第5話 サイハテとは
「葬官サイハテは!あの悪逆の限りを尽くす魔族と魔王のために葬儀を執り行ったのだ!コレは懲役百年はくだらんぞ!」
唾を飛ばしながら話すのは葬国ターミナルから西に行った国の兵士長だ。西国での此度のサイハテの審問において、つまるところ彼女を責める役だ。審問官は彼の話を頷きながら聴いていた。
「審問官ショカ・ブックエンド様!どうですか?」
審問官ショカは滑らかな短めの金髪をくるくるといじり、何かを考えているようだった。少しの間天井を見上げる。そして目線を落とす。そこには衣服と鎌を取り上げられてボロ切れを着せられたサイハテがいた。
「ボクは彼女に懲罰を与えるべき理由が不足していると考えるよ、兵士長」
「な、なぜです!」
「葬官の仕事は国境を超えて葬送の儀式を行うことだ。魔族といえども頼まれたら行くのが仕事だ」
「ち、違います!ショカ様!この女はわざわざこの時期に」
「葬儀の時期なんてそうそう遅らせられないよ。引かれる日であっても棺に人形を入れるくらいだ。それとも何?兵士長は勇者が魔王を倒して、皆浮き足立ってるんだから水を差すなと言いたいのかい?」
兵士長の顔が引き攣った。彼の本音をずばり言い当てられたのだ。葬官の仕事相手に魔族は含まれないなんて、どこの国立図書館の蔵書にも書かれていない。
「しっしかし……この女は人間を裏切って魔族の葬儀をしたのですよ?!」
「裏切った?そうなのかい?サイハテ」
サイハテはゆっくりと口を開いた。
「裏切っていない。そもそも人間を優先なんてルールもないけど、あの日人間の葬儀は他の葬官で事足りてた。だから私が魔族の方へと行った。人間の葬儀を放った訳でもない」
「そうだね。霊国ターミナルの活動記録にもそうあるなぁ……」
兵士長は口を真一文字に結び、ワナワナと震えていた。彼は単に魔族打倒が叶った時期に魔族のために仕事をしたサイハテを許せなかっただけなのだ。
ショカは顎に手を当て、書類に目を落とす。サイハテはじっと彼女を見つめていた。
「霊国ターミナル国立図書館司書ショカ・ブックエンドの名において、葬官サイハテの行動に問題はなかったとする」
「そ、そんなバカな……」
サイハテはホッとした。ここで懲役五十年などと言われたら人生設計が崩壊する。彼女は手枷を外され、衣服と鎌を返してもらえることになった。しかし帰ってきた服にはトマトソースがつけられていたのでサイハテは少しため息をついた。
審問が終わり、翌日ターミナルへと帰ったサイハテは自宅よりも先に向かっている場所があった。ターミナル国立図書館だ。
レンガを一つ一つ積み上げて作られた図書館は城のような外観で、窓が一つもない。牢獄と言われても納得しそうな様相だ。その建物の正面の扉をサイハテは開けた。ギギギと木の大きな扉が開く。中にはガラスに包まれた火の玉がふよふよとそこら中に浮いており、灯りとなっていた。
サイハテは図書館の中ということもあって静かに歩き、辺りを見渡した。ところどころに散らばる荘厳な机で老若男女が本に齧り付いている。そんな彼らを尻目にサイハテは林立する本棚の間をするすると抜けていく。
「いた。ショカ、私だ。サイハテだよ」
「声がでかい。もうちょいトーン落として」
ショカは一軒家ほどの高さの本棚にかけられたハシゴの上にいた。そこで彼女は本を出したり入れたりしている。ショカの仕事が終わり、降りてくるのをサイハテは待つ。静かな雰囲気に響くコトンという音。原っぱのような紙の匂い。待っている時間は苦ではなかった。
「はい、お待たせ。何用かな。サイハテ」
「お礼が言いたかったんだ。審問ではありがとう」
ショカは眉を吊り上げた。そしてすぐに歯を見せて笑う。
「まさか幼馴染だからといって甘く審査するわけないだろ。アレはマジで言ってんの。君に非はないと思う……まぁ若干ヤラセではあるけど」
「ショカならそう言うと思った。じゃあいつも通り本を読もうかな」
「持ち出すことはいつも通り許さないよ。館内で手袋とマスクをして読むんだね」
頭ひとつ分低い位置からショカは口を尖らせる。ターミナルの国立図書館の館長として本を大切にする彼女だが、それは度を過ぎているといっても過言ではない。それに慣れきっているサイハテは滑らかな所作で懐からマスクを取り出した。
「いいよ。葬送から見る東国文化論を貸してくれ」
「七十四番の棚の一番下だよ。なに?次の仕事東国なの?」
「そう。東国のある戦士から年忌を取り仕切って欲しいという仕事だ。ほら、一年前に葬儀を執り仕切った女性のところだ。東国の仕事は久々だからね。一応知識の確認だ」
「いつも思うけど、本だけで知識が偏って……ないか。君割と歓楽街とか都会とか行くもんね。いつも歓楽街で何してるの?」
サイハテは口角を吊り上げ、ショカの耳元に口を近づけた。
「ホストクラブ行ってる」
「……楽しいの?」
「楽しい。私はほとんどの人から嫌われてるが……あそこでは会話ができる。嬉しい」
サイハテはそう言うと七十四番の棚へと向かった。
一方で残されたショカは深くため息をついた。幼馴染が娯楽に妙なハマり方をしていたのだからその反応も当たり前であった。
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