第14話 お願い

 魔族領をさらに南下したところにグレン峠は位置する。焦げのこびりついた岩の斜面が頂上まで続き、途中の溶岩の川からは凶暴な魔獣が飛び出してくることもしばしばだ。サイハテは身のこなしや護身術に秀でているが、そんな危険地域を一人で動くほど軽薄ではない。だから彼女は勇者と共にグレン峠の麓に立つ。


「これからグレン峠に登るけど、覚悟はいいかい?シャイン」


「魔王討伐に比べればなんてことないさ。それにレイの望みだ。フェニックスの元までいこう」


 勇者は金色の装飾の施された鎧と武器に不備がないことを確認すると、グレン峠への第一歩を踏み出した。サイハテはその後に続く。


 道中火の粉が視界を覆い尽くしていた。時々服をバサバサと叩かなければ燃えてしまうほどだ。顔についた火傷も数え切れない。その上灰も飛び、視界がすこぶる悪い。


 溶岩の川に沿って二人は登っていく。黒曜の地面を踏み鳴らし、額の汗を拭う。冷たさの真逆の環境だ。


 サイハテは懐から水筒を取り出す。きゅぽんと音を立てて蓋を開けると、少し水を含んだ。そして素早く飲み込み、蓋を閉める。そうでもしないと水が蒸発するように思えた。一方で勇者は汗一つかいていない。火傷もできた側から勝手に治っていく。それを見てサイハテはため息をついた。改めて目の前にいるのは正義の化け物だと実感した。


「君に立ち向かった自分を褒めたいよ」


「何の話だ?」


「こっちの話だ。あ、魔獣だ」


 サイハテの視線の先の溶岩の川。そこから熱した鉄のような鱗を持つ大きなトカゲの魔獣が現れた。ラヴァザードと呼ばれるその魔獣は一度市街地に出現してしまえば、市民は全員避難しなければならないレベルの魔獣だ。しかし勇者は余裕な顔を崩さない。


「俺がやろう」


 勇者は剣を抜くと、横薙ぎに一閃振るった。それと同時に空間が歪むほどの暴風が吹き荒れた。地面を捲りあげ、近辺の溶岩の川を消し飛ばすほどの威力だった。


 サイハテの方にも余波は来ており、瓦礫を間一髪のところで避ける。一方でラヴァザードは吹き飛んだのか消し飛んだのかわからない。


 そんな災害級の技をもつ男と一緒であることも幸いし、頂上まで一時間ほどでついた。サイハテは少し拍子抜けした。もう少し魔獣に襲われたり、落石に苦しめられるものだと思ったのだ。しかし現実には魔獣は勇者の剣の一振りで戦闘不能になるし、落石は木っ端微塵に吹き飛んでいった。


 頂上には円形の地形が広がっていた。家が三、四軒並んでも余裕があるほどのスペースだ。そこの中央には小さな溶岩だまりがある。サイハテはその溶岩だまりに向かって叫ぶ。


「フェニックス!用事があってきた!姿を見せてくれないか」


 溶岩だまりが蠢いた。勇者は少し剣を抜くそぶりを見せたが、サイハテはそれを制止する。溶岩だまりに膨らみが現れ、その中から虹色の鳥のような存在がはためいた。フェニックスだ。


 羽音もさせずに宙を踊り、サイハテ達の真上で円を描く。そしてしばらくすると、二人の前に降り立った。クチバシをゆっくりと開き、クリスタルのような透き通った声、かつ荘厳な声で話し始めた。


「人間か。何の用だ」


「私はサイハテ。単刀直入にお願いする。賢者レイの葬儀においてシラセを請け負ってくれないか」


 フェニックスは目を見開き、トサカを立てた。まさか伝説に近い存在の自分がそのようなお願いをされるとは思っても見なかった。フェニックスは苦笑する。シラセの概念を知らないワケではなかった。


「フフ、我にシラセ……ずいぶん賢者とは偉い存在なのか?」


「人間に害をなす魔王を倒した勇者パーティの一人だ」


 フェニックスは目を瞑る。そしてゆっくりと嘴を開いた。


「人間にとってはめでたいだろう。しかし悠久を生きる我らにとっては人間と魔族のどちらが栄えようがどうでもよいのだ」


 勇者が前に出る。サイハテは少し驚いたが何も言わなかった。フェニックスの視線が彼に映った。


「おお、これほどまでに屈強な人間を見たのは五百年ぶりだ。お前が勇者か」


「そうだ。俺は勇者シャイン。レイの友人だ」


「フフ、その剛腕で我を屈服させ、シラセをさせるのか?」


「そんなことはしない!ただ……友達の願いを叶えてやりたいだけなんだ」


 シャインは絞り出すように言った。永きを生きるフェニックスには彼の気持ちを見通すことなど容易い。だから彼が真に友達を思っていることはわかっていた。


「太古より友情や愛は尊い。人は友情ゆえに無限の力を発揮する。命さえもかなぐり捨てる。それは我もわかっている。だがシラセを請け負うメリットがわからんのだ」


「メリット……」


「勇者よ、おそらくお前は見返りなど求めずに人のために動いてきたのだろう。しかし太古より何かを送り合うことで人々は栄えてきた。だからこそ問おう。我のメリットはなんだ」


 勇者は口をもごもごさせ、何かを言おうとしたが何も言えなかった。ただ手をグッと握っただけだった。代わりにサイハテが前に出る。


「サイハテよ。お前は我のメリットを答えられるのか?」


「あなたはフレンだね?」


「……なぜ我の名を知っている」


「霊国ターミナルの図書館は本を借りた人の見た目の情報は記録してある。三百年前、フェニックスのフレンが本を借りたこともね」


「なるほど。お前はあの国の者か。ブックエンドの一族は息災かな」


「元気だよ。あと延滞料金の代わりにシラセをしてくれなんて言わないよ。ただ……あなたは知識に飢えている」


 フェニックスのフレンは目を細めた。


「何が言いたいのだ?」


「悠久を生きる貴方は知識を貯めることに喜びを感じているのだろう。でも何千年も生きていればほとんどの知識は得られてしまう。だから三百年前を機にグレン峠周辺から出ることはしなくなった。違うかい?」


「名推理だ。サイハテ。我々にとって一瞬でも人間は三百年の間に新たな知識を多く生む。我はそれまでこの地にいようと思ったのだ」


「だったらトップクラスに難しく、解釈の分かれる知識を得る挑戦をしてみないか?」


 サイハテの言葉にフレンも勇者も首を傾げた。彼女が何を言わんとしているのかわからなかった。


「人にとって葬送とは、人にとって死とは何なのか。不死の貴方が考えるにはとても興味深いテーマじゃないか?」


「なるほど。確かに我は死を知らぬ。それゆえに葬送も知らぬ」


「ぶっちゃけ死や葬送の本質を見抜いている人間なんてほとんどいない。自分なりの考えを持っているだけだ。でも葬送に関わってみることで、フェニックスの貴方にも新たな知見が得られるのではないかな」


 フレンは少し考え込むような仕草を見せた。そして溶岩だまりの中、あたりの火の粉飛ぶ空を見つめる。そしてしばらく目を瞑る。目を開けると同時に少し笑みを漏らす。


「なるほどな。葬送や死を確かに我らは知らぬ。関わり、考えてみることで新たな知識を得られる……わかった、シラセを我が引き受けよう。無論弔意はある。賢者は我の知らぬところで結果を残した。それには敬意を表する。それとは別に新たな考え方を得るという意味でも……協力しよう」


 サイハテは頭を下げた。シャインもそれに続く。


「本当にありがとう」

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