顧客の個人情報だ。だが、言葉を濁した理由はもう一つあった。勇者がそこまで人のために動くというのがサイハテにはどうにも解せないのだ。
「この有名人はつくづく大変なヤツだと思うよ。行動の理由が他人本位なんだ」
サイハテはパインを口に放り込むと、腕組みをして考えるようなそぶりを見せた。ホストの男は口元を緩め、自分もブドウを一粒口に放り込む。
「サイハテさんもかなり他人本位じゃない?良い人だってすぐ分かるよ」
「今日は絆されとこうかな」
サイハテは酒のお代わりを注文する。そこから眠気が襲うほどに酔っ払うまでサイハテは会話を続けた。一方のホストの男は何杯グラスを空にしてもケロリとしていた。サイハテの密かな野望は彼を酔いつぶすことだ。
支払いを済ませ、彼女が店から出る。また来てね、の言葉を背に受けながらサイハテはドアを閉めた。そして夜風に当たりながら少し歩いた。酔いによって視界がガタガタするような感覚。しかし歩けないことはない。
自宅まではそう遠くない。歓楽街を抜け、側で風車の回る野道を進む。彼女が家に着く頃にはだいぶ酔いも覚めてきた。その覚醒した目で自宅の前に佇む一人の男を捉えた。
「シャインじゃないか。どうかしたのかい」
「明日は星教のプレアデス様に会いにいくんだよな?」
「そのつもりだけど」
「レイは俺の友達だ。また一緒に連れて行ってくれないか」
サイハテは酔いが完全に吹っ飛んだ。彼女は首を傾げる。たしかにグレン峠では彼に随分助けられた。それは事実だ。しかしそれ以上に彼が協力しようとしてくるのがそもそも彼女には分からない。
「何故そこまで私の仕事を手伝うんだ?友人のためなのは分かるよ。でもあまりにも他人本位だ。自分が悲しむ時間をとりなよ」
「わかってる。でも俺はもう少しエゴを出しても良い時期になったと思ってる」
「エゴ?」
「レイの葬送をド派手にしてやりたい。これはレイのためでもある。でも俺も彼の最期を彼の望むようにしたい。俺の意思だ。もう民衆の奴隷じゃない。勇者の意思じゃなくて、シャインの意思なんだ」
サイハテはパズルのピースが合わさったような気分になった。そして自分の誤りに気づく。勇者は他人本位なだけではなかった。歓楽街で再会したあの夜を境に彼は変わったのだ。民衆の総意から自分の意思で動く人間へと。彼がサイハテの仕事を手伝うのは利他的なことではなく、エゴもあったのだ。
それに気づいたサイハテはふぅとため息をついた。
「互酬性の話覚えてるかい?」
「人は何かを送り合って生きてきたというやつか」
「君は人類に多大なる貢献をした。あと三十回くらいわがまましても許されるよ。じゃあプレアデス様のところへは一緒に行こう」
「あぁ、頼む」
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