第13話 ターミナル国立図書館
これくらいかな、とレイが告げたのは彼が理想の葬送語り始めてから十数分経ったころだった。彼は数十にも及ぶ要望をサイハテに押し付けんとしていた。サイハテはぽりぽりと頭をかいた。
「レイ。最善は尽くす。でも叶えてあげられるのはせめて六割かもしれない」
「構わないよ。無茶を言っている自覚はある。これでも賢者だからね。物事は俯瞰してみれるつもりだ」
レイは片目をぱちりと閉じて見せる。彼の振る舞いは魔王の呪いに侵されていることを微塵も感じさせない。しかし彼の魔力そのものが衰えているような風なのをサイハテは見てとった。魔法の才にあまり恵まれない彼女にもわかるほどだ。
「とりあえず順番的にシラセの手配からかな。フェニックスに会いに行ってみるよ。ちなみにフェニックスに知り合いはいる?」
「いないな。勇者パーティとして色々冒険したつもりだけど……会ったことないな」
サイハテは顎に手を当てて少し考え込んだ。勇者パーティは西国から魔族領にかけて広範囲を旅している。その彼らが知らないということはフェニックスに出逢うのは相当な困難であることを意味する。
要するに足りないのは知識だ。フェニックスの生息地を知るため、サイハテは小さな関係網を使う。
翌日彼女はターミナルに戻ってきていた。知識の宝庫の番人たるショカに会うためだ。大仰なターミナル国立図書館扉を前にサイハテは少し開けるのを逡巡した。
「ショカ……今忙しいかな」
今日は祝日であり、図書館への人の出入りも多い。つまりショカが客の案内を行なっている可能性があるのだ。サイハテはフェニックスの情報とショカの忙しさを天秤にかけた。少し俯いて考え込むと、彼女は勢いよく扉を開けた。
立て付けが悪い扉はその下部を地面に擦り付けながら開く。羊皮紙の匂いが彼女の鼻をつく。彼女が扉を閉めると、糸に釣られてもないのにふよふよとガラス玉に入った炎が近づいてきた。ガラス玉は値踏みするように彼女の体周辺をぐるりと浮遊する。そして右肩あたりに止まった。
炎魔法の灯りがなければこの図書館では迷子になるか、書架の角に衝突する。それほどまでに薄暗い図書館の中をサイハテは進んでいく。陰気な雰囲気だが、汚いというわけではない。カーペットを踏んでも埃が立つことはないし、埃を被った本など一冊もない。ショカの手入れが行き届いている証拠である。
林立する本棚の隙間を縫うようにショカを探していると、三十五番の棚にショカを見つけた。彼女はハタキを持って本棚の埃を払っているところだった。
「やぁ、ショカ。今平気かい」
「ん?君のためなら時間は作れるよ。どうしたの」
「フェニックスの棲家を知りたい」
ショカは眉を顰めた。それほどまでにサイハテは素っ頓狂なことを聞いているのだ。整理のつかない頭のショカを置いてサイハテは小さな声で説明する。
「賢者レイの葬送を事前に任された。彼はフェニックスのシラセをご所望なんだ」
「不死の存在に死のお知らせを頼むのかい?なんか怒られそうだけど」
「私はそうは思わない。フェニックスなら死に対して私たちと別な感情を持ってるんじゃないかな。とりあえずお願いしてみる価値はあるんだ。それに賢者の願いを叶えてあげたい」
「まぁ……君ならそこまでするかぁ。二十四番目の生物の本の棚の一番上。フェニックスについて書かれた本があるよ。棲家も載ってる。五百年前の賢者が書いたから信憑生はあると思うよ」
「わかった。ありがとうショカ」
サイハテは二十四番目の棚に向かわんとする。しかしその肩をショカが掴む。
「待って。今思い出した。三百年前はまだこの図書館貸出をやってたんだ」
「え?そ、そうなんだ」
「フェニックスのフレンという方が三百年前にここで借りた本を返してないらしい。延滞料金がえぐいことになってるけど……それをフレンに会ったら言っておいて」
「ずいぶん規模のでかい延滞だね。わかった」
フェニックスも本を借りるという新たな知見を得たうえで、サイハテは二十四番目の棚から超越的な生物論という本を取り出した。そしてテーブルにそれを持って行き、開く。近くに浮いていたガラス玉が本を照らしてくれる。
「フェニックスの棲家……グレン峠……最南」
サイハテは唇を真一文字に結んだ。グレン峠は溶岩の川が流れ、火の粉が舞う厳しい地だ。一人では到底到達できない場所だと感じたのだ。
「さて……どうするか」
サイハテは数少ない知り合いの中から溶岩をものともせず、山登りができる人物を探し始めた。
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