第8話 囮り
「池本せんぱ~い」
ひときわ甲高い声が聞こえてきた。声のする方に顔を向けると山辺美優が文学部の学生掲示板にいた。そばに美優と同級生の谷口優もいる。
美優は輝に小走りに近寄ると甘えた声で話しかけてきた。
「先輩、最近大丈夫でしたかぁ?」
「大丈夫って・・・。」
輝はドキリとした。ここ最近色んな騒動があったが、それがこの山辺美優に知れているのかと思ったのだ。
「谷口君が、ネットに先輩の悪口が書かれているっていうんですよぉ。だから何かあったのかなぁって。」
「・・・・恐らくそれは俺と同姓同名の別人じゃないかな。無視だよ無視。」
「ですよねぇ。私心配しちゃった。」
美優は悪戯っ子のような顔をする。ふと谷口の顔をみると険しい顔をしてこちらを見ていた。この谷口は輝と美優と同じサッカー部の部員なのだが、美優に好意を寄せているのは知っている。恐らく美優が輝に好意を寄せているのも知っていて嫉妬の念を送っているのだろう。
「ほら、今月に入ってから先輩と同級生のなんとかって人が不幸な事になっちゃって学内も慌ただしかったでしょ?私も怖かったんだけど、先輩なんてもっと落ち込んでいるんじゃないかなって、思って。」
体をくねらせながら思わせぶりな話し方をする。普段なら女の子に甘えられるのは大歓迎で鼻の下を伸ばしていた所だが、今回ばかりはそんな気になれない。先ほどから伊奈の顔が輝の脳内にチラつく。
「ねえ先輩。今日の授業もう終わりましたよね?これから私と街に繰り出してカラオケ行きませんか?ストレス解消にいいですよぉ。」
「いや・・俺は・・。」
「ねぇ~いいでしょぉ~」
美優は輝の腕に絡みつこうとすると、その時、
「山辺さん!」
美優を呼びつける声がした。振り返ると菜流とその彼氏である山本奏士がいた。
「山辺さん、これから部活でしよ。早く行って部室掃除しなきゃ。」
「丘野先輩、今日くらいは掃除しなくてもいいじゃないですかぁ。でも私今日は部活休む予定なんですよぉ。これから池本先輩と・・」
「だーめ。私はこれから池本君に話があるから、山辺さんは部室の掃除。」
美優は不満げな顔でサッカー部の部室に向かった。
「助かったよ菜流ちゃん。」
「池本君ったら隙だらけなんだから。もっときっぱり断った方がいいよ。じゃなきゃああいうタイプのあざとい女は相手の隙を突いて攻め込んでくるんだからね。」
「うん・・。」
「それよりさ、伊奈知らない?」
「え?菜流ちゃんも連絡とってないの?」
「うん、昨日携帯に連絡電話したんだけど、電源が切れていたみたいで繋がらなかったから。今日学校で会えるかなって思ったんだけど、来てなくて・・。」
実は輝自身も昨日の朝方伊奈と別れてから連絡を取っていなかったのだ。伊奈の事だから怒って自分のことを避けるためにスマホの電源を落としたままなのかもしれないし、今日の授業も受ける気分では無かったのだろうと推測すした。
「判った、伊奈のアパートまで行ってみるよ。どうせふて寝してるだけだろうし。」
「喧嘩でもしたの?」
「少しだけ。」
「そう、それとさ・・。」
菜流は目線を少し泳がせた。
「なに?どうしたの?」
「あの・・さ、この際だからはっきり言うけど・・池本君って釣った魚に餌をやらないタイプだよね・・・。」
「そんなこと・・ないと思うけど・・。」
「いや、そうだよ。」
「だって・・・昔し実家で飼っていた猫に毎日餌やってたし、お祭りで掬った金魚にもちゃんと餌あげてたし・・。」
「はぁ!?そういうこと言ってんじゃないの。それはモノの例えで、私が言いたいのは、伊奈の事いってるの。」
「伊奈の?なんで?」
「池本君ってさ、どうでもいい女の子には必要以上に愛想振りまくけど、伊奈に対しては割と気を遣わないよね。放っといているように見えるんだけど。」
「そんなこと無いよ。だって伊奈は俺の彼女だから、」
「『ちゃんと判ってくれてる』って言うんでしょ?」
「・・・・・・・・。」
「例え彼女でも・・彼女だからこそ気にして欲しいものなの。池本君ってモテるけど、あまり周りに流されてると伊奈に逃げられるよ。伊奈だってモテてるんだから。池本君見ていると、蜘蛛の巣にひっかかった蝶みたい。特に逃げようともせずに死を待つだけの。」
