第9話 陰謀

鳥居樹里は自動販売機の前で缶ジュースを飲みながらタバコを吸っていた。そこへ同僚の犬山がやってきて樹里に話しかけた。

「鳥居さん、タバコ辞めたんじゃなかったの?」

「普段は吸わないけど、今日みたいに気持ちが落ち着かない時は吸うときもあるの。」

犬山はスマートフォンの画面をみると、時刻は21時30分を過ぎていた。

「鳥居さん、フォボスが自我を持ったのは本当に偶然?」

「え・・」

鳥居は犬山の意外な質問にびっくりした。フォボスが自我を持ったのは外国からのスパイウイルスを取り込み続けた結果として誰もが疑っていなかったからだ。

「偶然でしょ。AIプログラムに自我を芽生えさせる技術なんて、いくら何でも私には無理。」

「ふ~ん、ならいいんだけど。例え外国からのスパイプログラムを取り込んで、改良に改良を重ねたとしても、生物でも何でも無いプログラムのAIが人間のような自我に目覚めるなんて、すごいなぁって思っただけ。」

「・・・・・。」

鳥居と犬山がそんな話をしていると、輝がやってきた。フォボスシステムの生みの親に会いに。

「お疲れ様です。えっと、鳥居さんでしたっけ?」

「はい、鳥居です。池本さん、なにかご用でしょうか」

「はい、フォボス・システムの事についてお聞きしたい事がありまして。」

「フォボスの?どんな事でしょうか。」

「はっきり言いますね。フォボス・システムを破壊してください。お願いします。」

科学研究所の所員でもない、他大学の学生に意外な事を言われて鳥居と犬山は面食らった。

「・・・・元より、暴走したフォボス・システムは破壊するって猫田所長も言っていましたが。」

犬山が鳥居に代って返事をする。

「猫田所長はフォボス・システムを破壊する気は無いそうです。むしろ破壊したフリして政府に売り渡すつもりらしいんです。」

「・・・・・。」

「・・・・・。」

「フォボス・システムは危険な存在です。それは僕が一番知っています。身をもって体験しましたから。でも、奴は俺だけじゃなくて、これからも沢山の人間達を傷つけていくと思います。だから必ず破壊してください。」

重い沈黙が数秒間流れた。鳥居も犬山もジッと輝の顔を見つめている。

「猫田所長がフォボスを破壊せず政府に売り渡すって言っていたの?」

「はい。」

再び鳥居と犬山が顔を見合わせる。

「・・・そう、それならそれでいいじじゃない。元々フォボスは政府の依頼で作られたAIシステムなんだし。」

「で、でもフォボスは危険です。現に日本中のあちらこちらで、インターネットを使って悪さをしているじゃないですか。俺も被害者の一人なんですよ。」

「・・・科学者として猫田所長の気持ちも判るもの。自我に目覚めたAIだなんて、そんな貴重な産物は今のところフォボスだけだし、この日本の科学技術力を世界に示せるはず。」

「でも、フォボスは人も殺しているんですよ。人間だって人を殺したら罰せられるでしょう。なぜAIは罰せられないんですか。それに、もうすでにフォボスはあなた方の手に負えない状態じゃないですか。そんな人間の手に余る人工知能がこれから人間の役に立つとは到底思えない。破壊すべきです。」

「・・・。犬山君はどう思うの?」

「僕も池本君の言うとおりフォボス・システムは破壊した方がいいと思う。人工知能はあくまでも平和利用の為に存在するものであって、人間に危害を及ぼす為に作られた訳じゃないんだ。確かに自我が芽生えた人工知能はとても魅力的だけれど、人間の命令に背く人工知能ほど厄介な物はない。以前、この研究所の設備をフォボスに破壊されたことあっただろ。あれと同じ事がまた起こったらどうするんだ。次は自我を持たず、かつフォボス位能力の高いAIシステムをまた作ればいいさ。」

「・・・確かにそうね。でも、所長が絶対に許さないわよ。」

「なんとか所長にバレないように破壊するしかないよ。他の研究員達も皆、所長がフォボス・システムを破壊するもんだと思っているんだから、公には破壊を止められないはずだ。」

