第8話 意思の強さ

 刈り上げの男は眉を吊り上げる。よもや隣国ターミナルの葬官が自分に歯向かってくるとは思っても見なかったのだ。


「おいおいバサラのやつに金でも積まれたか?」


「私が勝手にやっていることだ。ここは通したくない。ただのエゴだ」


 男はプッと噴き出した。彼の周りにいる部下と思しき剣士達も腹を抱えて笑い出す。なにせ人数差が二十倍以上だ。サイハテが大鎌を携えていると言っても、男達は帯剣している上に棍棒や鍬、ハンマーを持っている。武力の差は火を見るよりも明らかだ。


 男は手を挙げると、周囲の剣士に合図を送る。


「この女と遊んでやれ。時間はたっぷりあるんだ」


 三十人にのぼる剣士達は道いっぱいに広がった。鳥が翼をたたむような陣形をとってサイハテを取り囲んだ。


 剣士の一人が剣を抜くと、サイハテの斜め後ろから切りかかった。遊んでやれと言われたが手加減するつもりは皆目無かった。


 金属音が鳴り響く。間一髪のところでサイハテは鎌の柄で剣を受け止めていた。そして鎌を斜めに傾け、相手の剣を滑らせる。エモノが滑った剣士はバランスを崩し、前のめりに体制を崩す。そこにサイハテは槍を突くような勢いで蹴りを浴びせた。


 剣士の一人は鋭い一撃を受け、胃がひっくり返るような感覚に襲われた。


「が……かはっ……」


 サイハテの足元に転がる剣士。彼を見て剣士達はどよめいた。しかしリーダー格の男は驚かない。葬官とは基本強い。そのことを知っていた。なぜなら葬官は葬送儀礼を執り行うために多少の暴力は身につけている。時たまこのように邪魔されるのだ。


 だからリーダーの刈り上げ男は再び手を挙げて再び口を開く。


「この女と遊ぶためにはやっぱりまとめてかかった方がいいな。ほれ、行け」


 その男の声が鬨の声。剣士たちは五、六人まとめてサイハテに向かっていった。


 五、六振りの剣が振り上げられる。全てサイハテを狙ったものだ。その場にいてはサイハテはボロ切れのようになっていただろう。しかし現実にはそうはならなかった。


 彼女に向かっていった剣士達は目を見開いた。自分たちが狙ったサイハテがそこにおらず、剣が空を切ったからだ。


「上だ!」


 誰かが叫ぶ。鎌を持ち、空中に飛び上がったサイハテ。彼女は丸く空間を刈り取るように鎌を振るう。嫌な金属音が響いた。剣士達の剣は半分から上が綺麗さっぱりなくなっていた。


「け、剣を切りやがった!」


 サイハテは着地すると、エモノを切られてどよめく剣士達の腹に鎌の柄を打ちつけた。彼らは糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れる。


 そこからもサイハテは何人もの剣士に斬りかかられた。その度に彼らの武器を切り裂き、無防備になったところに打撃を加えた。徹底的に無力化していく。


 数分もする頃には敵はリーダー格の男一人になっていた。彼は剣も抜かずに部下達が地面にうずくまるのを見つめていた。


「ははは、流石は葬官だな。儀礼一つのためにそこまでの力を身につけるか。いや、バカにはしてねぇ。褒めてるぜ。だから敬意を込めて俺が斬ってやろう」


 リーダーの男は剣を抜いた。サイハテは後ろに足を引き、深く沈むように鎌を構えた。ここで相手の剣を切り裂けば完全に無力化できる。そうすれば彼らはバサラを無理やり邪魔することなどできなくなる。


 二人の目線がかち合う。その瞬間、男が地を蹴った。サイハテは完全に彼の剣筋を見切っていた。そこに合わせて鎌を振るうだけで終わる。そう思っていた。


 サイハテの視界がぐらりと傾く。何かが足を引いた。その感覚を頼りにサイハテは足元に視線を送ると、最初に倒した剣士が自分の足首を掴んでいた。


「は、離」


 次の瞬間サイハテの視界が弾けた。さらに視界が揺れて、サイハテは地面に叩きつけられる。


 一瞬何が起こったのか分からなかった。しかしサイハテはだんだんと状況を理解した。自分は無力化したはずの剣士に足を引かれて、バランスを崩した。そしてその隙にリーダー格の男に顔面を殴られたのだ。


