第9話 恩と関わり
サイハテは感覚がなくなりつつある体から声を絞り出した。
「私は儀礼邪魔する奴が気に食わないんだ……誰にだってお疲れ様を言われる権利があるし、誰にだって心穏やかに死者と向き合う権利がある。コレは絶対に曲げない」
ただ一人残る剣士の男はため息をついた。
「葬官。テメェやその装備を売っぱらうのはもう止めだ。とことんイラつくぜ。ここでボロ切れにしてやる」
男は大きく剣を振り上げた。高々と掲げられた刃が陽光を照り返す。そしてその銀色の刃は一閃の光となってサイハテに襲いかかった。
サイハテはただそれを見つめるしか出来なかった。もうすでに限界を十回は超えていた。ただこのまま頭蓋を叩き割られるのを待つのみだ。
剣先が彼女に触れんとする瞬間。硬い音が響く。サイハテは一瞬何が起こったのか分からなかった。ただ自分は助かった。それだけを理解した。一秒後には剣が剣に受け止められていることを認識する。
「待たせた。サイハテさん。ごめん」
男の剣を防いだ剣士バサラはサイハテの方を振り向き、涙を見せる。サイハテはそんなバサラに微笑んだ。
「仲間と話はできたかい?」
「たっぷりと」
男が舌打ちをして剣を離す。そしてバサラを睨みつけた。
「バサラ。内戦の敗者の分際で俺に刃向かうとはどういう思考だ?」
「どういう思考だと?同意もなしに墓を撤去しようとした君たちに言われたくないな」
「敗者の意思なんざ関係ないんだよ。負けたら全て失う!尊厳も!権利さえ!」
「その権利を肯定してくれたサイハテさんは私の大切な人だ!」
バサラは剣を構えた。彼女は猛禽のような眼差しで男を見据えた。真後ろにいる仲間の墓とサイハテをこれ以上傷つけさせたり、愚弄されることはあってはならないことだと感じていた。
刈り上げの男とバサラの目線があった刹那、二人は地面を蹴った。
バサラは深く沈むような態勢だ。一方で男は上から全てを叩き割らんとする。
男はニヤリと笑った。彼にはバサラが致命的なミスをしたように見えた。彼女の姿勢は低すぎるのだ。その上剣を振り上げて攻撃しようとしている。そのため振りの最中に地面を抉ってしまい、減速することは確実に思えた。
「テメェの負けだ!」
眼前に迫る男の剣。バサラはグッと剣の柄を強く握り、剣筋を変える。
「カゲホムラ!」
刃が沈んだ。男にはそう見えた。実際に刃は地面に沈んでいた。バサラは地面を切り裂き、地面の中を進ませて、半円を描いて剣を振り上げたのだ。すなわち地面の中からの攻撃だ。
予想外の切り上げと男の振り下ろしがぶつかる。高い金属音とともに、男の剣は宙を舞う。くるくると空中を踊り、後方彼方へと突き刺さる。
「なっ……お、俺が……負けた……?」
「さぁ、帰れ!もうすぐ私の仲間も来る。ホムラ剣士団を敵に回したいか!」
男は歯軋りをすると、気を失っていた仲間達を叩き起こして、去っていく。
彼らの背中が見えなくなるまで、バサラは剣を鞘に収めなかった。やっと彼らの最後の一人が坂道の向こうへ姿を消したところで剣を収める。そしてすぐにサイハテの方へと向き直る。
「あぁ……なんて怪我だ!腕も外れて……傷だらけで」
「平気だよ、半分自爆みたいなものさ」
バサラは眉を八の字に曲げた。そして懐から包帯やら傷薬やらを取り出した。突如始まった応急処置をされながら、サイハテはバサラに尋ねる。
「なんでわざわざ来てくれたんだい?バサラさん」
バサラは処置の手を止めて、目を丸くした。
「そ、そりゃ大恩人だからだよ。私たち内戦の敗者の葬儀を執り行い、親身になってくれた。私はそれに恩義を感じないほど冷たい女じゃないよ」
今度はサイハテが目を丸くする。
「恩……か。ありがとう」
サイハテはそういうと空を見上げた。痛みにだんだんと意識が朦朧としてくる。薄れる意識の中で彼女はバサラの仲間の墓のことを思っていた。今回こそ守り通せたものの、次はどうか。それを考えていたが、クラっと視界が揺れる。処置を続けていたバサラは突如気を失ったサイハテに大慌てだ。
「さ、サイハテさん?!平気か!今医師のところに……」
バサラは応急処置で包帯などを施したサイハテを背負うと、街の方へと向かおうとした。しかし彼女は十歩も歩かないうちに歩みを止めることになる。
目の前には紫色の渦巻きが現れた。バサラは己の目を疑った。獣道に似合わぬその渦巻きはだんだんと解けるようにして消えていく。
そしてそこには短く切り揃えた金髪の少女がいた。深い紫色の長いコートを地面にずりながらバサラに近づいていく。その少女は懐から羊皮紙を取り出す。そこには霊国ターミナルの公式な印がおされていた。
「霊国ターミナル国立図書館の司書ショカ・ブックエンドだよ」
バサラとは頭二つ分背の低いショカは傍に本を抱えている。彼女はサイハテを背負うバサラに近づくと、サイハテに手を翳した。バサラは突然のショカの登場にポカンと口を開けていた。
ショカの手のひらからは五本の緑色の光の筋が伸びる。その光の筋はサイハテの四肢に絡み、彼女の傷をみるみるうちにふさぐ。さらに外れた肩も元通りとなった。それを見たバサラは顎が地面に落ちてしまいそうになる。
「か、回復魔法か。ありがとう。ショカさん」
「身内の尻拭いだよ。サイハテが世話になったね。ターミナルを代表してお礼を言うよ」
「そんなことない。サイハテさんは身を挺して私たちを守ってくれた」
「へぇ。サイハテは今日はどんな無茶をやらかしたんだい?」
ショカはどかっとその場に腰を下ろすと、バサラにもそうするように促す。バサラには従わない理由がない。ショカがサイハテの関係者かつ、もうサイハテの傷も癒えているからだ。バサラはサイハテを懐から出した敷物に寝かせると、自分は尻が汚れるのも気にせず座った。
「サイハテさんは大勢の剣士たちの単身立ち向かったんだ」
「今回はまぁまぁマシだな。この前は勇者とやり合ったんだよ、この子」
素っ頓狂な声を出したのはバサラだ。実際勇者とやり合うなんて無謀もいいところである。勇者は西国において最高峰の力を持った戦士だ。その功績と名声は東の国のバサラの耳にも届いていた。
「勇者とも葬送に関することで衝突したのか」
「そう。魔王の葬式を邪魔させないためにね。もちろんボロッボロに負けたらしいけど」
バサラは口をつぐむ。ずけずけとサイハテのことを軽く扱うショカに何と言えばいいのかわからなかった。バカにするべきではないと反論しようか、そんなふうに思った時だった。ショカが口を開く。
「でもさ。私はそんなサイハテを好ましく思っている。芯がしっかりしてる人はいいよね。まだ結構危なっかしいけど……これからも何かあればサイハテと関わってやってよ」
ショカの口調は毛布のように柔らかかった。そして彼女は優しくサイハテの頭を撫でた。
「芯が強すぎるこの子には関わりが必要なんだ」
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