「もしかして誰か伊奈の事が好きな奴が・・いや、そういう事もあるよな。」
伊奈は美人だ。他に狙っている男がいてもおかしくは無い。輝は心の何処かで伊奈は自分にベタ惚れしているから離れていくことはないと確信していたが、その確信が揺らいできた。
伊奈が好きだ。恐らく初めて出会った時から。手放したくない。
「俺、今から伊奈の所行ってくる。」
「いってらっしゃい。」
走り去って行く輝を菜流と山本は見送った。
「お前な、あそこまで言わなくてもいいだろ。」
「だってなんだか池本君みているとイライラするのよ。常に受け身体質っていうか、ああいうタイプは、気がつかない内に誰かのいいなりになっちゃうの。」
数分後、輝は伊奈が借りているアパートの前にいた。何度もチャイムを鳴らして暫く待ってみると、ゆっくりドアが開き伊奈がでてきた。
伊奈の顔は泣きはらして目が真っ赤になり頬には涙の跡、そして髪の毛はボサボサ。
輝はギョッとした。
「伊奈どうした!?何かあったのか。今日授業も出ていなかったって言うから心配になってきてみたんだけど・・。」
「うぅ・・輝・・・。うわぁーん。」
伊奈は輝に抱きついて泣きじゃくった。
とりあえず、伊奈を落ち着かせようと伊奈の肩を抱き家の中に入ると、その光景に動揺した。
家の中は荷物が散乱していて、机の上に置いてあったパソコンは伏せられており布がかぶせられていて、TVも画面を下に伏せられていた。そして毛布で覆い隠されていたのだった。窓はカーテンをぴっちり閉めていて、床の上は本や荷物が散乱していた。
「一体なにがあった?泥棒でも入ったのか?」
「うぅ~、ネットみたら・・・この部屋の様子が盗撮されていて・・・。」
「なっ・・・。」
瞬間的にフォボスがやったと確信した。フォボスは輝だけではなく伊奈にも目をつけ揺さぶりをかけてきたのだ。
「昨日の昼間・・ヒック・・パソコンいじっていたら、急に動画サイトで動画を見たくなって・・ヒック・・・動画みたら・・・部屋の中の様子が映っていて・・・私も映っていて・・どう考えてもパソコンからwebカメラ経由で映ってるぽかったから・・・パソコン消したんだけど・・そ・・そうしたら・・・TV点けたら・・・今度はTVにこの部屋の様子が映っていて・・」
「TV?TVなんかになんで、この部屋の様子が映ってるんだ?」
「私のTVは、wi-fi接続できるTVなの。ネット接続できるTVだから動画サイトも見れるTVで・・・だから・・・。」
今や、ネット接続出来ない電化製品はどれくらいあるのだろうか。TVでさえネット接続できるとなると、何処でも至る場所フォボスの狩り場になり得る。
「伊奈、ここにいちゃ駄目だ。」
輝は伊奈の腕をつかんで部屋の外に出ると、駅に向かった。瑠奈に助けを求める為だ。スマートフォンの電源は入れることが出来ない。フォボスに位置情報を検索されてしまうので、公衆電話から瑠奈に電話をかける以外に方法が無かった。公衆電話といっても、携帯電話が普及している昨今、とてつもなく数が少なく設置されている場所を探すにも一苦労である。この辺りで唯一公衆電話がある場所が駅前だけなのだ。
公衆電話のプッシュボタンを押す手に力が入る。普段からスマホで電話する事しかしていない為、押しボタン式の電話機を使うのに慣れていないのだ。
「はい、月山です。」
「あ、瑠奈さん?池本です。」
「あぁ、輝君。誰かと思った、どうしたの・・?」
「実は・・・。」
輝は瑠奈に伊奈に起こった惨状を話した。
「フォボスが河井さんにまで・・。なんだったらうちに来る?」
「瑠奈さんの家に?」
「そう。迎えにいくから。今どこに居るの?」
30分後。瑠奈は軽自動車に乗って二人を迎えに来た。輝と伊奈が車の後部座席に乗り込むのを確認すると、瑠奈は車を走らせた。
「大変だったねぇ。とりあえず、ほとぼりが冷めるまでうちにいなさい。」
車で数分、古い二階建てのアパートに到着した。アパートの二階へと続く階段を登り、瑠奈は自分の部屋の鍵を開けると、輝と伊奈に中に入るように促した。