 その結果、サイハテは現にリーダー格の男に剣を突きつけられているのだ。サイハテは鼻の奥に生ぬるい感覚を覚えた。それは口元まで流れてくる。鉄の味がした。


「葬官。無力化にとどめなかったら、こんな目に合わなかったのにな。コイツらの息の根を止めときゃよかったのに」


「自分の仕事を自分で増やす葬官はいないよ」


「そりゃ何となく分かっていたさ。でもその結果がコレだ。なぁ」


 彼の呼びかけに下卑た声を上げながら、剣士達がフラフラと立ち上がる。彼らには打撲以外のダメージはない。それに棍棒やハンマーはまだ手中にある。


「どうすんだ葬官。バサラのところへ行かないでください、と土下座でもしてみるか?」


「したところで君たちは無視するだろ」


 サイハテは男を睨む。いつのまにか彼女は三十人ほどの剣士達に囲まれていた。全員が鍬や棍棒やハンマーを携えている。一方彼女は殴られた時の衝撃で鎌を手放してしまっており、無造作に数メートル離れたところに鎌は転がっている。


「土下座はいいとして、お前に三十振りの剣が切られた。どう落とし前をつける?」


 その男の言葉と同時に彼女の両腕が真後ろの剣士二人に掴まれた。彼女の腕を万力のような力で押さえつける。


「あーそうだ。お前の鎌や装備をどこかに売っぱらえば剣の金にはなるか。そのためには……」


 リーダー格の男はサイハテの黒いコートに手をかけた。彼女は身を捩って抵抗する。しかしそれを真後ろの男二人が許さない。


 ぶちぶちと黒コートのボタンが引き裂かれる。サイハテは恥という感情よりも怒りを覚えていた。無造作にコートが引き剥がされる。灰色のぴっちりとしたインナー姿のサイハテを値踏みするように男は見下した。


「剣分の金にはまだ足らないな。お前ごとどこかに売る……てのはどうだ」


「嫌われ者の私を誰が買うんだい?私にそんな価値はない。さっさと帰った方がいいぞ」


「俺たちは墓を撤去しに来たんだよ。そしたらお前に武器を壊された。その分を徴収しようってんだ」


 男は相変わらず両腕を掴まれたサイハテに手を伸ばす。サイハテは逡巡した。どうするか。彼女にとってこのまま自分が酷い目に遭わされることは些末なことだった。このままここを通し、バサラの祈りを邪魔させることが問題なのだ。


「……うぁぁぁぁっっ!」


 サイハテは突如絶叫した。バキャという乾いた音がサイハテの両肩から響いた。


 男は目を見開いた。まさか目の前の女が両肩を外して、部下達の押さえ込みから脱するとは思っても見なかった。


「ふんっっ!」


 サイハテは痛みが襲う前に刈り上げの男に向かって地を蹴った。自分の全てをぶつけるつもりで男に飛びかかり、硬い頭を相手の頭蓋に打ちつけた。


 鈍い音。弾ける視界。刈り上げの男はそのまま崩れ込んだ。サイハテの行動はまだ終わらない。真後ろにいた二人に向かって飛び蹴りをかます。


「はぁはぁ……ぅっっ!ぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 サイハテは声にならない声で吠えた。両腕は使い物にならないので剣士に蹴りを喰らわす。体当たりを喰らわす。噛み付く。頭突きをする。考えられる限り全ての体術を使ってサイハテは剣士達の無力化に全力どころではない力を振り絞った。


「いかれてやがる……」


 剣士の一人がそう呟いて気を失う。サイハテは血濡れの顔面でそれを見下ろしていた。突然自らの腕を犠牲にして暴れに暴れた彼女に対し、剣士達は恐れ慄く。


 しばらく暴れたサイハテの目の前に残ったのは再び立ち上がった刈り上げのリーダー格の男ただ一人だった。彼はありえないというように頭を横に振る。


「何がテメェをそこまでさせるんだ」





 

 

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