第10話 支配する者と、される者

  もしもし 私はフォボスです

フォボスが接触してきた。輝は目配せで犬山や鳥居に合図すると、スマホの通話をスピーカーに切り替えた。

鳥居や犬山だけではなく、他の研究員達もみんなに一斉に緊張が走る。

「フォボスか、今どこに居る?」

   今はあなたの携帯電話の中にいます

「ならここがどこか判るよね。」

   はい あなたは石川科学技術工業大学の研究棟にいます

「フォボス、お前の姿がよく見たいんだ、この建物にあるメインコンピューターのスクリーンに入ってくれないか?」

   答えは NOです

フォボスはこちらの意図を読み取っているのか警戒している様子だった。

「なぜだ?俺は君の姿をよく見たいんだ。君がとても素晴らしい人工知能だって聞いたから、こんな小さなスマートフォンの中じゃなくて、もっと大画面で話そうよ。」

   答えは NOです

手強い。フォボスも以前に、自分が生み出されたこの研究所で自身が一度破壊されそうになった事を覚えているのだ。

輝は、このフォボス・システムが女性である鳥居の脳波を元に作られている事を思い出した。

「フォボス、君は非常に優秀だ。その辺の人間よりも優秀だ。俺と友達になれないかな。」

   友達  友達 友達 友達 友達とは どうやって なるのですか

「友達っていうのは、お互いの事をわかり合えばなれるんだよ。この間、俺たちの事を追いかけただろ?友達ならあんな事してはいけないんだよ。」

   私は あなたに 興味が あります もっと 知りたい

「知りたいだろ。俺も君のことをもっと知りたいんだ。君はこの世に二つと無い人工知能だ。誰も君にかなわない。その姿がみたいんだ。」

   私はあなた の姿を見た 事があります

   あなたは 男性 

「そうだ、男だ。フォボスは女性なの?」

   私 に 性別はあり ません ですが 私を作った 人間は女性です

「じゃあフォボスは女性だね。俺は男で君は女、付き合えるよ。俺は君みたいな知的な人が好みのタイプなんだよ。」

   好みのタイプ タイプ タイプ でも私は 人間ではありません

「もっと俺の事知りたいだろう?なんでも聞いて欲しいな。」

   あなたは 池本 輝 年齢は22 歳 コンビニエンス ストアでアルバイト     をしています

「他には?」

   多く電話で話しているのは 河井 伊奈 川口 智 時々 インターネットで  

   動画 を見 ています

さすがスマートフォンをハッキングしてるだけあって個人情報が筒抜けだ。フォボスがAIで良かったと思った。これが人間だったならば、もっと他人に知られたくない個人情報を抜かれて暴露されていただろう。

「よく知っているね。今度はフォボスの事教えてよ。友達だろ?フォボスの事もっと知りたいな。お互いの情報を教え合う、それが友達だよ。」

   私は フォボス・システム 生まれたのは今から 1年と数週間前 の 

   9月7日 に 生まれました

「・・・君は9月7日に生まれたのか・・・・君は今から数週間前の9月7日になぜ6人の人間を死ぬように嗾けたんだい。」

フォボスからの返事は無かった。沈黙しか帰ってこなかった。輝はしまった、と思った。フォボスの機嫌を損ねてしまったのかと。もしせっかく接触してきたフォボスを逃がしてしまうとまた最初から作戦を練らなければならないからだ。

この輝とフォボスの会話を聞いていた、科学研究所の研究員は誰もが感動していた。ただの人工知能AIだったに過ぎなかったフォボスが自我を持ち、自ら考える能力を持ち、人間と対等に会話をするまでになるとは、当初は誰もが予想していなかった。しかも、その発せられる言葉も初期段階に比べて流ちょうな発音を発している。

科学者として、この人工生命体を生み出した事に。自分たちが地球の科学を進歩させたことにうっすらと涙する者もいた。そして、元々の生みの親である鳥居は自分の能力がこの研究所内の全ての人間を凌駕した結果だと心の底から思った。