「さ、入って。」
「おじゃまします。」
「失礼します。」
瑠奈の部屋の中はあまり荷物が置いてなかったが、テーブルの上にノート型パソコンがおいてあるのを凝視してしまった。
「大丈夫よ、うちはwi-fiは入ってないから。でも念の為スマートフォンの電源は落としておいてね。」
「大丈夫です。僕は昨日から電源落としていますから。伊奈も大丈夫だよな?」
伊奈は頭を上下させて同意を示す。
「それにしてもフォボスの奴は今度は河井さんにまで目をつけ始めたのね・・。」
「瑠奈さん、どうにかなりませんか?このままじゃ、俺と伊奈は何処に行っても晒し者だ。動画をみた連中に襲われでもしたら・・・・。」
「う~ん、やっぱりフォボスを捕まえる他ないわね。」
「だから、どうやって捕まえるんですか。」
「あのね・・実は・・・。」
瑠奈が何かを言おうとした瞬間・・突然勢いよく玄関扉が開いた。そして数人のスーツを着た男性達が部屋に侵入してきた。
「きゃあっ」
「うわぁっ」
「いゃぁっ」
男性達は輝や伊奈や瑠奈の腕を掴み口を塞いだ。
「静かに。おとなしくしてください。乱暴な真似はしたくありませんから。」
突然の事に三人は恐怖する。見知らぬ男達に不法侵入され、口を塞がれたのだこれから自分がどうなってしまうのか考えると恐怖でしかなかった。
男達は輝と伊奈と瑠奈を部屋の外に連れ出して、ハイエースの車の後部座席に乗せると扉に鍵をかけて輝達に声をかけた。
「安心してください。危害は加えません。ただ、一緒に来ていただきたい所があるんです。」
「一緒にって、何なんですかあなた達は!」
「私たちは人工知能フォボスに関わる者達です。あなた方が最近フォボスに攪乱されている事は知っています。詳しくは目的地に着いてから説明します。今は一緒に来てください。」
「行くって何処へ・・。」
輝は突然なんの説明も無く、見知らぬ男達に連れ去られる事に困惑した。それは瑠奈も伊奈も同じであろう。表情をみれば判る。伊奈は輝に必死にしがみつき恐怖を和らげようとしている。
「念の為スマートフォンの電源は切っておいてください。フォボスに感知され、移動を邪魔されると厄介です。」
「・・・大丈夫です。電源は切ったままですから・・。」
「そうですか、なら出発します。少々長旅になりますよ。」
『長旅になりますよ』何処に行くつもりなんだろうと輝は思ったが、瑠奈はなにかに気がついた様子をみせた。
三人を乗せた車は高速に入り、そして何時間も走った。一体何処に連れ去られるんだろうと不安な気持ちになったが、数時間走行した後車は石川県内で高速を降りた。
そうして、また暫く車を走らせると広大な敷地とその中にたたずむ大きな施設に向かった。施設の門には、石川県科学技術工業大学という看板があり、この施設が大学だという事を知った。
大学の敷地内を車でさらに進むと、さらに研究棟と書かれた標識が通り過ぎっていった。
「あのう、ここは大学なんですか?」
「そうです、お連れしたいのはこの奥にある研究施設です。」
たどり着いたのは、大学校舎より面積が遙かに小さい建物だった。
入り口付近に車を停車させると、三人に車から降りるように促して下車させた。
そしてほぼ同時に施設から数人の白衣を着た男性と女性がかけてきた。
「お待ちしておりました。こちらへ。」
白衣を着た女性が輝達に声をかけて輝達を建物の中に導き、一番奥の部屋に招き入れた。
「ここは・・・。」
部屋には何台ものパソコンや何かの機械類、そして巨大なスクリーンとコントロールパネル。巨大スクリーンには日本地図と地図に向かって走る光の束が映し出されていな。
「足下気をつけてください。ケーブルが散乱していますから。」
部屋の一角の簡易的なソファとテーブルの場所に三人は並んで座らせられた。
「コーヒーと紅茶どっち飲みます?」
「私コーヒーで。」
「俺もコーヒーで。」
「・・・私紅茶で・・・。」
輝は少しびっくりした。いつもなら伊奈は自分と同じ飲み物を合わせるかのように飲むからだ。また、それが当然だと思っていたから、伊奈の紅茶を選んだ事に心の距離を感じて胸が痛んだ。
