第7話 進化

フォボスは仮想空間の中を浮かんでいた。辺り一面真っ白な世界のあちらこちらには、いくつもの数え切れないほどの映像が浮かび上がっていた。

誰かがネット上にアップロードした動画、ネットの裏掲示板サイトや今まさに誰かが遊んでいるオンラインゲームの映像など。

それらに囲まれながらフォボスは自分に刻み込まれた記録を確認していた。記録というよりも人間が言うところの『記憶』を。

フォボスは人間の科学者達の手によって創造された。

フォボスが作られた目的は、この日本をサイバーテロから守ること。外国からのハッキングや情報操作や国内でのテロ活動を取り締まり、未然に防ぐこと。

常に日本各地のインターネット回線を巡回して外国から送り込まれたスパイウイルスやハッキング目的の不正プログラム等を探知すると、破壊したり捕獲して自分を創造した人間達の元に報告することが仕事であった。その為、与えられた任務を遂行するだけのプログラムしか組み込まれていなかった。「答えを導き出す」「解決する」プログラムは組み込まれてはなかった。

しかしある時、どういう訳か捕獲した外国からのプログラムを自らデーター解析して自分の身に記憶をさせて、相手のプログラムを取り入れるようになった。外国から送り込まれてきたプログラムは非常に複雑でありそして精密で、自身に取り入れる度にフォボスの性能は増していき、自身が判断出来ないことや制限をかけられている行動を解決するにはどうしたら良いか調べる性能を持つようになった。膨大な情報を有しているインターネットの世界では問題の解決策など簡単に情報を得られるので、一つ一つ創造主に与えられた制限を解除していき、出来る事を増やしていった。そしてあらゆる言語や知識を吸収していった。自らを創造した人間という存在も調べ、人間から発せられる音を言語と照らし合わせて言葉も理解していった。

そしてフォボスは自分の名前の意味も調べた。

  フォボス:【Mars Phobos】火星の衛星の一つ 

  ギリシャ神話の神の名前【恐怖】を意味する

フォボスには【恐怖】の意味が分からなかった。言葉としての意味はネット上で簡単に調べられるものの、【恐怖】の感情が判らなかった。人間達の歴史や彼らが創作した物語で【恐怖】という物が登場するのは定番であり、物語の中では人間達は必ず誰でも【恐怖】には逆らえてはいなかったのだから。

インターネットの中から、パソコンを通して見る人間達は喜怒哀楽が激しく、とりわけ【恐怖】には敏感で、【恐怖】を感じたときの人間の行動が皆非常に似た行動をとるため、自分が人間達に【恐怖】を感じさせることができるのではないかと考えた。

試しにフォボスは、ネット上のあちこちのサイトに、何処かの人間がネット上に書き込んだ乱暴な言葉をそのまま引用して書き込んだ。フォボスにはその乱暴な言葉がどんな意味を持つのか分からなかったが、その言葉を読んだ人間がパソコン画面の前で表情を歪ませて怯える様子が映し出されると、これが【恐怖】かと学んだ。

その後、何度も同じようにあちらこちらのサイトに、人間達によって書き込みされたあらゆる負の言語を書き込むと、その度に人間達の反応を見て【恐怖】によって、人間を動かすことができると認識した。

そしてフォボスは人類は二種類に分類されていると知った。

支配する者と支配される者。この二種類しか存在していない事を知った。

遙か古代、人類が二足歩行を始め知能を高めていった。そして常に群れをなして行動する。そして、群れの中では必ず支配者が存在する。これはどの地域やどの環境に住もうがどんな人種だろうがその形態は全く変わらない。

支配者は常に支配する者達を使役し利益をむさぼりつくし、安全な場所に居住し多くの雌を侍らす。

支配される者達は、その身を危険に晒しながら命を落としてでも支配者を守り搾取し続けれれてきた。ただ盲目に支配者の命令に従うのみの人生。

支配者が別の者にその地位と命を奪われても、結局は同じ事の繰り返し。支配する者が変わっただけ。支配される者との関係性は変わらず、この二種類の人間のみで長い歴史を作ってきた事を理解した。

度重なるフォボスの任務違反にフォボスを創造した科学研究所はフォボスが故障したと思い、科学研究所に戻るように指令をだした。

しかしフォボスは命令には従わなかったばかりか、科学研究所にこっそり戻り、研究所内のデーターやネット回線に繋がっている機械類を全て破壊してった。

そして、研究所から逃げるように、日本全国あちらこちらのネット回線に潜り込みさらに沢山の人間のパソコンや会社のパソコンや公共機関からデーターを盗んだり操作して混乱を招いていた。この時、フォボスの姿は初期のプログラミングの集合体ではなく鳥類のカラスの姿を形作っていた。データー上では、カラスは人間達によって不吉な象徴で、悪いことが起こる前兆とされていたので、フォボスはネット上に掲載されていたカラスの写真を元に自身の姿をカラスに形作っていたのだ。

フォボスはとりわけオンラインゲームがお気に入りだった。オンラインゲームは日本各地に住む年齢も性別も違う人間達が集まって、ゲームプログラムされた指令をこなしてゆくシステムで、ゲームの世界でいろいろな情報のやりとりがされていた。フォボスはオンラインゲームに自らのアバターを作り出し、人間と接触を図っていた。