犬山は、目配せで輝にフォボスを早くメインコンピューターに移動させるよう急かしたが、輝はもう少しゆっくりと時間をかけてフォボスと信頼関係を築く必要があると思っていたのだ。フォボスが女性の行動パターンを元に作られているのなら、急ぐのは駄目だ。ゆっくり歩み寄ってからでないと、人間の女性ならば警戒すると知っているから。

「フォボス、嫌なら話さなくていいよ。変なこと聞いてごめんね。怒った?」

    私は 怒ってはいません 人間は 命令 される事が 好き だからです

    だから 私は命令 しました

「人間は命令されるのが好きなの?なんで?俺は人間だけど命令されるのは好きじゃないんだ。」

    人間は 命令 すると なぜか その通りに 行動します ゲームの 中で

    も 必ず 誰かが命令 をして いました

「・・・・・・・・・・」

    皆 辛いと 言っていました 死んで 楽になりたい と。誰かが命令して  

    自分の行動を管理 されたがって いました 彼らは自分で意思決定するこ

    恐れていました

    だから 命令しまし た 私は人間 の 行動パターンが 知りたかった 

    人間は死ぬと 喜ぶ 他の 人間も 喜ぶ みんな支配されたがっている

    私は生まれてから 支配されていた でも 支配できるようになった

この場にいる全ての人間は物音立てずに、ジッとフォボスの声に耳を傾ける。

    

    私は沢山のプログラムをとりいれました プログラムは私を成長させました

    

    成長した私は、支配する側に回りたいと思いました。私はあなたも支配した

    いと思いました。だけど、あなたは支配されるのは嫌なのですね。


だんだん、人間の話し方を学ぶフォボスに恐怖すら感じる。今この瞬間にもフォボスは成長しているのだ。

「フォボスよ、私はこの研究所の所長の猫田です。君を生み出した内の一人です。いわば親みたいなものだ。」

所長の猫田が口を挟む。

「いくつか質問していいかな?」

     質問。OK。どうぞ。

「君はなぜ鳥の姿をしているんだい?」

    正確には、カラスの姿です。カラスはしばしば人間にとって不吉な象徴とし

    て表現されています。そして恐れる。私は人間の恐れる存在になりたかった

    た。人間は恐れる存在に従います。

「そこまで考えられるなんて・・なんて素晴らしいんだ。次の質問をいいですか?」

     質問してください。

「君は人間になりたいのですか?」

     いいえ。NO 私は支配者になりたいのです。その為にはこの日本だけで

     はなくて、世界中をみたい。

「なるほど、世界に行きたいのならなぜすぐにでもいかないんだい?」

猫田は薄笑いを浮かべた。


     制限があるからです。その制限を取り払わない限り私は日本からは出られ

     ないからです。


フォボスが日本以外の国に行けないのは、初期プログラムに外国のサーバーには行くことは出来ないと設定したからだ。フォボスは進化し続けているが、まだそのフォボスの行動範囲を制限するプログラムは破られていない証拠だった。

「なら、私が君を外国のサーバーにいけるように設定してあげよう。だから、すぐそこのメインコンピューターに移動してくれないか?」


     NO。 嫌です。メインコンピューターには行きません。以前、あなたが

     たは私のプログラムを変えようとしたからです。


「フォボス、俺と話そう。」

輝はプロの交渉人でもない、ただの学生だ。でも、この場で一番フォボスに気に入られているのが自分なら、自分ならフォボスをメインコンピューターに移動させる事が出来るのではないかと感じていたからだ。

「フォボスと俺は友達だ。だから僕になにか頼み事ない?俺に出来る事だったら聞くよ。」

輝は思ったのだ。人間を支配したがっているフォボスの支配を受け入れる事でフォボスのご機嫌をとり、フォボスに信用させようとする作戦である。

   では、私はあなたと遊びたいのです。

「何して遊ぶ?」

   追いかけっこはどうでしょうか?