暫くすると、別の白衣をきた年配の男性二人がやってきた。二人はソファに座る前に自己紹介をする。
「私がこの研究所の所長の猫田です。」
「僕は副所長の鹿野です。」
挨拶をされて軽く会釈をするも、突然誘拐同然に連れてこられた輝達は自己紹介をする気になれなかった。
「突然こんなやり方で連れてきてしまって申し訳ない。ですが、一刻を争う事態ですので何卒ご容赦を。」
「・・・で俺たちに何か用ですか?」
「はい、皆さんもよくご存じの人工知能フォボスの事です。三人ともフォボスには大分手を焼いているみたいですな。」
「!」
「今でフォボス・システムがやらかしてきた事件を全て知っているのですね?」
瑠奈が所長の猫田にくってかかる。
「はい、残念ながら我々がフォボスがやらかした事件を知ったのは、あなた方がフォボスに散々嫌がらせをされた後の事ですので、止めようが無かった。」
「ここの研究施設でフォボス・システムが開発されたのは知ってます。なぜフォボス・システムは暴走したのか教えてください。」
猫田と鹿野は一瞬顔を見合わせると、少し離れた場所でパソコンに向かって何かを必死に打ち込んでいる女性に手招きしてそばに呼んだ。
呼びだされた女性は軽く会釈をするとその場に座った。
「こちらがフォボス・システムの生みの親である鳥居樹里さんです。」
「鳥居です。」
「あなたが・・・。」
「フォボス・システムは日本の防衛を目的としたAIになるはずでした。」
「それがなぜ人間に嫌がらせをするように・・・。」
輝は根津戸の自殺や自身や伊奈に降りかかった災いがどうしても許せなかった。フォボス・システムの暴走なんて無ければ根津戸は今でも生きていて何処かで笑っていたかも知れないし、自分と伊奈の関係もギクシャクすることは無かったのだから。
「実は、あるときフォボス・システムに改良を加えたんです。私が。」
鳥居が淡々と話し始める。
「フォボス・システムの目的は、サイバーテロから日本を守ること。つまり、世界中のハッカー達が日本に向けて行っているハッキングや情報操作によるテロ行為を察知し素早くハッキングプログラムを破壊と、ハッカーから送り込まれたスパイプログラムを解体して解読して相手の手の内を読むことでした。」
鳥居は肩で大きく息を吸った。
「ですが、ある時私がそのフォボス・システムに少し改良を加えたのです。それは相手側のスパイプログラムをフォボス・システムが自身のプログラムとして取り入れる事が出来る機能をつけたんです。でもそれがいけなかった。フォボス・システムは日本の国防の一端を担う存在になるはずだったのに・・自我に目覚め、こちらの命令に従わなくなっていったんです。」
少し離れた場所から別の白衣を着た男性がこちらを眺めている。
「フォボスはハッカー達が放ったスパイプログラムの機能にあった自ら学習できるシステムを身につけ、ネット上であらゆる知識を身につけました。」
「なぜ相手側のプログラムを取り込める機能をつけたのですか?」
瑠奈が質問する。
「こう考えたのです。他の国のシステムエンジニアの技術利欲は日本のシステムエンジニアの技術よりも遙かに上です。より高度で性能の良いプログラムをただ破壊するだけでは無く、逆にこちらの物にしてしまえたらと考えました。」
「結果的に自我が芽生えて暴走してしまったが、鳥居君のした事は科学者として間違いではないんですよ。AIプログラムに自我が芽生えて自らの頭で考えて行動する、これは新しい生命を生み出したことになる。ノーベル賞ものだ。」
猫田所長が鳥居を弁護する。
「でも結果的に、誰かが死に、僕と伊奈・・こっちの彼女は酷い目に遭った。もう少し早くなんとかならなかったんですか。」
「私たちもフォボス・システムのプログラムを修正してこちらの命令を絶対的に従うように修正を何度も試みたの。でも、この研究所にフォボスを呼び寄せても、私たちの思惑なんて見抜かれていて、この研究所のコンピューターシステムを破壊されて、激しい抵抗にあってしまって。」
「そこで新たに開発したのが、ディモス・システムです。」