「池本さん、フォボスはまだあなたに接触してこないの?」

鳥居が輝に話をふった。

「はい、まだ何にも。スマホの位置情報はONにしてあるので俺がここにいることはフォボスも知ってるんじゃないかな。」

「明らかに警戒されているわね。フォボスとしたらこの研究所はあまり近づきたくない存在ですものね。」

「もし、明日までにフォボスを捕らえることが出来なかったらどうするんですか?」

「次の作戦を考えるまでだよ。でも、君たち三人をずっとここに閉じ込めておく訳にはいかないから、一旦家に帰ってもらうけど、次の作戦を思いつくまでにまたフォボスから嫌がらせを受けるかも知れない。」

「覚悟しています。フォボスを捕まえて破壊する為なら、何度でもここに来てフォボスを捕まえる協力をします。じや、戻りますね。」

輝は先ほどの研究室に戻っていった。

輝の後ろ姿を鳥居と犬山が見送ると、鳥居は軽く笑みを浮かべた。

「彼、大学時代のあなたに似ているかも。」

「え、本当?僕あんなにリア充ぽかったかな。」

「違うわよ、まっすぐな性格が似ているって事。自分の事だけじゃ無くて、他人の為にあんなに一生懸命になれるなんてね。」

犬山は少し照れくさそうな顔をした。

研究室に戻ってきた輝は伊奈の元に戻った。伊奈はすでに疲れ切ってうとうとと居眠りを始めていた。

輝は伊奈をお粉採用にそっと隣に座ったが、輝が戻ってきた気配を感じると、目を開けた。

「お帰り、遅かったじゃない。」

「あぁ、ごめん。って。飲み物買ってくるの忘れてた。」

「何やってるのよ、もう。」

「悪いって、何飲みたい?」

「何でもいいけど、輝とは違う物が飲みたい。」

「・・・判った・・。」

やはり以前の伊奈とは少し違う。意図的に、輝に合わせないようにしているようだった。

輝は先ほどの自動販売機に戻ると、伊奈には甘いミルクティーを買い、自分には炭酸水を買った。自動販売機の所にすでに鳥居と犬山は居なくなっていたが、輝は気にしない。

「はい、ミルクティー。」

「ありがと。」

伊奈は輝からミルクティーを受け取ると、さっそくキャップを開けて飲み始める。

研究室にいる研究員達は相変わらず、パソコン画面や巨大スクリーンとにらめっこしていて、輝と伊奈の事には注意を払っていなかった。

暫くの間、もくもくと飲み物を飲んでいると、おもむろに伊奈が口を開いた。

「ねえ輝、」

「ん?」

「私たち、別れましょ。」

伊奈の破局宣言に思わず飲み物を吹き出してしまう。

「な、なんて言った?今。」

「だから、別れましょうって言ったの。」

「な、なんで。俺なにかした!?」

「・・・自覚ないんだ・・。輝はさ、私のこと好きじゃ無いんだろうなって思って。」

「そんな事ないぞ。俺はお前のことが好きだから・・。だから付き合っているんじゃないか。」

「そうかな、その割には三年の山辺さんとか月山さんとかには優しいよね。特に山辺さんなんて、あからさまに輝の事が好きって態度に出してるじゃん。輝だってわかってて山辺さんに優しくしているようにみえる。」

言われてみれば、普段から山辺美優の丸見えの好意には輝も判っていて、特に拒否もせずに接していた。

輝は中学に入学した頃からモテ始めた。自分から女の子にアプローチしなくても、相手の方から寄ってきては好意を示してくれるので恋愛面ではさほど自分から努力することは無かったし、どこか当たり前だと思っていた。同性の友達と自分を比べて女の子に言い寄られる事に優越感を感じていた。今現在の親友智に対しても、大学構内で智と一緒にいる時に伊奈や、他の女の子と話をしている姿を見せつけている時も、ある種の優越感を感じていた。

