第12話 思いのままに
サイハテは勇者シャインと約束をした翌日に西国を歩いていた。東の国の土の道路とは異なり、石畳はずっと歩いていると疲れてくる。サイハテはしばらく大通りを歩くと、ため息をついた。
「賢者の家……遠いな……」
少し休憩、と考えて彼女は道端に数メートルおきに置いてあるベンチに腰掛ける。大衆が彼女をジロジロ見るのはそばに大鎌を置いているからではない。葬官が日常に現れていることが大問題なのだ。しかし苦々しげな目線をものともせずにサイハテは足を組んでくつろぎ始めた。
勇者シャインから聞いた話によると、賢者レイの家は西国の森の中にあると言う。つまりこの街中からは離れているのだ。体力には自信があるが、長旅になるのは面倒臭い。
「宿なんかどこも泊めてくれないしな……」
サイハテが空を見上げる。雲が動くのをみてさらにため息をつく。雲のように空を飛んで、行きたいところへふわふわと行けたらなんて夢想する。魔法をショカに習ったこともあるが、簡単なものしかサイハテは身につけられなかった。そんなことを思い出していると、彼女の視界に黒い点が映った。
「ん?」
青い空を背景に黒い点がどんどんと大きくなっていく。そしてその影は人だとわかるのに時間はかからなかった。青い髪の毛をはためかせ、淡い水色のローブを着た青年が上空からサイハテの元へと舞い降りんとしている。
サイハテは目を疑ったが、上空から彼女の元へと舞い降りたその青年はにこやかに手を伸ばしてきた。サイハテは突然のことに頭が回らない。上空から人が降ってきてその人に握手を求められた経験がある人を探すのは難しい。
「き、君は?」
「賢者レイ。僕を探している気配を自宅から感じ取ってね」
サイハテは目を見開く。ポカンと口を開いてしまいそうになった。サイハテは賢者の家まで数日歩くことを覚悟していた。それほどの距離なのだ。それをこの男は遥か遠くから感知して、飛んできたのだというのだから驚くのも無理はない話だ。
サイハテは気を取り直し、目の前の青年を観察し始めた。青い髪の毛は短く、ツンツンと尖っている。水色のローブは足首まで伸びており、手には宝玉のついた杖を携えていた。噂に違わぬ賢者の出立だ。しかしサイハテには一つ気になることがあった。彼の頬から首筋にかけて、紫色の紋様が浮かび上がっているのだ。
「賢者レイ。話は聞いているかもしれないが私が葬官サイハテだ」
「あぁ。シャインから聞いてるよ。僕の葬送を執り行ってくれるそうじゃないか」
「あぁ、それで……とても聞きにくいが魔王の呪いというのは……」
サイハテはおずおずと聞いた。しかしレイにそれを気にする様子は全くない。彼は襟の部分をグイと引き伸ばし、肩あたりまで肌を露出させた。サイハテはその肌をみて息をのむ。紫色の渦巻き紋様が体を侵食していた。
「これが魔王の呪いの紋様。うちのパーティ全体に強力な呪いをかけてきたからね。全部僕に集約させた」
「魔王の呪いをどうこうできるのは君くらいじゃないかな。君は勇者パーティを救ったんだ」
「ふふ、ありがと」
レイは口角をグイとあげて笑う。確かに彼は笑っている。しかし彼の瞳の奥に悲哀が隠されているのをサイハテは見逃さない。それゆえに彼女は提案する。
「賢者レイ、ちょっと裏道で話さないか?」
「サイハテみたいに綺麗な子にそんなふうに言われると照れるよ」
「はは」
乾いた笑いが出た。彼女はレイと共に細い路地を通り、裏路地に出た。
二人の目の前をネズミが通る。ガラの悪い三人組が二人を睨む。そんなものは怖くはなかった。二人はそれ以上の恐怖と戦っている。
「本題に入るよ。君の葬送をド派手にして欲しいと言うのは本当かい?」
「本当さ。魔王を倒したんだ。僕は僕のやりたいようにやっていいと思ってる」
「協力するよ。それで、君の信仰は?」
「僕の信仰は星教だ」
星教は西国に広く信仰されている信仰形態だ。死後には夜空に輝く星になるという考えで、生前の行いが良ければ良いほど強い光を放つ星になれるという。星教では流れ星は先祖が会いにきてくれるのと同義と考えており、尊ばれる。
「星教か。スタンダードな星教の葬送にするが……具体的にどうド派手にして欲しいんだい?」
レイはニヤリとイタズラっぽく笑う。
「まずシラセをフェニックスにして欲しい」
「へ?」
「僕の葬送が行われることをフェニックスが皆に知らせるんだ」
物語をつくらんとしている脚本家のように、彼は自分の葬儀のストーリーを語る。そんな顧客はサイハテにとっては初めてだ。
「う、うん。なるほど……」
「末期の水……西国ではラストウォーターか……それを星教の最高星魔導士のプレアデス様にやって欲しい」
サイハテはメモをとる。しかし実現するのが思った以上に困難だと実感が追いついてくる。
「あとあと、棺はホーリーパワードツリーで作って欲しい。それから……」
悲哀は消えない。だが意気揚々と自らの葬送を語るレイにサイハテは反応を続けた。
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