副所長の鹿野が答える。
「ディモス・システムはフォボス・システムの捕獲を目的に作りました。フォボス・システムの後継プログラムとして。一部フォボスのプログラムを応用しています。設計開発したのはあちらにいる犬山君です。」
少し離れた場所で座ってこちらをみていた男性を指さした。男性は軽く会釈をするとすぐに作業に集中した。
「ディモス・システムはネット回線上をあちらこちら巡りフォボス・システムの痕跡を探し出し、そこから居場所を特定していきます。今までのフォボス・システムの痕跡からフォボスが何に興味を持ち、何をしたかも全部知りました。事前に先回りして防ぐ事が出来なかったのは悔しいですが。」
「・・・。」
「兎に角、フォボスは池本さん、あなたをひどく気に入った様だ。あなたのスマートフォンやパソコンに頻繁に出入りしている痕跡がディモスによって報告されています。」
「フォボス・システムは捕まえる事はできるのでしようか。」
「出来ますとも。まずはフォボスをこの研究所に誘い出すのです。そしてそこへディモスに捕獲させ、特定のコンピューターの中に封じ込めるのです。もちろんフォボスを閉じ込めたら素早くネット回線を遮断して逃げられないようにしてから。」
「こちらの様子は筒抜けだったのですね。池本君の名前すら知ってらっしゃる。だったら、もう少し早く対応して欲しかった。」
「あなたのことも知ってますよ雑誌記者の月山瑠奈さん。そしてあなたの雇い主の事も。」
「全てお見通しって訳ね。」
(雇い主・・・?)
輝はハッとなった。瑠奈と出会ったのは偶然だったのか?瑠奈は本当に根津戸の自殺を記事にしたくて調べていただけなのか?今まで一緒に行動してくれていたのは親切心だけなのか?
美しい瑠奈、優しい瑠奈、ほんのひととき心を揺さぶられた瑠奈。雑誌記者として起こった事件を調べているだけで他に他意は無いと思ってたけど、今やっと少し瑠奈に対して疑念が生まれた。
「兎に角フォボス・システムは捕獲次第破壊します。もったいないが自我を持ったAIは危険です。お三方には協力願います。」
「断る権利はないんだ・・」
「もちろん、わずかながらお礼もします。あなた方はただ巻き込まれただけなのですから。フォボスによって、ネット上に拡散されたあなた方の情報は全て削除いたしますが、断ればフォボスを捕まえる事が出来ない。そうすればフォボスの嫌がらせが続くだけです。」
これは脅しだ。この猫田という所長は輝達を脅しているのだ。
暫く沈黙した輝を、自分たちの提案に同意したと受け取った。
「では、池本さん、まずはスマートフォンの電源を入れてください。そして位置情報をONにして。あなたがここにいると判ればフォボスは必ずここにやってきます。フォボスが接触してきたらすぐにフォボスに判らないように合図をしてください。」
輝は言われるままにスマートフォンの電源を入れた。
伊奈はぐったりと疲れ切っていた。信じられないような事がここ数週間起こったのだから。今は何も考えたくないといった感じだった。輝の体に自身の体の重みを預け目を瞑っていた。いつの間にか瑠奈も何処かに行ってしまって姿が見当たらない。
「伊奈、ちょっとここにいて。何か飲み物買ってくるから。」
研究員の一人からは、一部立ち入り禁止の場所もあるがこの施設内や大学構内を好きに散策して良いという。もちろんすっかり夜も更けている時間帯なので、大学の校舎などは施錠されており立ち入ることは出来ない。出来る事は研究棟の一角のこの研究所周辺を散策するか研究所内を練り歩くかのどちらかになる。
輝は何人もの白衣を着た研究員達をざっと見回した。誰も彼もパソコン画面や巨大スクリーンを見ながら機械をいじっていた。輝達に注意を払う者は今はいない。
廊下にでると入り組んだ廊下の向こう側に登り階段があるのを見つけた。普段他大学に行くことがない輝はこの研究施設に好奇心が湧き、階段を登って別の場所を冒険感覚で行ってみることにした。
やはり理系大学は設備投資の仕方が違う。
輝はそんな事を考えながら階段を登っていった。