けれど、そういった態度は伊奈や恐らく智にも伝わっていたのだろう。

「伊奈・・美優ちゃんの事は誤解だよ。あの子の事はなんとも思っていないし、ただの部活のマネージャーとしか思ってないから。月山さんの事だって・・。」

瑠奈の事は否定出来ない部分もあるにしろ、輝の一番好きな女は伊奈なのだ。それは間違いない。伊奈の事を手放したくないという気持ちに嘘はない。

「輝、今はフォボスの事だけ考えよう。とりあえず、フォボスを捕まえてなきゃ私たちの生活は戻らないんだから。」

「うん・・。伊奈、でもこれだけは信じてくれ。俺は伊奈の事が好きだ。」

「輝・・・。」

伊奈は泣きそうな顔になる。

いつの間にか研究室に戻ってきていた犬山が、壁一面の巨大スクリーンを凝視していた。

「ディモス・システムはまだ戻ってこないのか。」

「はい、丁度今の時間帯はインターネット稼働率が高い時間帯ですからね、回線が混み合っていて、ディモスが派遣先から戻り辛いんだと思われます。」

「まあ、フォボスがまだこの研究所に姿を現さない事が不幸中の幸いか。でもディモスにはフォボスの先回りをしていてもらわないと・・。」

研究員達は難しい顔をして、再びパソコン画面に集中し始めた。


所長室で猫田が電話で話をしていた。

「はい、はい、・・ええ・・もちろんです。で、引き取りはどうしますか?いつまでこちらに置いておけばよろしいでしょうか。・・・・すぐに来ていただけるんですね、助かります。表向きは破壊したことにするので、そちらの方でも内密にお願いします。・・・はい、はい。」

猫田が誰かと電話で話していると、ドアをノックする音が聞こえた。

「あ、はい。ではまた後ほどご連絡いたします。はい・・。では失礼します。」

慌てて電話を切ると、所長室のドアを自ら開いた。

猫田はドアの前に立っている人物をみると、部屋に入るように促した。

「どうしましたか?」

それからしばらくの間、所長室のドアが開かれる事は無かった。


輝はパソコンを一生懸命操作している犬山と鳥居の元に駆け寄った。

「あの・・フォボス・システムを破壊する事なんですけど。」

「どうしたんだい?」

「一体どうやってシステムを破壊するのかなって・・。」

犬山と鳥居は輝を見た。

「考えている案はね、まずはフォボスをディモスに捕獲させて何かの端末に閉じ込めなければならないんだ。フォボスを閉じ込めたら、その端末は手早くネット接続を遮断する。だからもちろん館内wi-fi接続をも断ち切る。ここまでは猫田所長の考え通り。」

輝は真剣に聞き入る。

「で、猫田所長は建前上はフォボス・システムを破壊しようと、端末ごと何処かに持ち去ろうとするだろう。でも、フォボスを閉じ込める端末にあらかじめプログラムを破壊する為のプログラムを仕込んでおくんだ。」

「プログラムを破壊するためのプログラム・・なんだか凄いですね。」

「大丈夫。私があらかじめそのプログラムを組んでおくから、池本君はフォボスをうまくメインコンピューターに移動させて欲しいの。ほら、あの大きなスクリーンあるでしょ?あれがメインコンピューターの画面。恐らく最初に池本君に接してくるときはスマートフォンに侵入してくると思うの。なのであなたはうまくフォボスをこの施設のメインコンピューターに移動するように仕向けて欲しいの。そうすれば、あらかじめ待機させておくディモス・システムに捕獲させるから。ディモスがうまくフォボスを捕獲できて、破壊プログラムを仕込んだ端末に強制的に移動させれば素早くネット接続を切断して閉じ込めて破壊プログラムに消されるってわけ。」

「もしかしてディモスも一緒に破壊されるんですか?」

「そういうことになるね。でも仕方が無いよ、フォボスを野放しにするよりはマシだからね。猫田所長も他の研究員の手前、何も言えないはずだ。」

「・・・成功するといいですね・・。これでやっと俺もフォボスから解放される。」

「池本君、あなたにはフォボスの事で沢山迷惑をかけてしまって、なんとお詫びすればいいか・・。あっちの彼女も。」

チラリと伊奈の方に視線を向けると、伊奈もこちらを心配そうに見つめていた。

輝は思い切ってずっと疑問に思っていたことを聞いた。

「あのう、なぜフォボス・システムは俺に執着したんでしょうか。」

鳥居がわずかに反応をする。犬山も鳥居のその反応を見逃さなかった。

「実は、フォボス・システムは私の人格を元にプログラムを組んだの。」

生身の人間の人格を元にしてプログラムを組むなんてものすごい話だ。SF映画や漫画などではよくある話だが、実際にそんなことできる技術があるなんて、この鳥居という女性は天才だと心の底から輝は感心した。

