第7話 干渉する権利は
東国は西国とは大きく違う国だ。木組みの建物が立ち並び、地面は石畳ではなく土である。俵が道の左右に積まれ、少しサイハテが歩くと田んぼが見えた。東の国の文化を勉強し直していたとはいえ、石造りの西の国とのギャップにいつも彼女は驚く。
「えぇと……依頼主は……」
サイハテがあたりをキョロキョロと見渡す。しかし遠巻きに自分を見ている人々は目に入るものの、依頼主が見当たらない。今回の依頼主は名の通った剣士だ。人に聞けばどこにいるのか教えてもらえるかもしれない。しかしそれはサイハテが葬官でなければの話だ。
葬官は葬を扱う職として、人々に一線を引かれることがある。それにはサイハテは慣れている。だからこそその一線を自ら越えようとはしない。彼女は何回も咀嚼したその考えを飲み込み、少しため息をついた。
「自分で探すか」
「その必要はないぞ!サイハテさん」
サイハテの肩をその女はポン、と叩いた。サイハテが振り向くとそこには赤い髪を後ろで雑に束ねた剣士が立っている。裃を着たその剣士はサイハテの引いた線を無いかのように彼女に話しかける。
「来てくれてありがとう。一年前は世話になった」
「いいえ。今回私を指名してくれてありがとう。バサラさん」
サイハテはバサラの案内で道を歩き出した。相変わらず二人が歩くと人混みが裂けるように別れていく。まるで二人と人々の間に透明な壁でもできているかのようだった。
「ずいぶん復興が進んだろう?」
「確かに。内戦も落ち着いて剣士の仕事は防衛に重きを置くようになったと聞くよ」
「その通りだ。サイハテさんは勉強熱心だな」
バサラは暖かな日差しを楽しむように体を伸ばす。腕を上にあげた拍子に袖がずり下がる。切り傷や矢傷の痕があらわになった。
「バサラさん、もう傷は痛まないのかい?」
「平気だよ。まだ傷に苦しんでいる同胞もいるが……確実に前を向いてるよ。皆んな」
バサラは街並みをぐるりと見渡すようにして言った。
二人が一時間ほど歩く。家や田んぼも少なくなり、草木の生い茂るような場所へと至る。
「やれやれ。墓をこんな外れに作らなくてもいい気がするのだがな。サイハテさん、墓というのはそういうものか?」
「外れに作られると決まっているわけじゃないよ。墓というのは家の近くにあることもかなりある」
「そうなのか。まぁ、でもここは良いところではあるんだ。自然は豊かだが、魔獣の類も現れない。綺麗な山並みも見える。ここに墓を作ると言った我が主人の判断は正解かもな」
バサラは墓の一つに近づくと、腰ほどの高さの墓に合わせてしゃがみ込んだ。そして手を合わせて目を瞑る。東国でよく見られる作法だ。バサラは一つの墓が終わると次、というようにそれを二十回ほど繰り返す。最後の墓に手を合わせると、バサラはサイハテのところまで戻ってくる。
「待たせてすまない。会話というと変だが……近況報告を彼らにしていたんだ。東国は平和に近づいていると」
「いいね。では東国の周忌の儀式を始めようか」
サイハテは用意しておいた酒瓶を取り出す。そして一つの盃に酒を注ぐと、高々と空に掲げる。その次には山へ、その次には海の方角へ、そして最後に墓の方へと向ける。
「彼方にあれども、酌み交わさん。此方の我らをいつまでも見守らんことを」
サイハテは各方面に向けた盃をバサラに向ける。彼女は神妙な面持ちでそれを受け取る。
葬送儀礼において人々が飲み食いをするというのは東国において珍しいことではない。死者のため、社会的意義など諸説はあるが東国には根付いていた。
バサラは盃に入った酒をあおった。喉に冷たい感覚が流れる。体に染み渡る感覚を味わうと、バサラは目を瞑った。
「ありがとう。サイハテさん。あとは私がろうそくに火を灯して完了だな……集中させてくれるか?頼む」
バサラはチラリと先ほど自分たちが来た方向を一瞥するとつぶやいた。サイハテはこくりと頷き、傍に置いてあった鎌を携えた。
「火の扱いには気をつけて。十分に集中していてくれ」
サイハテはそういうと墓地から離れ、枯葉を踏み鳴らして、来た方角へと歩いていく。
バサラが儀式の仕上げをしているのを背中を感じながら、彼女は歩く速度をあげた。新緑が、景色が左右に流れる。彼女の鼻息は荒かった。
ふと彼女は立ち止まる。街の方から三十人ほどの剣士がこちらへ向かっているのが見えた。
「君たち、この先は墓地だよ。何でハンマーや棍棒、鍬を持っていくのかな」
髪を短く刈り上げた男が彼らの中から歩み出る。
「内戦の敗者どもの墓を撤去せよと上から言われた。人口の増加に伴う宅地を広げるためだ」
「そうか……」
「葬官、お前は部外者だ。退け」
「君たちの国のことだ。私には干渉する権利はないだろう」
「そうだ。分かったら……」
「だけど儀式や大切な時間を邪魔させるわけにはいかないんだ。申し訳ないけどここは通せない」
サイハテは鎌を両手で掴み、構えた。
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