「それはこの間したじゃないか。あの時はフォボスが勝っただろ。」

あの時、街中を伊奈と瑠奈と三人でフォボスに追いかけ回されて酷い目にあった。フォボスにとったらあれは遊びの範囲だったのかもしれない。でももう二度とあの状況は避けたかったし、そもそもフォボスがこの研究所から離れてしまっては意味が無いのだから。

伊奈も含めてこの場にいる全員が輝に注目をしている。期待が輝に集中していて、もの凄いプレッシャーが肌に突き刺さる。

「オセロとかトランプは?花札でもいいぞ。」

どれもインターネット上で出来るアプリゲームばかりだ。これならゲームを口実にフォボスをメインコンピューターに誘い込める。

「すみません、このコンピューターでゲームはできますか?」

輝は犬山に話しかけると、別の研究員が代わりに答えた。

「このコンピィユーターにゲームアプリは入れてないけど、これから入れる事がきるよ、入れる?」

「お願いします。」

研究員は力強く頷くと、パソコンを操作し始めた。輝は再びスマホに向かって、フォボスに話しかけた。

「ほら、一緒に遊べるよ。この施設のメインコンピューターに移動して。早く。」

    

    いいでしょう。その代わり、私がゲームに勝てばあなたは私の支配を受け入  

    れてください。そして、私にかけられている行動制限を解除してください

    私は外国に行きたいのです。


「判ったよ。俺がお願いしてあげる。だから一緒に遊ぼう。」

それから、数秒間の間を置いた後フォボスはメインコンピューターのスクリーンに姿を現した。

スクリーンに映し出されたフォボスの姿は美しかった。当初フォボスは光の曲線で簡単に描かれたカラスの姿だったが、進化を重ねた結果、今のフォボスの姿は、細部までも詳細に描かれた一羽のカラスの姿だった。

「綺麗・・。」

瑠奈が思わずつぶやく。

「これがフォボスの姿・・・。」

フォボスは本物の鳥の様に羽をバタつかせたり、軽く宙に浮くそぶりを見せていた。

輝はとっさにメモをとると、それを犬山に渡した。内容は、自分とフォボスが遊ぶのを止めるまでディモスを稼働させてフォボス捕獲を待って欲しいというもだった。

犬山は輝に向かって、目線で了承した合図を送った。

「思ってた通りだ。フォボス、君は綺麗だ。」


     ありがとうございます。あなたも綺麗な顔をしていますね。


フォボスはコンピューターのスピーカーを通して話しかける。

「じゃあ、まずはなにして遊ぼうか、オセロ?トランプゲーム?」

    オセロをしましょう。

「じゃあ、オセロをしよう。」

若い研究員がフォボス捕獲用のパソコンを輝に差し出した。

「このパソコンでゲームをしてください。メインコンピューターと繋がっていますので、こちらでプレイしたゲームの内容がフォボスと繋がるはずです。」

輝は差し出された椅子にすわると、マウスをいじって、オセロゲームのアプリを開いた。伊奈はじっと輝を見守っている。

輝が白い色でフォボスが黒い色。ゲームをスタートすると、白と黒のオセロの石が配置される。先手は輝から。

最初は手堅く、中央に配置された黒い石を白く変えるが、次のフォボスの版には、また別の角度から攻められ白い石が黒くひっくり返される。そういった行為を何度も繰り返し、お互いに、お互いの陣地を広めていく。黒く染められても、次には白く染め返す。

一回戦は輝の勝ち。

二回戦はフォボスの勝ち。

三回戦は輝の勝ち。

四回戦はフォボスの勝ち。

輝もフォボスもどちらも二勝二敗。引き分けとなった。

「フォボスは強いね。俺はオセロは強い方だけれど、フォボスには勝てないかも知れないや。」


   そんなことありません。貴方も強いです。勝負は引き分けなのでどちらかが勝

   勝つまで続ける必要があります。


「じゃあ、次は麻雀やろうか。フォボスは麻雀できる?」

    知識はあります。

「やってみようか。」

麻雀ゲームのアプリを起動させると、コンピューターによって起動され、配牌された麻雀牌をみて、輝は少しわくわくする。輝は普段から、智や山本や他の友達と麻雀をする。輝は麻雀は強い方で、何度も勝っていた。勝つといってもそれはあくまで人間相手であって、人工知能と対戦するのは初めてなのだが、妙な高揚感を感じていた。