「人間の脳の動きがあるでしょ?脳は人間の動きや、喜怒哀楽の感情によってその動きのパターンに変化が見られるの。脳波ってあるでしょ?私の脳波をデーター信号に置き換えて、フォボスに転写したの。これがフォボスが臨機応変に対応できる仕組みよ。つまりフォボスは私の行動パターンを真似ているって事。で、これは憶測だけれど、もしかしたらフォボスは私の異性の好みも複写されたのかもしれない。」

「異性の好みって・・・。フォボスって性別は女だったんですかぁ?」

輝はビックリした。AIに性別があるなんて思いもしなかった。でもよく考えてみれば、以前輝のスマホに直接電話してきた時のフォボスの合成された音声は女性を形作った声だった。

「正確にはフォボスに性別は無いの。でも、私の脳波を基盤に作っているから女性的なのかも知れない。つまり、池本君は、私の好みのタイプって事。」

「は、はぁ。」

人工知能にまで惚れられるなんて、俺はなんてイケメンなんだ・・と軽く優越感に浸ったが、そんな自分に酔いしれている暇は無い。それに、これでフォボスが伊奈にまで嫌がらせをした理由が分かった。要はフォボスは伊奈に女の嫉妬を向けたってことだ。

「フォボスが自我に目覚めたのも、あなたの脳波を元にして作ったからでしょうか?」

「う・・。」

鳥居は口ごもった。他にも何かを隠してそうだ。犬山もその鳥居の態度に訝しんでいる。

「鳥居さん、フォボスが自我を持った事に鳥居さんが関係してるんじゃないかって思ってる。フォボスに何をしたんですか?」

鳥居は少し考え込むと、重い口を開いた。

「私はフォボス・システムのプログラムを少し改ざんしただけ・・。フォボスに外国からのスパイプログラムを取り込める機能を加えたときに、学習機能を付け加て、かつ自分のプログラムを自分で改ざんできる機能も付け加えたの。自分で自分のメモリーに無い知識や情報を習得しようとするプログラムを自ら習得できるように。そしたら、他のプログラムを自身に取り入れている内に人間の脳のように高機能な思考プロプログラムが完成してしまって。結果、自我をもつ人工知能になったってわけ。」

「鳥居さん、それ猫田所長も知ってるんですか?」

犬山が鳥居に聞く。

「さあ、私からは特に話していないから知らないんじゃ無いかな。あ、でも信じて。フォボスが沢山の人に嫌がらせしたり、死に追い込んだのは私の意思とは違うからね。私はそんな事望んでいないから。」

「判ってます、フォボスは生まれてまだ一年位だ。そして自我に目覚めたのは数ヶ月だから、人間で言う子供だ。悪ガキと同じ。鳥居さんのやったことはただ高性能な人工知能を作っただけ。しかも恐らく世界初の自我をもった。その人工知能が暴走した原因はきっと別にある。きっとネット上の悪意ある人間の書き込みを学習しちまったんだろう。」

犬山が一生懸命鳥居を弁護していると、背後から瑠奈の声がした。

「面白そうな話をしてるじゃ無い。私も混ぜて。」

「今、フォボスの事を話してたんですよ。フォボスを作った鳥居さんマジで天才ですね。」

輝に褒められ鳥居は苦笑いをした。

「そんなこと無いわ。私も必死だったの。この世界で女が認められるのは普通の事やってたんじゃ無理だから。ここの研究員の顔ぶれみても判るとおり、この科学の世界も男性社会なの。研究員で女性は私を入れて二人しかいない。フォボスの生みの親は私だけど、恐らく手柄は全て猫田所長にとられちゃったし。私が作ったフォボスをより特別な物にしたかったって訳。」

「判るわぁ、私も雑誌記者やってるけどこちらも男性社会で。色々と苦労が絶えないから。ねね、フォボス・システムの事もっと教えて。」

瑠奈が鳥居と二人で話し込んでいる間、輝は犬山にディモス・システムについて質問した。

「ディモス・システムは安全なんでしょうか?」

「ディモス・システムは安全だよ。僕が生みの親なんだ。フォボスに使ったプログラムも幾つか応用しているけれど、元にしたのは僕の脳波なんだ。それにフォボスのように改良はしていないから、自我を持ち暴走することは絶対に無い。」

