第6話 東の国
葬送から見る東国文化論。名は体を表すと言うように、この本には東国における葬送儀礼について書かれている。その本をパラパラとめくり、サイハテはあるページで止めた。
「今日は何を読んでいるの?サイハテさん」
「今度の仕事のための本だよ。葬式だけが葬送儀礼ではないと実感させられるよ」
そう言った男はサイハテはの隣のソファに沈み込むように座った。夜の闇のように薄暗い店の中、酒の入ったグラスをくるくると回す。スカーレットの液体をグイッとあおると、男は顔を傾ける。
「サイハテさんは独特で素敵だよね」
「ありがとう……どこら辺が独特なのかな」
「クラブに来たら大体……もう少し態度が崩れると思うんだよね。本当に楽しんでもらえてる?」
「もちろん。私は話を会話をしてもらえるだけでいいんだ」
男は口元を緩めた。常連ではあるが、つい確認したくなる。クラブに訪れては葬送の話をする不思議な客。そんなサイハテを相手にできるのは店のナンバーワンであるこの男だけだ。
サイハテは男とチビチビと齧るように酒を飲み、葬送の話を一時間ほどした。サイハテが入店したのは閉店の一時間前だったので、彼女が最後の客だ。
「また来てね。サイハテさん」
「うん。ありがとう」
サイハテがクラブのドアを閉めると、一瞬だけ静寂が訪れる。彼女を見送った男がくるりと体の向きを変える。すると虹色の髪をした、彼より頭ひとつ分低い男が彼の首に手を回した。
「先輩、よくあの女の相手できますね?口を開けば葬儀、葬式……暗過ぎませんかね。そもそもあんな仕事の奴らと関わりたくないですよ」
「そんなことを言うな。彼女ら葬官がやらなきゃ誰がやる。やらなきゃいけないことをする人が嫌われる……俺は不条理を変える力を持っていない。だが会話をすることができる。それで彼女を癒せるならそれでいい」
「そういうもんですか」
「そういうもんさ」
一方サイハテは店から出る。歓楽街だけあって夜も賑やかだ。店の壁に立てかけておいた鎌を背中にくくりつけると、夜の通りを闊歩する。サイハテは夜が嫌いではなかった。人通りが昼より少なく、自分を悪く言ったりする声がいつもより少ないからだ。
夜通し歩くと、眼前に竹で編まれた柵が現れた。町境いの印だ。そこに立っていた兵士にサイハテは近づいた。
「またおでかけですか。サイハテ様」
「うん。明後日からは東国で仕事だ。今日はちょっと癒しを求めてお出かけしてた」
「……お気をつけて」
サイハテは竹の柵を乗り越えて自宅へと戻る。光の魔法道具も使わず、月明かりのみを頼りに体を拭くと、寝巻きに着替えた。ベッドに寝転ぶとサイハテは今日一日中持ち歩いていた本の表紙を見つめた。
「ショカは本を持ち出させてくれないからなぁ……買うハメになった。まぁいいや」
本を置くと、彼女は明後日からの仕事のことを考え、少し唸ってから目を閉じた。不思議と荘厳な気持ちになり、なかなか寝付けなかったがしばらくすると瞼を開くのが億劫になってきた。
翌朝サイハテは東国へと出立した。手には大鎌を携え、腰にはポーチをくくりつけている。体力には自信があるので、食料は最低限だ。代わりに体を清潔にするものをこれでもかと詰め込んだ。葬送儀礼に関わるものとして身体の清潔さは重要だと考えている。
新緑を抜け、岩壁を乗り越える。蔦を切り裂き、自然を踏む。そんな道をズイズイと進む。サイハテは身のこなしには自信があるが、東の国の国境が見える頃には切り傷、擦り傷が絶えなかった。
深い森を背中に、大きく開けた地形に立つサイハテ。東の国は三方向を自然に囲まれている。もう一方は海であり、自然の要塞がその国を守る。木や瓦で作られたその国の建物を遠目に見てサイハテはポツリと呟く。
「もう内戦も落ち着いてきた頃か……?」
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