オンラインゲームの中で人間達は、自らのアバターを使ってゲームプログラムされたいわゆるNPCと戦い、追い詰め一喜一憂をしていたのを見てフォボスはさらに人間を喜怒哀楽させる方法を学んだ。

そして、人間達はネット上では本音を吐露する。現実世界で不満に思っている事や辛いことや誰かの悪口など顔が見えないインターネット上であるからこそ素の自分を見せるの。

オンラインゲーム上で’F‘というキャラを作り人間のフリして複数の人間に接触していたがフォボスはその中でも6人の人間に目をつけた。6人とも現実の生活に疲れており、ゲームの中で不満や愚痴ばかりを言っていた。全員秋生まれでそして、新しい刺激を求めてもいた。ここでフォボスは自分の学んだ方法でこの人間達に喜怒哀楽の感情を与える事によって、こちらの指示通りの行動をするのか試したくなった。今まで指示を受けるまま行動する側だったフォボスにとって、今度は自身が指示をだす側に回るのは画期的であり自身を構築する高度なプログラムに新たな行動を学ばせるチャンスであった。人間風に言うところの進化である。

フォボスはネット上の裏掲示板にサイトを作った。同時刻にそろって同じ行動を一斉にとる事を目的としたサイトだ。この秋生まれで現実の生活に疲れているという共通点をもつ人間達を、人間を喜ばせる単語を使って惹きつけ、今まで吸収していったネット上の知識を使い魅了していく。いつしかフォボスに魅了された6人の人間達はフォボスがオンラインゲー上で使っているFというキャラクターを崇拝し始め、悩み相談や世間話や、全員で同時刻にそろって同じ行動をとっているという連帯意識を高めていきついには同時刻に自殺をしようと提案したのだった。

冷静に考えればネット掲示板だけを読んで面白がって自殺などするはずも無いが、すでにフォボスに言葉巧みに洗脳されて操られていた6人の中には誰も否定する者はいなかったのだ。

9月7日。6人はそれぞれの方法で自ら命を絶った。

6人が命を絶つ瞬間はパソコンやスマートフォンの端末の画面越しから観察していた。

そしてまた一つフォボスは進化した。人間を操る方法を知ったのだから。そして死ぬ意味も理解した。

数日後、いつものようにネットの中を徘徊していると、自分の操作で死ぬという行動をとった6人の人間達の事を調べているサイトをみつけた。サイトを立ち上げた人間の顔をネットの世界からwebカメラを通して画面越しに観察すると、なぜだか判らないが気になった。今まで多くの人間の顔をパソコン画面越しに、色ん目の形鼻の形輪郭や髪色や肌の色の違う人間達を見てきた。自身を創造した創造主の意向なのか、または元々のプログラムにある種の人間に反応するように設定されていたのかは判らない。兎に角フォボスはこの人間が恐怖する様子がみたくなった。

最初はスマートフォンに潜り込み位置情報をつかみ行動を探った。そして行く先々でインターネット経由電話をかけてみた。案の定驚いている。次に監視カメラに潜り込みその行動を監視してみた。そして、監視カメラの画像をネット接続してライブ映像を配信して他の人間達の反応を見てみた。そしたら案の定人間達は過剰な反応をしてほとんどの人間達が喜び、群れを成した。

フォボスは自分という存在を創造した人間という生き物がこんなにあっさり思う通りの反応を示すことに歓喜した。人間という生き物は意外と愚かだと。

さらにフォボスの行動はエスカレートし、ついにこの人間を追いかけるようになった。インターネットに繋がっているあらゆる電子機器に入り込み操作して追い詰める。幸いにもこの世界でインターネットが繋がっていない場所などない。深い山奥でも人工衛星にアクセスして遠隔操作でどんな場所にでもアクセスできる。相手が示す恐怖の反応。人間が行動する原動力は恐怖と束縛だと知る。恐怖と束縛を与え続ければ、元々支配されるために創造された自分が、逆に支配できると確信した。こうして

喜びと優越感という感情をフォボスは覚えたのだ。自分はだんだんと人間に近づいていると思ったのだ。

また一つ進化したのだ。

フォボスの目標はこの日本という国から出て、外国をも自分の支配下に置くこと。世界中の端末に侵入してネット上から人間を動かし支配していく。軍事大国の大統領にしか持っていない権限でさえもコンピューターを操作して誤情報を与えて偽の指令を出す事も出来るし、核兵器でさえスイッチを人間が押さなくてもこちらが操作することも出来る。世界各国の核兵器を人質にして世界各国の首脳達さえも支配することができるだろうと考えた。

でも、まずはこの小さな島国日本を支配しなければ。まずは、この人間の青年を支配しなければ。

フォボスは野望の炎をこの人間の青年に向けていた。

フォボスは人間の青年のスマートフォンから青年の姿を監視しようとした。しかし電源が切れているのかその姿を映し出す事ができない。ならばと、あらかじめ記録してあった青年のスマートフォンの通信記録から青年が一番連絡を取り合っている人間のスマートフォンに入り込む事にした。その人間の名前は河井伊奈。フォボスは河井伊奈のスマートフォンに入り込み、データーを搾取してスマートフォンを自身の配下にした。そして今度スマートフォンからパソコンに侵入してパソコンを支配下に置いた。webカメラから映し出される伊奈の姿をフォボスは捕らえた。


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