「犬山さん、ディモス・システムが戻りました。」

若い研究員が犬山を手招きすると、巨大なメインコンピューターのスクリーンに、光の曲線で描かれた巨大な一羽のカラスが映し出されていた。

「犬山さん、これがディモス・システムなんでしょうか?」

「そうだよ、これがディモス、フォボスの兄弟さ。」

ディモス・システムはフォボスを捕獲するためだけに作られたプログラムである。それがなぜカラスの姿を形作っているのか。

「なぜ鳥の姿をしているんですか?」

「ああ、それはね、フォボスが鳥の形・・・カラスの形に姿を変えているからだよ。ディモスもフォボス同様にカラスの姿で形作ったんだ。姿はカラスだけれど、中身はプログラムの集合体なんだ。」

なんだか訳が分からない。文系の輝や伊奈には未知の領域だ。伊奈も画面に食い入るようにディモスに集中してしまっている。

「さて、お次はこのディモスをフォボスに気がつかれないように隠さなけれいけない。せっかくフォボスをおびき出しても、ディモスの存在を察知されれば逃げられてしまうからね。」

犬山は若い研究員達にあれこれ指示をだし始めた。

輝は伊奈の元に戻ると、伊奈を気遣った。

「伊奈、大丈夫?」

「うん・・なんだか凄いことになってるね。もしフォボスを捕まえるのに私も役に立てるのなら、手伝うから。出来る事があったら言ってね。」

「ああ、そうだな。頼りにしているよ。」

輝は再び伊奈の隣に座り込んだ。

なかなかフォボスは現れない。ただ、ただ、時間だけが過ぎてゆく。やはりこの研究所にいるから警戒して姿を現さないのか。輝はスマホを取り出すと、アプリゲームを始めた。スマホを動かしインターネットと通信接続することで、フォボスにアピールしているのだ。

「フォボス用のプログラムが完成したわよ。」

鳥居が犬山に話しかけると、犬山はすぐさま一台のノート型パソコンを鳥居の元に運んだ。そして、鳥居は自分が組んだフォボス破壊プログラムをパソコンの中にインストールすると、説明を始めた。

「まず、フォボスをディモスと共にこのパソコンの中に入ってもらう。そしたらすぐさまwi-fi電波を切て頂戴。そしたら、この私が作ったこのプログラムを起動させれば、フォボス・システムの破壊が始まるから。でも一緒にパソコンの中に入ったディモスも一緒に破壊される事になるけどね。」

「ディモスも破壊されてしまうんですね。」

輝が鳥居に言った。

「そういう事になるわね。でも気にすることはないから。元々ディモスはフォボス捕獲の為だけに作られたんだから、フォボスを破壊できればお役御免だから、必要ないの。」

「なんだかちょっと可哀想・・。」

伊奈がつぶやいたのを犬山が意外そうに見た。

「可哀想・・・そんな発想考えたことも無かった。人工知能はただのプログラム。人間の様に痛みも苦痛も喜びも感じないただの無機物の内の一つだから・・。」

「そ、そうですよね、でもどんな形であれ、せっかくこの世に生まれた物質なのに、最初から消えて無くなる運命だなんて・・・。このディモスってプログラムは問題ないんですよね?だったら破壊せずに助ける事はできないのですか?」

鳥居も犬山も口ごもる。今のところフォボスを破壊プログラムを実行する為の端末に閉じ込めるのはディモス以外にはおらず、ましてや、ディモスだけを破壊せずにプログラムを実行する術はないのだ。

「私もそう思います。せっかくの高性能なプログラムなんですから、フォボスを破壊した後も何かの役に立つはずですよ。」

瑠奈も伊奈を擁護する。

「とても良い考えですね、お嬢さん。」

声の主をたどると、所長の猫田がいつの間にか研究室に来ていた。輝は先ほどまでの鳥居と犬山の密談が察知されないように犬山と鳥居に目配せをした。二人も意味深な目線を輝に送り、了承を伝える為に軽く頷いた。

「ディモス・システムも我が研究所が開発した宝だ。このディモスもフォボスを捕らえたら少し改良してフォボスの代わりにサイバーテロを防ぐための人工知能にしましょう。もちろんフォボスの二の舞にならないように最新の注意を払って。」