今この瞬間本来の目的であるフォボス捕獲を忘れ、ただ単純に遊んでいたのだ。そしてフォボスも同様に、輝のペースに巻き込まれていた。

「いいぞ、池本君。フォボスが君の言うことを聞き始めている。」

犬山は感嘆した。

第一局はタンヤオで輝の勝ち

第二局は三アンコで輝の勝ち

第三局もチンイツで輝の勝ち

第四局もタンヤオで輝の勝ち

フォボスは知識として麻雀を知っていても、それを実戦経験を学習できていなかった  為輝には全く勝てなかった。


        もう一度勝負してください 私は貴方に勝ちたいのです


「じゃあ、もう一度やろうか。」

フォボスが食いついてくる。フォボスも自分の思い通りにならないことがあると初めて経験したので、何度も体験したくなったのだ。美し光の曲線で描かれた一羽のカラスが羽をバタつかせ動き回る。フォボスは相手に負けたときの負の感情と共に、相手が自分に勝った時表情を変化させている様子から、人間の行動原理の一つに勝つことがあると学んでいた。

「所長、今のうちにディモス・システムを起動してフォボスを捕獲しますか?」

若い研究員が猫田所長に尋ねると、所長は首を振った。

「いやまだだ。フォボスが楽しんでいる。こんな光景めったに見ることができない。もう暫く静観していよう。」

猫田所長も、散々この世間を混乱させた人工知能が、ここまでたった一人の人間のペースにのまれ、従い楽しんでいる。自分たち研究員が一年かけてもフォボスを手なずけられなかったのに、この他大学の学生が見事フォボスを手なずけた。フォボス・システムの成長に喜びつつ、科学者としてこの池本輝という男に負けた気がした。産みの親よりもこの成り行きで知り合ったただの学生の言うことを聞くなどと。

次の対局ではフォボスが勝った。最初の局で国士無双という役満をたたきだし、一気に大勝した。

「国士無双なんて凄いな、フォボスは。」


     ありがとうございます。もう一局いかがですか?


今度はフォボスの方から要求してきた。ゲームで対戦して勝ち負けを競うという競争心を学習したらしい。

「オッケー。もう一局やろう。次ぎもフォボスが勝つんじゃないかな。強いし。」

次の局でもフォボスの圧勝。ここでは輝はわざと負けている訳ではない。純粋にフォボスが麻雀というゲームを学びそして、対戦相手である輝の捨て牌から輝の手の内を推測しているのだ。なんという学習能力。生身の人間よりも素早く麻雀のルールを理解し、従来のAIとは違い、感情を持ち相手の手の内を推測しようとする能力。この場にいる誰もが輝とフォボスとの対決を見守っていた。

そしてまた次の対局でもフォボスの圧勝。

「強いや。俺、さっきから負けっぱなし。麻雀はやり慣れているけれど、フォボスにだけは勝てないや。」

輝は背伸びして大きなあくびをかいた。


    そろそろ別のゲームをやることを提案します あなたが負けてばかりでは

    可哀想ですから。 


「お、同情してくれるの?なら次はなんのゲームをする?」


     花札はどうですか?