当然ながらほとんどの部屋は鍵がかけられており入り込むことは出来ない。鍵が開いている部屋もあったが、備品置き場になっていたり、大学院生達の講義質的な部屋になっていただけだった。
そして最上階に足を運ぶと、奥の部屋に明かりがついているのを見つけた。近づくと、話声が聞こえてきたので、輝はそっとドアに耳を近づけ会話を盗み聞きした。
「では、猫田所長、あなたもあの機関から依頼されていたのですね。」
「そうです。元々フォボス・システムは政府主導で開発を依頼されたものです。フォボスはいわば政府の物になるはずだった。ディモス・ステムの報告からすぐにあなたが『草』だと判りました。」
「なるほど、猫田所長。フォボス・システムを本当に破壊する気ですか?」
「判るでしょう?フォボスは政府の為に作った物です。自我に目覚めて自ら進化しているプログラムは価値が高い。いや、その辺の生身の人間よりも貴重だ。これは『あの方』も喉から手が出るほど欲しがっている・・。」
そこまで猫田所長が話すとドアがガチャリと開く音がしたので猫田と瑠奈はドアの方向を振り向いた。そして、そこには輝が信じられないといった顔をして立ちすくんでいた。
「輝君・・。」
「瑠奈さん、一体どういう事?」
「どういう事って・・、何処まで話を聞いていたの?」
「『あの方』も喉から手が出るほど欲しがってるって所まで。」
「なら殆ど聞いていたのですね。それなら話が早い。フォボス・システムは元々は政府に依頼されて作られた物なのです。そして今現在、その価値は上がった。日本の科学技術は外国をも凌駕した証なのです。」
「破壊するって言ってたじゃないですか。」
「破壊はしません。表向き破壊をした事にするだけです。捕獲したフォボスはプログラムに修正を加えて命令に従うようにします。後は政府がどうフォボスを活用するかです。私たちはフォボスを作りそして政府に引き渡すのが仕事なだけです。後は、全て政府の責任でフォボスを管理してもらう、それ以上はなにも出来ない。」
「・・・・・。」
「兎に角今はフォボスを捕獲することだけを考えましょう。そうすればそれ以上悪いことは起きない。もうフォボスに誰も傷つけさせたりしませんから。池本さん協力してくれますね。」
「・・・はい。」
輝には同意するしかなかった。本当なら全ての災いの原因であるフォボスのプログラムを破壊してこの世から消してしまいたかったが、破壊する技能を持った連中が破壊せずにむしろ守ろうとしているのだから。
数分後、輝と瑠奈は二人で屋上にいた。
「瑠奈さん・・。なぜ僕に近づいたんですか・・」
「それは偶然よ。あなたの同級生の根津戸君がフォボスが原因で自殺したのを調べる為にあなたの大学で聞き込みしていたら、たまたま図書館にいた輝君に話しかけただけ。」
「・・・・・。」
「そして、たまたまあなたは根津戸君の死に興味を持っていて私に連絡をくれた・・。フォボスがあなたに興味を持ったのは偶然だけど、私にとったら大きな収穫だったの。」
「瑠奈さん・・。瑠奈さんは俺の事が好きなんだと思ってた。俺も瑠奈さんの事が好きでした。伊奈の事も好きなんですけど、同じくらい好きになっていました・・・でも間違いでした。」
「輝君・・・。」
「フォボス・システムはなぜ俺に執着するんでしょうか。以前フォボスが俺の携帯に電話をかけてきたとき、俺を捕まえたって言ってました。あれはどういう意味なのか俺には判らない。フォボス・システムはどうしても破壊できないのですよね?」
「さあ、私にも判らない。ここの研究員ならできるでしょうけど。でも猫田所長に悟られないようにできればの話だけど。フォボスがあなたに執着するのも生みの親なら何か判るかもね。フォボスのプログラム上の特性とか知っているでしょうし・・。」
「聞いてきます。」
「・・うん・・。行ってらっしゃい・・・。」
輝は瑠奈に背を向けると屋上から施設内に戻ろうとして、一瞬足を止めると、再び瑠奈の方を振り返った。
「全て済んだら、お礼くださいねーーー!」
瑠奈は笑顔で頷いた。
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