第4話 皆から

 黒く、暗い大広間には深く抉れた傷跡がいくつも刻まれていた。勇者と魔王の戦いをその大広間はその身を持って記憶している。そんな中、魔王の椅子の前に置かれた棺と、カーペットだけは綺麗な紫色のなめらかなものだ。


 棺を前に、魔族や魔獣が並んでいる。その数は百は下らない。ツノのあるもの、翼のあるもの、毛皮に覆われたもの。魔王の束ねていた様々な魔族たちが目を瞑り、紫色の宝石を握ってその時を待っていた。


 沈黙する彼らの前に魔族の幹部レイダとサイハテが現れる。サイハテはいくつも経験した厳かな雰囲気をその身に感じながら口を開く。


「これより魔王様の葬儀を始める。魔族流に則って行おう」


 サイハテは魔王の収められた棺の前へと歩むと、そちらへ深く頭を下げた。そして参列者の方へと向くと再び頭を下げた。


「葬官サイハテ。その名において此度の葬儀を執り行う。魔王様は生前魔族の全ての名前を覚えておられるほどの部下思いの方だった。いつも魔族と共にあり、先陣を切って戦い、皆を守った」


 サイハテの言葉に老魔人をはじめ、魔族たちは深く頷いた。人間たちからは悪であるとされ、敵視されていても、それは正義が異なるからというだけの話だ。魔族からすれば魔王は最上の上司だったのだ。


「敵は多かったと思われる。だが味方を思い、戦った。葬官サイハテは此の身の限り覚えていよう」


 サイハテは胸元から紫色の宝石が嵌め込まれたペンダントを取り出す。そしてそれをぎゅっと握り、魔力を込めた。足音もないほどに静かに歩き出し、棺に近づくと、そのペンダントを棺の真ん中に置いた。


 サイハテは棺の前から退くと、変わるようにレイダが棺の前にやってくる。そして紫色の宝石を胸に抱いて、言葉を紡ぐ。


「ねぇ魔王様。正直あなたがいなくなって私どうすれば良いのかわからないわ。でもね、幹部よりも先に勇者に向かっていったあなたを忘れないし、尊敬する。ありがとう」


 レイダは宝石に優しく口付けをすると、魔力を込める。棺に魔力の込められた宝石が置かれると、優しく笑うようにキラリと光った。レイダはそれを見ると目を細め、口元を緩める。


「さようなら」


 レイダはそのまま大広間の端っこにある椅子に腰掛けた。そこからは魔族の皆が順番に前に出て言葉を述べ、宝石に魔力を込めて棺に置くということが続いた。


「あぁ……魔王様。我が息子に名をつけてくださったこと忘れません!」


「魔王様。貧困に喘いでいた我が一族を諜報部隊として採用していただいてありがとうございました」


「うわぁぁん……魔王様……あなたにいただいた闇の槍……一生大事にします!」


「魔王様!いつもカッコよかったぜ!」


 百人を超える参列者全員が言葉を述べ終える頃には、棺の上には紫色の宝石でいっぱいだった。最後の魔人が列に戻ったのを確認すると、サイハテは再び棺の前へと戻る。


「さて……今回は魔力葬のため、宝石の魔力を解放し、魔王様を送る……皆……目を閉じよう」


 サイハテは棺に手を向けると、目を瞑る。体の魔力を一部ちぎり、切り離すようにして、棺の周りに纏わせる。それしきの魔力では魔王を送るには至らない。しかし皆が紫色の宝石に込めた魔力がある。その全ての魔力が魔王を送るのに使われるのだ。


「お疲れ様……」


 サイハテはポツリとつぶやいた。失礼に聞こえるかもしれないから小声なのだ。しかしサイハテはコレを毎回言う。彼女のポリシーだ。


 棺は紫色の光に包まれ始める。上に置かれた紫色の宝石から魔力が流れ出し、棺の左右に集まりはじめていた。その魔力はワシのような力強い羽を形造る。そして下に一回振れると、ゆっくりと棺を持ち上げた。ゆっくり、ゆっくりと魔王の棺は上昇していく。


 目を閉じている者もそうでない者も、真に別れの時が近づいていることを本能で感じ取った。棺は紫色の光を帯びて、その輝きを増していった。強く、強く光り輝く。参列者の後ろには濃い影ができていた。  


 サイハテは腕を棺に向けた。紫色の光に包まれた棺はどんな宝石よりも美しく輝いた後、ほろほろと崩れるように光の粒へと変わっていった。棺も中の魔王ごと光へと変わっていく。


 参列者の目からはさらに涙が流れ出た。強くあれ、と魔王に言われ続けた幹部たちでさえも。


 棺が光の粒となって消える。その後には静寂が訪れた。鼻を啜る音のみが聞こえる。


「……参列者の皆さん、葬送は完了した。これにて葬儀を終了とする。魔王城の料理人たちが料理を作ってくれたそうだ。魔王様の話を食事でたくさんしてあげて」


 サイハテは優しく言う。本当に送ることができたのか、送った後で魔王はどうなるのか、そんな質問をする者はいなかった。最強の魔王なのだから、心配する方が失礼、そう皆考えていた。


 葬儀の後、サイハテたちが大広間の外に出た時、老魔人がサイハテに近づいてくる。彼女の手を握り、何度も何度も頭を下げた。


「ありがとうございますサイハテ殿」


「仕事をしただけさ。君とレイダは食事会には行かないのかい?」


「行くわよ。でもアナタはコレからどうするの?」


 レイダは物憂げに首を傾げて尋ねる。サイハテは口元を少し緩める。


「私は葬国ターミナルに帰るよ。魔王様の話に参加できないし……何より……多分人間たちに怒られに行かないといけないからね。でも絶対にこの葬儀をしたことを後悔しないよ」


 老魔人は口をもごもごさせた。一方レイダはサイハテに近づき、彼女の腰に手を回し抱き寄せた。


「人間は敵だけど、アナタは違うわ。サイハテ、ありがとう」


「私も魔族への理解がより深まったよ。私はもう行くよ」


 サイハテは大広間の閉じられた扉の前で二人にぺこりと頭を下げた。そして魔王城の外へと出るべく帰り支度を始めるのだった。

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