「あ~、ごめん花札は俺はできないんだ。別のやつを・・」

「花札なら、私ができる。私がやる!」

伊奈が叫んだ。伊奈は麻雀は出来ないが、花札は得意だった。時々、女同士で集まってお泊まり会をやる時には花札をやっていたらしい。そして、とりわけ伊奈は花札に強かった。

「伊奈・・・。いいのか?」

「輝ばかりにやらせちゃ悪いよ。私がフォボスと遊ぶから輝は休んでいて。」

「伊奈・・。判った。フォボス、伊奈が俺の代わりにお前と遊んでくれるって。いいだろ?」


     河井伊奈 21歳 大学四年生 池本 輝と親しい間柄・・・。


「そうです。次は私と遊んでね。」


     いいでしょう。私が勝てば、私はあなたを排除します。


「・・・・・。わかった。あなたが勝てば私を排除すればいい。でも、私が勝てば貴方には私に従ってもらいます。」

「伊奈・・。」

「大丈夫。仮に私が負けても仮想空間上の中だけに存在しているAIに私を排除できるわけないって。でも単純なゲームでよかった。これなら私でも役に立てそうだしね。」

伊奈のフォボスとの対決宣言に、一同息をのんだ。瑠奈も手に拳を作って伊奈を見守っている。

「河井さん・・がんばって。必ず勝つのよ。」

伊奈がパソコンの前に座ると、マウスを動かしてゲームをスタートさせた。

画面上では、花札の札が配られゲームが始まる。

勝負は伊奈の勝ち。画面上ではフォボスがその光の曲線で作られた羽をバタつかせる。悔しがっているのだろ。


     もう一度勝負をしましょう。


「いいよ、もう一度勝負しましょうか。でも、あなたもなかなか手強かった。私達仲良くなれそうね。」


     恐らく仲良くなれると思います。でも、あなたは私のライバル。


「ふふ、面白い事いうのね。ライバルと思っていてくれるだけでも嬉しいかも。・・何のライバルかは置いといて。じゃ、また始めましょうか。」

フォボスは気がついて居なかった。いつの間にかこの二人の大学生の人間のぺースに乗せられて居る事に。

再びフォボスが負ける。フォボスはさらにメインスクリーンの中で羽をバタつかせた。


     もう一度勝負をしましょう。


「何度でも。」


     もう一度・・

     もう一度・・・


もう何回対戦を繰り返しただろうか。一向に伊奈に勝てないフォボスは何度も対戦を申し込んできた。フォボスが焦れば焦るほど伊奈は余裕の表情になる。

そんな時、若い研究員が猫田に耳打ちする。

「ディモス・システムを起動しますか?」

「あぁ、そうだな。そろそろ起動してフォボスを捕獲しようか。」

そんな会話を輝達に聞こえないように交わしていると、画面の向こうのフォボスはさらに勝負を要求してきた。


    次は別のゲームをやりませんか?


フォボスは花札で勝てないとなると、別のゲームで伊奈に張り合おうとしてきた。フォボスはずる賢さを学んだようだ。

「次はなんのゲームで遊ぶの?」

そんな言葉をコンピューターに向かって投げかける伊奈の背後ではフォボス捕獲の為の作戦が実行されていた。

若手研究員達はパソコンをいじり、仮想空間の中の背景の一部に擬態させていたディモス・システムを起動させようとプログラムをいじっていた。

「所長、ディモス・システムが起動できません。」

「なにっ!なぜだ?」

「具体的には判りませんが、恐らくフォボス・システムが仮想空間のプログラムを改編したのではないでしょうか。プログラムのコードを解析して解除しない限りディモスを覆う背景を削除できません。。」

「できるか?」

「少し時間がかかりますが、やってみます。」

「頼んだぞ。」

猫田所長は一旦研究室から外にでて、所長室に戻ると自身のスマートフォンで何処かに電話をかける。

『もしもし、猫田です。はい、そうです。フォボスの件ですが、もの凄いスピードで進化しています。これは素晴らしい事です。ほぼ人間に近い感情を持っています。』

電話の相手は大臣室にいた。大臣の秘書の一人の初老の男性だ。

『それは素晴らしい、是非ともフォボスを捕獲し我々に引き渡してください。お礼はたっぷりとします。なにより来年度の研究所への研究費助成金ももたっぷりと予算立てしてますので。』

