第10話 再会
言葉を交わした後バサラと別れたサイハテとショカは霊国ターミナルと東の国の国境へと向かう。相変わらずターミナルの国境線の防衛設備は脆弱そのものだ。竹を格子状に組んだだけのもの。一般人が蹴りで破壊できる代物だ。その奥には石畳の道が敷かれているのが見える。
二人はそんな柵までやってくる。ショカはここまでの道のりで何回もサイハテの体を気遣っていた。だからターミナルに入る直前にも口を酸っぱくしてショカは言う。
「サイハテ。回復魔法を君にかけているとはいえ、君は怪我をしたんだ。さっさと帰って寝るように」
「これを言うのは四回目だが……確約はできない」
「何でさ」
「このまま歓楽が……げふん……行きたいところがある」
サイハテはほぼ出てしまった言葉を誤魔化す。ショカは呆れたようにため息をついた。
「ホストクラブは逃げないよ。ああいったサービスに需要があるのは理解する。だけど君があそこに惹かれている理由を聞くと心配になるんだ」
「そんなこと言っても、あそこはお金さえ払えば私と会話をしてくれるんだ。利用しない手はないよ」
サイハテは元通りになった手を弄ぶようにくるくる回して、俯きながら答えた。そんな恥じらう乙女のような所作にショカは何も言えない。無言になった彼女を見てサイハテはこくりと頷いた。
「私をショカが心配してくれていることは分かってるよ。今回も……いつもありがとう」
ショカが頭に手を当ててフルフルと首を振る。その隙にサイハテは弾かれるように地を蹴った。突然自分のもとから駆け出したサイハテにショカは手を伸ばした。しかし届かない。
「ちょっ!逃げんな!」
「逃げてない!寄り道して帰るだけだ!」
サイハテは体力には自信がある。一方でショカはほとんど図書館に篭りきりだ。二人の体力差は天地ほど離れている。ショカがサイハテに追いつくなど不可能に近い。まだ岩を手で抉る方が可能性がある。
日が沈み始めている。伸びる影とともにサイハテは走った。ターミナルに入国し、石畳を鳴らし、歓楽街へと向かった。彼女の視界に松明が灯された街並みが映る。
浮ついた雰囲気の男女が行き交うストリート。酒臭い男の横を通り抜けてサイハテは歩く。相変わらず人々は彼女を見ると避けるように動くが、彼女にそれを気にするそぶりはない。彼女は会話に飢えていた。早いところホストクラブに行きたかった。
お目当ての店に近づくと彼女の頬も緩む。喉が会話の準備を始めている気がした。店のドアの取手に手をかける。
しかしドアを開けることはなかった。すぐそばに異様な雰囲気を感じた。どこかで感じたことのある光の気配。彼女が視線を横にずらすと、見知った顔があった。
「勇者じゃないか」
そこには虚な目をした勇者が立っていた。彼の衣服からはタバコの匂いがし、口からは酒の匂いが漂っていた。気配と見た目は確かに勇者だが、様子が明らかに前とは違う。彼はサイハテに気づくと暗い目を丸くした。
「葬官……」
かつて刃を向け合った二人は歓楽街での再会を想定していなかった。もし再会してももともと敵同士なのだから、仲良く会話する必要はない。しかし二人は不思議と歓楽街を共に歩き始めた。サイハテは不思議とホストクラブへの気持ちが少し収まっていた。代わりにというわけではないが、勇者との会話を始めた。
「勇者がこんなところで何してるのさ」
「飲んでた」
「そんなにデロデロになるまでかい?」
勇者は持ち前の身体能力でかろうじて歩いているが、千鳥足だ。顔色も良くは見えなかった。そして何回も吐きそうなそぶりを見せた。
しばらく勇者は俯くと、口を開いた。
「前に葬儀でお疲れ様を言われる権利は誰にでもあると言ったよな。葬官」
「あぁ。持論だけどね」
「俺たち……勇者パーティにもその権利はあるのか?」
勇者の目は酷く潤んでいた。それを見たサイハテは眉を吊り上げた。それに前回会った時とは一人称が異なっている。何があったのか、それがサイハテは気になった。
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