「しかし所長、フォボスを捕らえてこのパソコン端末に押し込める為にはディモスも一緒にこの中に入ってもらわなければなりません。ディモスをこのパソコンの中から出す時のその一瞬の隙を狙ってフォボスも一緒に逃げ出してしまうかもしれません。」

「ふむ・・それを防ぐ為の何か罠を考えなければなりませんね。」

メインコンピューター上のスクリーンには光の仮想空間が作られていた。

「今から、ディモスに一時的にこの仮想空間の中の背景の一部に擬態してもらいます。」

若い研究員がパソコンのキーボードをカチカチと叩くと、スクリーンに映し出されていたディモスは徐々にその姿を変えていき、仮想空間の背景の一部に溶け込んで見えなくなった。

「ディモス・システム擬態完了です。」

「うむ。上出来です。皆さんのおかげでフォボスを破壊できそうです。フォボス・システムの破壊は僕がやりましょう。皆さんは、フォボスが破壊されていく様子を見ていればいいのです。」

満足そうな笑みを浮かべつつも、猫田は実際にはフォボスが破壊されないと確信していた。猫田はフォボスを閉じ込める予定のパソコン端末をいじり始めた。フォボス破壊のためのプログラムをいじっている様子だった。

輝はそっと、猫田に気がつかれないように犬山に話しかけた。

「あ、あのう、猫田所長が鳥居さんが作ったフォボス破壊用のプログラムをいじっているみたいなんですが、大丈夫でしょうか?猫田所長が破壊用のプログラムを無効にしてしまうんじゃないかなって思って。」

「大丈夫、鳥居さんによると、ダミー用と本物の破壊プログラムの二つ入れたそうです。本物のプログラムは表向きは判らないように表示されていないはずです。今猫田所長がいじっているのはダミー用のプログラムだから、皆に判らないように無効化する操作をされていても本物のプログラムには影響ないはずです。」

「なら良かった・・。」

「池本君は、フォボスの誘導に専念してください。」

「はい。」

輝は再びスマホをいじってネット接続し、フォボスに存在を示していた。

(くそ、フォボスの奴、一体どこに居るんだ。俺はここにいるんだから早くこっち来いよ!)

スマホをいじってる輝の手元を伊奈がのぞき込む。

「ねえ、輝。思ったんだけどさ、フォボスが興味ありそうな話題をネット上に投下してみたらどうかな。」

「へ?」

「だって、最初にフォボスに目をつけられたのも、フォボスに関わっていた根津戸くんに関するサイトを立ち上げたからじゃなかったっけ?」

伊奈の言うとおりだ。そもそもの始まりは、根津戸の死の真相を解明するために立ち上げたサイトがフォボスの気を引き、そこで目をつけられたのだから。

「伊奈、お前鋭いな。」

「でしょ~。これでも就職先は出版社なんだから。」

伊奈がどや顔する。輝はスマホを操作して新しいサイトを立ち上げる事にした。その名も

【フォボス・システムを待つ。俺はここにいるぞ】

だ。タイトルのネーミングセンスはともかく、これならフォボスに直接アピールすることができるし、何よりサイトを立ち上げた場所の位置情報がインターネット上に記録されるのでフォボスに居場所を特定させるにはもってこいだ。

暫くの間は何も変化が無かった。何度もサイトの画面を確認するためにスマホをタップしまくっていた。伊奈も自分のスマホの電源を入れると、輝と同じようにサイトをアクセスしまくってフォボスからなにか書き込みが無いかを確認していた。

ふと、現在時刻を確認すると、午前0時になっていた。

「・・・こないね・・。

「ああ・・、やっぱりフォボスに察知されたかもな。」

半ば諦めかけたその時、輝のスマホの着信が鳴った。表示画面には『unknow』とだけ表示されていた。

フォボスからだと輝は確信した。

急いで電話にでてみる。

「・・・もしもし・・・。」

しかし相手側は無言だ。再度応答してみる。

「もしもし・・・フォボスか・・?」


 もしもし 私はフォボスです


以前輝に電話をかけてきた時よりも、はっきりと流ちょうな口調で言葉を発してきたのだった。

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