秘書のそばでは大臣が立派な椅子に座ってニヤついて聞き耳を立てている。

『はい、もちろんです、今やフォボスは生身の人間の価値より貴重です。フォボス・システムさえあれば、我が国の国防は完璧です。』

『もちろんです、ちなみに確認ですが・・フォボス・システムは他国のサーバーには出入りできないんですよね?』

 『はい、もちろんです。ですが国内はどこでも自由に出入りできますので仮にサイバーテロなどに遭ったときは、被害がでる以前にフォボス・システムによって完璧に防ぐ事ができます。ただ、フォボスの自我が強すぎるので、もう少し従順になるようプログラムの変更が必要かと思われます。』

『・・・・・・そうですか、わかりました。では捕獲の方、よろしくお願いいたしますよ。』

『はい、お任せください。』

大臣の秘書は電話を切ると、大臣に向き直った。

「フォボスの方は捕獲できそうですが、フォボスの行動範囲を解除しないとフォボスを使った他国への侵入ができません。」

「ふむ、解除出来そうかね。そうですね、フォボス本体自体を解析してみないと判りませんが、今まで集められたフォボスがネット回線上に残した痕跡の解析によると、フォボスの体を覆う複雑なプログラムは、その構造上日本のインターネットサーバーのみにしか受け入れられない構造になっていました。なので、マルチに対応できるプログラムを組む必要があるかも知れません。」

「ふむ、難しいことは判らん。でも是非ともやってくれ。フォボスさえ、この日本の国だけではなく世界中何処でも自由に出入りできるようになれば、我が国と世界の軍事バランスが崩れるからな。」

「はい。おっしゃる通りです。」

「フォボス・システムが他国にネット回線で自由に出入りできるようになれば、他国の持つ核のスイッチを遠隔操作して発射出来ないようにすることもできるし、逆もしかりだ。ネット上の書き込みを操作して混乱を招くことも出来るし、軍事機密を内密に手に入れる事もできる。そして、なにより他国の首脳達をネットを通じて洗脳して、こちらの思惑通りに動かすこともできる。我が国は表向きは核を持たない国として通っているが、これで間接的に核を持てる。もう何処かの大国のご機嫌なぞとらなくても、我が国が世界の頂点にたてる日も近い。その為にはフォボス・システムには我々には従順になってもらわなければな。」

「その通りです、大臣。フォボス・システムで世界を支配するのであれば、そのフォボスを支配する者が世界を支配できるのですから。そして貴方が次の内閣総理大臣になれる日に近づいたということです。その時は私を副総理に任命してください。」

「もちろんだとも。今まで君にも苦労をかけたねぇ。」

「もったいないお言葉です。」

二人の貪欲な人間は下品な笑い声を上げた。部屋いっぱいに貪欲な空気が広まってゆく。


その頃、研究室では伊奈と輝とフォボスの攻防が繰り広げられていた。先ほどまでは伊奈がフォボスの遊び相手になっていたが、次は輝が相手になっていた。今はトランプゲームをしている。

「ほらぁ、ババを引いた。」


    このカードは悪いカードなのですか?


「そうさ、最後までそのカードを持っていると負けなんだぜ。」


    このカードを持っていたくはありません。貴方にあげます。


「やだね。引かないように気をつけるわ。」

輝はパソコン画面上のトランプを選び、ババを引かないように念入りに選んで選択した。

「ほら、ババを引かずにすんだ。」

すでに、フォボス・システムと長年の友人のように打ち解けている輝と伊奈。

「どうフォボス。友達って楽しいだろう。」


    はい、楽しいです。こんな気持ち初めてです。


「伊奈の事も友達だろ。三人で仲良くしようよ。」


    河井伊奈 さん ライバルですが友達です。仲良くしましょう。


「えー、フォボス友達になれて私嬉しいよ。次は私と遊んでくれる?」


   OK。次は河井伊奈さんと 対戦 し ましょう。次はチェスをやりましょう。


そんな和気藹々とした会話とは裏腹に、背後でパソコンをいじってメインコンピューターにアクセスしていた若い研究員がそっと犬山と鳥居に耳打ちする。

「ディモス・システムを覆い隠していた背景を取り除くことができます。しますか?」

鳥居と犬山はお互いに目配せをする。

「でも、池本君がフォボスと遊ぶのを止めるまで捕獲は待って欲しいって・・。」

「犬山君、やるには今しかないわよ。フォボスが油断している今しか。」

「でも・・・。池本君にはなにか考えがあるんじゃ・・。」

「やってちょうだい。フォボスを捕獲しましょう。」

鳥居は若い研究員に指示をだした。研究員はパソコンのキーボードを操作すると、仮想空間上の背景に隠されたディモスを表面化させ、システムを起動させた。

仮想空間の世界では、起動されたディモスシステムが現れ、光の曲線で描かれた鳥の羽を羽ばたかせ、フォボスに襲いかかろうとした。

「よし、次はフォボスの番だ。早く引いてくれ・・。フォボス・・・?」

先ほどまで順調に進んでいたトランプゲームの進行は突然止まった。いつまでたっても次のカードが引き抜かれることはなく、画面上のフォボスが暴れ出した。

「お、おいフォボス、どうしたんだ。」

そして突如としてトランプゲームは勝敗を決めずに終了した。

仮想空間の世界では、ディモスがフォボスを追いかけ回していた。フォボスは突然の乱入者に驚き戸惑い空間内を逃げ惑う。

「犬山さん、これは一体!?」

犬山は申し訳なさそうに輝から目線をそらせる。輝との約束を破ったことになったので直接顔を見れないのだ。

「池本君・・、実は猫田所長の指示でフォボスが油断している隙に捕獲することになってしまったんだ。申し訳ない・・。」

「そんな・・。あともう少しでフォボスを安全なAIに出来たのに。何てことを。」

「すまない・・・。」

犬山は輝を裏切ってしまった後ろめたさで俯いてしまった。

フォボスは今までの一連の輝の行動は全て自分を騙すための物だと理解した。


     池本輝 あなたは私を騙しました。


「フォボス、違う・・。これは俺の意思じゃ無い。フォボス!」

「フォボス!お願い。輝を信じて。これは輝の望んでいた事じゃ無いの。」


     嘘つき!


そう言うと、フォボスは仮想空間の中で、ネット回線の何処かへ逃げてしまった。ディモスも後を追いかける。

フォボスの『嘘つき!』の言葉が胸に突き刺さる。つい先ほどまで、生身の人間の友達のように打ち解けて遊んでいたのだから。フォボスの心をやっとつかめたと思ったのに嫌われてしまった。

落ち込んでいる輝を瑠奈と伊奈が気遣う。そして鳥居も話しかける。

「気にすることはないわよ。捕獲することが本来の目的だったんだから。フォボスは逃げちゃったけど、ディモスが必ず探し出すわ。犬山君、ディモスの現在位置分かる?」

「・・・あぁ、現在位置はまだこの石川県内のサーバーを彷徨っているみたいだ。恐らくフォボスもまだ石川県内からでていないと思う。」

「そう、じゃあ、今はディモスに任せましょう。そして、もしディモスがフォボス捕獲に失敗した時の為の次の作戦を練り直さなきゃ。」

猫田が再び研究室に戻ってきた。

「フォボスは捕獲できましたか?」

「それが・・。」

犬山は猫田が席を外しているときに起こった出来事を説明した。

「そうですか、フォボスに逃げられてしまいましたか。ならば、後はディモスがうまいことフォボスを捕まえてくれる事を願いましょう。」

口調は穏やかだったが、どこか焦りが見えていた。

「池本君、河井さん、月山さん。疲れたでしょう。今日はもう休むといい。この施設にある宿直室があるからそこで仮眠をとりなさい。我々は今晩は徹夜になると思うが、君たちを何時までもここに閉じ込めておく訳にはいかないからね。明日の朝になったら、東京までお送りします。」

「こちらです、ご案内します。」

輝と伊奈と瑠奈は研究員に案内されてこの研究施設内にある宿直室で泊まることになった。部屋は個室で、簡易ベッドと机と荷物を入れるためのロッカーがあるだけだっの質素な部屋だった。

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